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十三.聖なる夜の誓い ―8


リリアーヌが出してくれたのは、切った林檎を入れた紅茶だった。

甘くて優しい香りに、ほっと心が和む。


「そういえばね、夏にあなたが着てくれた服があったでしょ。あれから、あの服がすごく評判になって。他の仕立師さんが大勢わたしのところに来てくれるようになったのよ。仕立て方を教えてほしいって」


あの服。

初めて紅月とデートした時に、梔子が着せてもらった服だ。

着物とドレスを合わせたような、これまでに見たこともない美しく可憐な服だった。


涼しげな布地で仕立てられたあの服は今の季節に着ることはできないけれど、また暖かくなってきたら身につけて出歩きたいと思っている。


「だからわたしも、和裁を教えてほしいってお願いしたの。今まででは考えられないくらい、たくさんの仕立師さん達と知り合いになれたわ。あなたのおかげよ。わたしの服を着てくれてありがとう」

「い、いえ……! そんな」


満面の笑みを向けてきたリリアーヌに、つい赤くなってたじろいでしまう。


「その……お役に立てたのなら、よかったです」

「ええ。ふふ、またお気に入りの服ができたら、あなたに着てもらいたいわ。

……それで、わたしが聞きたかったのはあなたの話よ。ずっと気になっていたの。最近、紅月とはどうなってるの?」


それから、紅茶や洋菓子を楽しみながら、リリアーヌとたくさん話をした。


紅月と帝都の外へ旅に出た時のこと。

元旦に向けての支度の話。

リリアーヌの飼い犬の茶々丸に最近恋の相手ができたようだという話……


くるくると表情を変え、屈託なくしゃべるリリアーヌと話していると、いつまでも話題は尽きなかった。


(……楽しい)


本当に、時が経つのを忘れるほどだった。

同じ年頃の女友達と、他愛のないことをいつまでも話して、盛り上がるような。


それがこんなにも楽しくて仕方がないだなんて、思いもよらなかったことだった。


「――あら、それって本当? 確かに苦手だとは聞いていたけれど……紅月って、そんなにお酒が飲めなかったのね! しかも、ふふっ……一晩中、梔子のことを放さなかっただなんて。何となくそうじゃないかとは思っていたけれど、やっぱり紅月って、けっこう寂しがり屋なのよね。梔子と離ればなれになったりしたら、すぐ元気がなくなって寝込んじゃってもおかしくないと思うわ」

「それは……この間、静貴さまも似たようなことを仰っていました」

「あら、やっぱり? 静貴が言うのなら間違いないわね。静貴、巴里にいた頃は、しょっちゅう紅月の面倒を見に行っていたみたいだもの。紅月のことはきっと、手のかかる弟みたいに思っているんでしょうね」


すると、リリアーヌが急に目を瞬かせて話すのをやめる。


「梔子。その手……」

「……? 手……ですか?」


リリアーヌは梔子の左手を取り、じっと見つめてくる。


「あなた、ここ……この小指の付け根のところ。怪我をしているわ」

「え……? あ、本当ですね」


リリアーヌに言われるまで、気がつかなかった。

確かに梔子の手には、傷がついていたのだ。

いつ怪我をしたのかもわからなかったくらい、本当にかすかな傷ではあったけれど。


「ちょっと待ってて。手当をしなきゃ」

「いえ、リリィさん。このくらい、大したことはありませんから。たぶん……今朝掃除をしていた時にでも、何かで引っ掻いただけだと思いますし」

「あら、だめよ梔子。人の手って、実はとっても繊細なんだから。ちょっとした傷でも、取り返しのつかないことになったりするのよ」


そう言って、リリアーヌは部屋を出て行った。

まもなく彼女は、治療具を入れた木箱を持って戻ってくる。


「……はい、できた。今夜お風呂に入った後も、ちゃんと手当てをしてね」

「あ、ありがとうございます」


それからまた、しばらく会話を楽しんだ後。

梔子とリリアーヌが過ごしていた応接間に、店で働いていると思しきお針子の女性が顔を出してくる。


「リリィ。そちらの彼女のお迎えが来たわよ。玄関で待ってもらってるわ」

「わかったわ、ありがとう。紅月が戻ってきたみたいね」


楽しいお茶会も、これでお開きだ。

玄関に向かうと、梔子に気がついた紅月が手を振って微笑んでくる。


「梔子。待たせてしまって悪かったね。リリアーヌも、ありがとう」

「いいえ。わたしこそ、梔子とたくさん話せて楽しかったわ。じゃあ二人とも、この後はゆっくりデートを楽しんでね」


そう言って、リリアーヌは店の中に戻ろうとする。


その、後ろ姿を。

気づけば梔子は、名を呼んで引き止めていた。


「――……リリィ」


振り返ったリリアーヌは、綺麗な緑色の瞳を驚きでいっぱいにしていた。


もう、恐がったりしない。

梔子はすっと息を吸って、微笑んだ。


「ありがとう。今日は、すごく……楽しかった」

「梔子……」


リリアーヌが呆気に取られていたのも、ほんのわずかな間のこと。

彼女はぱっと花咲くような笑みを浮かべると、駆け寄ってきて思いきり梔子を抱きしめてきた。


「……! リリィ……!?」

「わたしもよ、梔子! わたしも、あなたと過ごせてとってもとっても楽しかった!」


ちゅっと、リリアーヌは梔子の頬に口づけをして言った。


「また今度、遊びに来てちょうだいね! あなたが来てくれるの、すごく楽しみにしてるわ」




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