十三.聖なる夜の誓い ―2
「やれやれ、眠ったか。はあ……、疲れた……」
紅月が眠ったのを見届けて、静貴は深いため息をついていた。
紅月の身体が冷えないようにそっと布団を被せてから、梔子は静貴に向き直る。
「静貴さま、ありがとうございました。紅月さまをここまでお連れいただいて……」
「いや、礼には及ばないし、僕の方こそきみに詫びなくては。かなり驚かせてしまっただろう。何の連絡もせず、いきなりこんな酔っ払いを連れ帰ってきたのだからね」
そう言って、静貴は布団に横たわってうずくまる紅月を見遣った。
深く眠っているように見える紅月だが、時おり顔をしかめ、苦しそうな表情をする。
静貴は心配ないと言うが、梔子は不安で仕方なかった。
「紅月さまは、お倒れになるまでお酒を……?」
思わずそう問わずにはいられなかった。
すると、はあ……と再び長嘆息し、静貴が言う。
「そうか。梔子さんは知らなかったのだね。ならば、よく覚えておくといい。紅月は、酒にはめっぽう弱いのだ」
「え……?」
めっぽう、と強調して言った静貴に、梔子は驚かずにいられない。
「……そんなに、お弱いのですか?」
「ああ。意外だろう? 平気な顔で何杯でも嗜みそうなものなのだがね。だが実際は、一口飲んだだけでもひっくり返って倒れることがあったくらいだ。本人も気をつけてはいたんだろうが、うっかり洋酒入りの菓子をつまんでしまったようでね。宴の席で突然倒れたものだから、皆ひどく驚いていたさ。鶴橋殿には後で詫びを入れておかなければな……ああ、頭が痛い」
静貴はこめかみを抑えながら、再び紅月のそばに寄って言った。
「紅月。くれぐれも大人しく寝ていたまえよ。梔子さんにしつこく絡んだりして、彼女に迷惑をかけることのないようにな。わかったか、紅月!」
しかし静貴の忠告は、紅月に届いていないらしかった。
紅月は顔を歪めて小さく唸ると、静貴の声がうるさいと言わんばかりに布団にすっぽりとくるまってしまう。
「まったく、相変わらずだらしないものだな……。……梔子さん。きみはもう半年も紅月と一緒にいるんだ。この男の残念なところや情けないところがだいぶ見えてきた頃合いだとは思うが……どうか、見放さないでやってくれないか。おそらく、というか間違いなく、この男はきみがいなくなったら灰になる」
「は、灰……? 見放すだなんてそんな」
梔子が紅月を見放すなど、天地がひっくり返ってもありえない話だ。
慌てて首を横に振ると、静貴はふっと表情を緩めて言った。
「梔子さん。……きみは、紅月のことを好いているか?」
「え……?」
なぜ静貴は、そんな当たり前のことを尋ねてきたのだろう。
よくわからないが、返答など決まっている。
迷いなく頷いて、梔子は答えた。
「はい。私は、紅月さまのことが、好きです。これからもずっと、紅月さまとともに生きていきたいと、心から思います」
「……そうか」
梔子の答えに、静貴は深い安堵の滲む微笑みを浮かべた。
首を傾げる梔子に、彼は続けて言う。
「きみと暮らすようになってから、紅月は目に見えて明るくなったのだ。以前はだいぶ無理を重ねていたし、思いつめた顔をしていることが多かったものだが、今ではずいぶん余裕が出て、よく笑うようになった。僕はそれを、友としてとても喜ばしく思っていたのだよ」
「静貴さま……」
「我が友ははた目には飄々として見えるだろうが、実のところはとても繊細で危なっかしいのだ。手のかかるところは多いだろうが、この男にはきみが……心を許し、弱みをさらけ出せる相手が必要だ。どうか今後も、紅月のことをよろしく頼む」
そう言い残して、静貴は屋敷を去っていった。
静貴を見送り、部屋に戻ってみても、紅月は未だ顔を赤くして寝込んだままだ。
梔子がそばに座っても、少しも気づく気配はなかった。
……今夜はもう、ゆっくり休んでもらうほかないだろう。
せめて、目を覚ました時、彼がすぐに水を飲めるようにしておこうと梔子は思った。
水差しに水を汲み、湯呑みと一緒にお盆に載せる。
(確か……酔った次の日に食べるとよいものは)
いつだったか、卵や豆腐を使った料理がいいと聞いたことがあった。
身体に優しく、二日酔いの症状を和らげる効果があるらしい。
明日の朝早いうちに市へ行って、食材を買ってこられればいい。
(雑炊……がいいかしら)
とにかく、食べやすいものにしなければ。
そんなことを考えながら紅月の部屋に戻り、お盆を枕元に置いた時だった。