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十三.聖なる夜の誓い ―1


どこからか、鳥のさえずる声が聞こえた気がして、梔子(くちなし)の意識はまどろみの中からゆっくりと浮き上がった。


(……明るい)


澄んだ朝の日差しだ。


年の瀬となり、この頃は一日中冷え込みが強い。

特に朝は凍えるように寒く、最近は布団を出るのにも一苦労だったけれど――


……温かい。

なぜか布団の中が、いつもより数段温かかった。

しかも、どういうわけか身じろぎ一つすることができない。


強烈な違和感を覚え、梔子は目を開けた。

その途端、目に飛び込んできた光景に、眠気は一気に吹き飛んでしまう。


「こ、紅月(こうげつ)さま……!?」


互いの呼気がかかるほど近い距離に、紅月の美しい面差しがあった。

よほど熟睡しているのか、彼は規則正しく穏やかな寝息を立てていて、目を覚ます気配は少しもない。


そして梔子が動けないのは、腕を背に回され、抱きすくめられていたからだった。


「ん……」


梔子の声が耳に障ったのか、紅月はかすかに眉をしかめ、喉の奥から声を漏らした。


けれど彼が目を開くことはなかった。

それどころか、さらにぎゅっと強く抱きしめてくる。


彼はしばらくの間、指先で()くようにして梔子の髪に触れていたが、やがて満足したのだろう。

口元に安らかな笑みを浮かべて、再びそのまま寝入ってしまった。


(な、何が……? いったい、何が起きて……!?)


なぜ自分が今、自室ではなく、紅月の部屋にいるのか。

しかも、なぜ彼と同じ布団で、今の今まで眠り続けていたのか。


梔子は顔を真っ赤に染めながら、なぜ今、このような状況になっているのか、少しずつ思い出す――


          *


それは、昨夜遅くのことだった。

入浴を済ませ、自室で過ごしていた梔子は、屋敷に近づいてくる車の音に気づいて顔を上げた。


読んでいた本を閉じ、灯りを持ってすぐに部屋を出た。

帰ってきた紅月を出迎えるためだ。


「お帰りなさいませ、紅月さま――」


玄関扉を開けてまもなく、梔子は呆気に取られて立ち尽くした。

そこに立っていたのは、半ば引きずるようにして紅月を背負った静貴(しずき)だったからだ。


外では雪がちらついている。

二人とも、髪や外套(がいとう)にたくさんの雪片を被っていた。


静貴はぐったりとして動かない紅月を一瞥(いちべつ)してから、梔子に詫びて頼んできた。


「すまないね、梔子さん。悪いが今すぐに紅月の部屋まで案内してくれないか。この男を布団に寝かせないといけないのでね」

「わ、わかりました! すぐにご案内いたします……!」


慌てて紅月の自室へ向かいながら、血の気が引く思いがした。


紅月にいったい何があったというのだろう。

怪我をしたのか、あるいは急病に倒れたのか――


梔子の心中を察したのか、静貴が息を切らしながらも教えてくれた。


「心配はしなくていい。ただ酔っ払っているだけだ。大人しく寝かせていればそのうち治る。まあ……この分だと、明日までまともに動けないかもしれないがね」

「お酒を……」


今夜、紅月は懇意にしている客に招かれたらしく、年忘れの宴会に出ていた。


帰りはおそらく遅くなるだろうから、先に休んでいて。

そう梔子に告げて、夕刻、彼は迎えに来た静貴の車に乗って出かけていったのだが……


「紅月! 着いたぞ、きみの部屋だ! 少しは気を確かに持ったらどうなんだね!」

「ん……? 私の、部屋……? 梔子……」

「だから、僕は梔子さんじゃないと何度も言っているだろう! これ以上絡むな、抱きつくな! いい加減僕にしがみつくのはやめたまえ! まったく、これだからこの男は酔っ払うと厄介なんだ……」

「――……」


しばらくの間、梔子はつい、呆然としてしまった。

こんなに泥酔し、すっかりできあがってしまった紅月を見るのは初めてだ。


……それに。


何となく、紅月は酒にも強いのではないかと思っていた。

普段、彼は舌が痺れるくらいに苦い珈琲(コーヒー)でさえ、難なく(たしな)んでいたからだ。

だからきっと、彼はどんなに強い酒だろうと涼しい顔をして飲むのだろうと、そう思っていたのに。


はっと正気づき、梔子は目を瞬いた。

いつまでも驚いてばかりではいられない。


「み、水を。水を持ってまいります!」


慌てて台所に走り、吸い飲みに水を汲んだ。

部屋に戻ってみると、紅月はようやく静貴から離れ、布団に横になったところだった。


「静貴さま、水をお持ちしました」

「ああ、恩に着るよ。僕が身体を起こさせるから、きみは水を飲ませてやってくれないか」

「はい」


紅月は薄く目を開けていたが、まったく焦点が合っていなかった。

顔は上気し、呼吸は乱れて苦しそうだ。


「紅月さま、お水です。飲めますか……?」

「う……」


吸い飲みの口を唇にあてがうと、紅月はどうにか水を飲んでくれた。

半分ほど飲んだところで限界だったのか、彼は目を閉じて眠り込んでしまう。



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