第277話:母さんが身を引いた理由
文字通り。
春の、荒し。
いや、嵐、か。
でも、荒らしにも、近いような。
実際には、そんなに強い風が吹いているわけでは、なく。
ホンダさん一行が、退場されて。
気になるのは、あたしたちが別荘の中に居た時。
外で、何があったのか。
突然現れた、あの迷彩服の、おばあさんと、男のひと達。
それに、雪枝さんがホンダさんに色々と、聞いていたはず。
おそらく、その最中に迷彩服が現れたのよね。
それに。
母さんが、潔く、身を引いたのも、解せない。
疑問に思うのは、あたしだけじゃ、無い。
ユイナおねえちゃんも。
他の、皆さんも。
「姉さん、あれでよかったの? そりゃ、あたしもやめとけとは言ったけどさ。姉さん自身は、どうなの?」
あぁ。
さすが、妹。
ずばり。
訊かれた、母さんは。
少し、黙り込んで、何か考えて。
「ふぅ」
ひと息、ついて。
「あまり知られたくはなかったんだけど……」
少し、言い淀んだ、あと。
少し、小声で、あたしとユイナおねえちゃんにだけ、聞こえるように。
「九重は……九重が、わたしが勘当されて、追い出された家なのよ」
え?
「え?」
あたしとユイナおねえちゃんは、母さんの事情を知っているからわかるけど。
周りのひとには、何のことだか、わからない、よね。
母さん本人の言う通り、あまり、他人には知られたくはない、話。
「あの涼子さんって、おばあさん、見覚えがあったわ」
あちゃぁ……。
「向こうはわたしの事、覚えてないと思うけど、幼い頃に一度会った事、あるみたい。九重の名前を聞いて思い出しちゃった」
なるほど……。
「遠縁の親戚なんだけど、そのお兄さんと、ってなると、やっぱり、ねぇ……」
あぁ。
恋心も去ること、ながら。
それ以上の、しがらみ。
結婚、となると。
個人と個人の関係性だけじゃなくて。
家と、家。
家系と、家系。
そんなものも影響してしまう、って事よね。
多少の困難、障害なら、乗り越えられるかもしれないけれど。
母さんの場合は……。
裏を返せば、これを機に、母さんの元の家とも和解を、って流れにもできるかもしれない。
って、思うのは、あたしがまだ経験の浅い子供だから、かな。
それもあって。
あたしからは、何も、言えない。
けど。
「……それ聞いちゃったら、余計に腹立って来たわ」
ユイナおねえちゃんは、お怒りモード復活。
「だめよ、ユイナ。もうこれ以上関わるのは、やめましょ」
ホンダさんたちが、すでに退場されていて、よかった、かも?
「うぅ、姉さんがいいなら、いいけど、さ……仕事、どうすんの? あの男と同じ会社なんでしょ?」
そりゃ、居心地、悪くなるよね……。
「うーん、どうしよう、っかなぁ……」
言いながら、お肉を、かぷり。
腹がへってはナントヤラ。
あたしも、おねえちゃんも、お肉、もぐもぐ。
周りの皆も、談笑しつつ、バーベキューに、舌つづみ。
何人か、あたしたちの会話に聞き耳を立ててたみたいだけど。
その中の、ひとり。
「ふふふー沙綾さぁん」
「雪枝さん?」
「沙綾さんたちがぁ、居なかった時のぉ、お話、聞きたい、でしょぉ?」
「そ、そうですね、ええ、それは」
うん、聞きたい。
「まずぅ、あの本多ってヒトから聞いた話だと……」
っと。
そっか。
そう言えば、雪枝さんが、ホンダさんに、色々聞こうとしてたっけか。
ふむふむ。
それでは、聞かせていただきましょう。
ましょう。