第290話:真綾はオオカミか否か
何故か突然。
いや、何故かって言うのは、ある程度、理解できるんだけど。
そういう事じゃないでしょ、シズさん?
と、思いながらも。
立ったまま、シズさんにぎゅぅっと、抱き締められて。
耳元で、ささやかられる。
「真綾様の人となりは、実際にお会いして、その佇まいを拝見して」
ん……。
「お嬢様方からは学校でのご様子もお聞かせいただいて」
ふわぁ、そんなにも?
「真綾様が女性として過ごされている中で男性としての意識がどのように変化しているのか、少々危惧しておりました」
何故にシズさんが、と、いう疑問。
「そこで、男性の女性化に関する資料の分析をしてみました」
どうして、そんな事まで、シズさんが?
疑問は、さらに深まる。
「正直、ケースが多い上に、状況が特殊なので、どれがあてはまるのか、判断ができず」
ですよねぇ。
通学が便利だからと、女装して女子校に通う、男子。
一応、学校にも認められて、正式なので問題は無いけど。
別の問題が、色々とあるはずが。
ある意味、その問題点を把握するための、実験、と、言えなくもない。
ケース、と、言えば。
本当に女性になりたいと思っている、レイちゃんや、今度の新入生の、ふたりと、合格したかどうか微妙な、八っくん。
八っくんのあれは、どう考えても男のまま女の園に飛び込みたいって、ヨコシマな気持ちが先なんだろうな、とは思うけど。
雪人さんやアキラくんのように、男にして、女装を楽しみ、女性的なふるまいをする事で、女性を知ろうとする、ひと。
川村ちゃんは、どれだろう? 単なる好奇心かな。
あたしは、どちらかと言えば雪人さんやアキラくんに近いのかな。
自分では、そう思ってる、けど。
けど。
けど?
「雪枝様やアカネ様たちのお言葉をお借りするのであれば……」
何故か突然。
雪人さんのお母さんや奥さんの、話?
と、言うか。
「真綾様がオオカミさんになられるか、どうか」
あぁ、どっちかと言うと、雪人さんの話、か。
「なにせ、お嬢様方の貞操に関わる問題ですので」
あ。
なるほど。
そういう心配、か。
あたしが、先輩たちに、おいたをするんじゃないか、と。
なるほど。
「それで、あたしは?」
「はい、その、とても芯のお強い方だと……身体の方はとても正直なようですが、それを抑え込む強い心根がおあり、かとお見受けいたしました」
あはは……。
「ただ、それは恐れでもあり、弱い心であるとも申せます」
うっ。
やっと、拘束が、解かれて、でも、再度、肩に両手を置かれて。
「今のままですと、本当に必要な時が来たとしても、何もできずにお相手の方を苦しませてしまうことになりかねません、よ?」
「あはは……」
「ですので、真綾様にも、ある程度の慣れが必要なのではないか、と」
いらぬおせっかい、と、言いたいところでは、あるけれど。
心配してくれているのは、ありがたい、の、かな。
シズさんは、さらに。
「それと、もうひとつ……」
「はい?」
なんだろう。
「はい、えと、その、もちろん、個人差もあるでしょうけれど」
「はい? って、痛い痛い」
急に、両肩のシズさんの手に、力が入って。
「失礼しました……えと、その、個人差もありますが、女性の方が」
女性の方が?
「特に、お嬢様方のようなお年頃の女の子は、ですね」
あぁ。
なんとなく。
言いたい事が、わかった気がする。
シズさんは、再度、あたしを抱きしめると、耳元で。
「男性よりもずっと……」
そう囁きかけた、その時。
「シズ、まぁや、なにやってんの?」
金髪子先輩、現る。