十三.聖なる夜の誓い ―5
ちゅっと耳に口づけられ、思わずぴくりと反応してしまう。
ひそやかな笑い声が聞こえたかと思うと、今度はうなじに口づけが降ってきた。
「可愛い。貴女は、キスをしたところがすぐに赤くなる」
「……っ」
ああ、だめなのに、と梔子は思う。
梔子はまた、紅月に喜ばされてばかりだ。
紅月が梔子を愛してくれたように、梔子だって彼に愛を返したい。
なのに気づけば、いつものように愛されるがままになっている。
すると梔子の手を包み込むように、紅月が手を握ってきた。
背後でかすかに息をつめる気配がしたかと思うと、彼は梔子の手に指を絡めてくる。
梔子よりも大きな手は温かくて、冷え切っていた手にじんわりと熱を伝えてきた。
「冷たい。こっちの手もか……」
「……いけません。あなたの手まで冷えてしまいますから」
けれど紅月は梔子の言葉など無視して、手を握ったまま離そうとしない。
そのまま首筋やうなじにキスをされると、やがて身体の奥底に熱が灯ったような心地になる。
吸いつくように首筋の肌に口づけられ、ちろりと舌先でなぞられた瞬間、堪えきれずに声を上げてしまった。
「あっ」
「……少し、温まってきた」
嬉しそうに言いながら、紅月は梔子の手を握ったまま持ち上げた。
そうして今度は、冷えて赤らんでいた指の一本一本を、唇で丹念に愛撫していく。
「…………っ、……!」
……今や沸騰しそうなほど身体の芯が熱くて、また頭がどうにかなってしまいそうだった。
口づけられるたびに指先がびくっと震え、火のついたような熱を帯びていく。
「っ……紅月さま……。私、もう……充分――」
「だめだ。まだ冷えてる。もっと温めないと」
「……あ……、っ」
結局、冷え切っていた指がすべて熱を持つまで、紅月は口づけるのをやめようとはしなかった。
先ほどまで冷えていたのが嘘のように温もった手を握り合わせ、梔子は心の中で呟かずにいられない。
(紅月さまは……やっぱり、ずるい)
ようやくアトリエを出て、台所に戻り。
お椀に料理を取り分けながらも、紅月に何度も口づけられた首筋や指先をどうしても意識してしまう。
……過ぎ去った秋。
かつての記憶をたどる旅を終えてからというもの。
紅月は以前にも増して、ことあるごとに梔子を抱きしめたり、キスをしたりしてくることが多くなった。
さっきのように、水仕事をして冷えた梔子を温めるためだと言って、しばらくの間ずっと口づけを繰り返すこともしょっちゅうだ。
「梔子、ありがとう。居間に運ぶから、このお盆に載せて」
「はい。今、持っていきますね」
取り分けた白飯と味噌汁をお盆の上に載せる。
湯気を立てる味噌汁を見て、紅月が言った。
「しじみだ」
「はい。今朝、市に行ったら、お店の方におすすめされて」
今はちょうど寒しじみが出回る時期らしい。
二日酔いにも効くからと勧められれば、買わない手はなかったのだ。
「ありがとう。……やっぱり、貴女にこんなふうに気遣ってもらえるのなら、そのうちまた酔ってもいいかもしれないな」
「だ、だめです。そんなこと、しなくても……私」
紅月に温めてもらった手をぎゅっと握りしめる。
――ためらいは、一瞬。
爪先で立ち、彼の頬に手を添える。
それから目を閉じ、薄く開いていた唇に口づけた。
「……これではまだ、足りませんか?」
「…………。最近、貴女はずいぶん、大胆になってきたね」
「……っ! い、いけませんでしたか……?」
紅月が内心引いているのではないかと不安になって、尋ねる声は自然と尻すぼみになってしまった。
けれどそんな心配は杞憂で、まさか、と言って彼は笑う。
「いけないわけがないだろう。むしろ、もっとしてくれてもいいのだけどね」
「そ、れは」
……無理だ。
ただ一度彼にキスをしようとするだけでも、毎回のように緊張して、心臓が弾けそうになるほどだというのに。
「……ん……っ」
抱き寄せられ、唇を塞がれる。
仕返しのキスをされているのだと、すぐにわかった。
はじめはついばむように繰り返された口づけは、瞬く間に深さと甘みを増していく。
「ん……ぁ、っ……んんっ……!」
頭が痺れるほどの甘さに、あっけなく酔わされてしまう。
……どうしたって、梔子は紅月にはかなわない。
そう認めるしかなかった。
それでも、いつか。
いつか梔子も、彼のように愛を返せるようになるだろうか――
そう、思いながら。
梔子はまた、蕩けるように甘い口づけに溺れていった。