第324話:『まきばのみどり』ちゃん
『上谷まきばのみどりです』
い
なんか、そう聞こえた、ような?
先輩たちと、交互に顔を見合わせて。
(え? 何? すご?)
(変わった名前ですわね)
(ふむ、どんな字書くんでしょうね)
(訊いてみる?)
なんて感じで、また、視線と表情だけで、会話。
成り立ってるかどうかは、不明ながら。
大筋では、合ってそうな気はする。
気になるし、なんで? って、訊いてみたくなったとしても。
他人の名前をとやかく言うのは、マナー違反。
だよね。
とか、思ってたら、エリ先生が、助け船。
「じゃあ、みんなの名前がどんな字なのか、黒板に書いてみましょう」
そう言って、エリ先生は席から立って。
黒板に向かって、チョークを手に。
「先生の名前は、こうよ」
カキカキ。
『沢田絵里』
おぉっ。
先生の名前、エリは、絵里だったのかぁ。
って、知ってたけどね。
続けて、先輩方にバトンタッチ……ならぬ、チョークタッチ?
トントントン、と、三人続けて。
『大里さくら』
『中原つぐみ』
『小坂ミリィ』
先輩方は、まんまでしたね。
「ほい、おかーさん」
金髪子先輩からチョークを受け取って、あたしも。
『園田真綾』
「読み方もそうだけど、書くとますます女子だよねぇ、おかーさん」
「入試の時に性別書く欄が無くて、女子に間違われた説もあり、さすがお母さん」
「名は体を露わにしていますわ、お母様」
その通り、なんですけど、先輩方、言い方!
一年生がキョトンとしてますやん。
さて、お次は……七ちゃんかな。
「じゃあ、七種さん」
「あ、はい」
チョークを七ちゃんに渡して、と。
『七種香』
『九重悠』
七ちゃんから九ちゃんは、ささっと書き上げて。
「えっと、じゃあ、下谷さん、よろしく」
「はーい」
『下谷緑里』
「はい、上谷さん」
「はい」
チョークが手渡されて、いよいよ?
『上谷牧乃緑』
あ……漢字で書くと、なんかいい感じ?
いや、洒落じゃないけど。
読むと。
『まきばのみどり』
そんな、上谷さん。
チョークを持って、立ったまま。
「あー、えっと、訊かれる前に話しちゃいますけどー」
語り出したっ!?
でも、みんな訊きたいだろうし。
ここは、黙って聞くべし。
「おじいちゃんおばあちゃんが牧場やってましてー、なんか、初孫だーめでたいぞー、とかって勢いで付けられちゃったんですよー」
地味に軽いような……。
「小学生の頃は、この名前でイジられて、イジメられたりして……」
げっ。
なんか、開いちゃいけないモノを開いてしまったような?
「特に男子から超絶イジメられまして」
あぁあ。
これは、わかる。名前でイジられるのは。
あたしも、結構、イジられたからなぁ。
「あたしはこの名前、すごく気に入ってて、自慢なんですけど」
うんうん。
それも、わかる。
けど。
あたしも含めて。
茶々やら合いの手を入れる隙も根性も、無く。
上谷さんの話を、聴くしかない。
「さすがに男子が怖くなりましてー、中学も高校も女子校に通わせてもらうことになったんですー」
おそらく。
名を名乗れば、こうなる事は、彼女の中で織り込み済みで。
先輩たちのような、男性恐怖症とも言える、トラウマも含めて。
そんな説明も、もう、何度もやって来てたんだろうなぁ、と、思われる。
そんな、上谷さん。
「下谷さんも、似たような感じなんだよね?」
しれっと、下谷さんに、話を振って。
「はい、わたしも、名前とは別で、その、えっと……体形の事で小学生の時に男子にイジメられて、一時期不登校にもなったりして、中学高校は女子校にしてもらったところは、上谷さんとだいたい同じですね」
なるほど。
が、故に。
この『八時間目』で。
男性に、慣れるようになれるか、どうか?
今のところ。
あたしや、七ちゃん九ちゃんとは、まだ直接的な会話や接触は無いとして。
んー。
大丈夫だろうか……?