二.優しさといたわりと ―2
昨夜。
ようやく泣き止んだ梔子を見て、紅月は苦笑していたものだ。
『目がかなり腫れてしまっているね。このままにしていては明日まで響きそうだ』
『すみ、ません……。たくさん、ご迷惑をかけてしまって……』
泣く梔子をずっと抱きしめてくれていたせいで、紅月の着物は胸元がぐっしょりと濡れてしまっていた。
しかも今の梔子ときたら、いったいどれほど見苦しい顔をしていることだろう。
荒れてしなびたようになった肌に、肉が削げ落ちた頬。
その上、みっともなくまぶたまで腫らしているのだから。
あまりにも申し訳なさが募って、その場に消え入ってしまいたくなる。
『少し待っておいで。すぐに戻るよ』
庭から縁側に戻ると、紅月はそう言って梔子の部屋を出て行った。
彼がその手に桶を抱えて戻ってきたのは、それからまもなくのことだ。
紅月は床に桶を置くと、梔子のそばに座って言う。
『さて、梔子。ここに頭を預けて仰向けになってくれるかい』
『え……?』
思わず狼狽えてしまったのは、紅月が「ここ」と言って手で示したのが彼の膝の上だったからだ。
湯気を立てる桶。
桶の縁にかけられた手ぬぐい。
それを見れば、泣き腫らした顔の梔子を彼がいたわろうとしてくれていることはわかった。
けれど遠慮と気恥ずかしさから、梔子はその場に固まったままなかなか動けない。
『で、でも』
『いいから。私が貴女にしてやりたいんだ。それとも、貴女は嫌かな』
そう言って、どこか寂しげに微笑まれてしまっては、それ以上遠慮し続けることなど梔子にはできず……
こわごわと、紅月の膝に頭をのせて、横になる。
今にも衿元から飛び出しそうに心臓が高鳴っていた。
やがて赤く火照った目元を覆うように、温かな手ぬぐいが被せられる。
暗闇の向こうから、穏やかな声が聞こえてきた。
『泣きすぎて目が腫れた時は、こうやって温めるのがいいと聞くからね。熱すぎるようなことはないかい?』
『は、い。……その。気持ちいい、です。温かくて……』
『そうか。それならよかった。温かいと、どうしても眠くなってくるだろう。このまま寝てしまっても構わないからね』
そんなこと、できるわけがない。
何と言葉を返したらいいかわからず、ただただ頬が紅潮していくばかりだった。
言葉にならないか細い声を漏らすと、頭上から降ってきたのはひそやかな笑い声だ。
紅月はどうやら、梔子の反応を面白がって見ているらしい。
梔子の居たたまれなさは余計に募った。
……それでも。
ぬるくなった手ぬぐいを、紅月が再び桶に浸す。
腫れたまぶたの下から見えた紅月の面差しは、驚くほど優しい。
彼が心から梔子を大切に想い、慈しんでくれているのがはっきりとわかる表情だった。
まるで、夢を見ているみたいだ。
誰かに、こんなにも温かく接してもらえるなんて。
また、視界が温もりに閉ざされる。
静かで、穏やかで、優しい時間。
なのにどうしようもなく、梔子の心は乱れた。
少しも落ち着くことのない心臓の音を聞きながら、梔子は心の中で尋ねずにはいられなかった。
(紅月さま……。あなたはどうして、こんなにも私によくしてくださるのですか?)
梔子が長年ずっと虐げられてきたと聞いて、同情してくれているのだろうか。
それとも、紅月は妻となる娘に対してなら、誰であってもこんなふうに優しくしたのだろうか。
彼の婚約者としてここにいるのが、梔子でない他の娘だったとしても……
そう思うと、なぜだかちくりと胸が痛んだ気がして戸惑った。
それは、これまでに経験のない種類の感情だった。
慣れない心の動きを己の内で持て余したまま、梔子は紅月の膝の上でそっと身じろぎをして……