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第272話:涙の向こう側




 母さんと、蘭さんの喧嘩?


 その喧騒、剣幕の。


 場の空気と勢いに、巻かれたような気もするけれど。


 押し殺せない感情が、溢れて。


「後も先も関係ねーだろっ! オレの母ちゃんだってなっ!」


 口を衝いて、出てしまう言葉。


「母ちゃんだってなっ!」


 最近、知ったこととは言え。


「すっごい苦労して来たんだっ!」


 オレの父親に相当する人物との、いざこざ。


 実家を追い出されて。


 今のじいちゃんばあちゃんの手助けはあったとしても。


「オレをひとりで育ててくれてっ!」


「そんなの知ったこっちゃないわよっ!」


 河崎さんの、反論。


「それはこっちの台詞だっ!」


 反論への、反論。


「蘭先輩はねっ! 蘭先輩はねっ!」


 反論への反論への、反論。


 (あい)(たい)する、河崎さんが。


 あれ? なんか、すっごく、涙目?


 今にも、泣きだしそうな、表情。


「蘭先輩はねっ! 蘭先輩はねっ!」


 言葉の代わりに。


 溢れて来る、もの。


 なに? 何? なに、これ?


「蘭先輩は、ね……」


 一歩。


「母ちゃんは、な……」


 また、一歩。


 河崎さんも、同じように。


 わずかに、前へと、進む。


 こちらから、あちらへ。


 あちらから、こちらへ。


 近付いて来る河崎さんの目から、零れ落ちる、涙。


 その涙を見た、自分の頬に、伝うもの。


 そして。


 申し合わせたかのように。


 互いの両肩に、両手を置いて。


「うぁあああん、蘭せんぱぁああああああぁい」

「うあぁあああん、母ぁちゃぁあああああああん」


 堰を切ったように。


 溢れ出す、もの。



 あら?



 えっと。



 湧き出す感情とは、別に。


 どこか、冷静に観察できている、もうひとりの自分。


 もうひとつの、視点、視線。


 その揺れる視線の向こう。


 河崎さんの後ろで、目が点になって固まっている、蘭さん。


 その蘭さんを羽交い絞めにしている、方菜(かたな)さん。


 おそらく、背後では母さんとおねえちゃんも、目が点になっているんだろう、な。


 その周りで、同じように目を丸くしている、皆さん、一同。


 本多さんも、すぐ横で、おろおろ。


 そして。


 情動のままに動かされ、嗚咽を漏らす、身体。


 溢れ出る、涙。


 とても、不思議な、感覚。


「ちょっと、真綾(まあや)、どうしたの、急に」

永依夢(エイム)、あなたがどうして」


 母さんと、蘭さんの、声。


 互いに言い合っていた声とは、違った、とても、とても優しい、声。


 そして。


「真綾……」


 さらに、さらに優しい声と、肩に置かれる、暖かな、手の温もり。


 ユイナおねえちゃん。


永依夢(エイム)はン……」


 この声は、方菜さん。


 方菜さんが、ユイナおねえちゃんが。


 柔らかな瞳で、優しい声で。


「ちょっと落ちついた方がええやろな」

「ミリィちゃん、どこか、お部屋貸してもらえる?」


「あ、え、はい、じゃあ……シズさんはそっちお願い。ユイナさんたちは、こっちへ」

「では、鈴木様はこちらへ」


 河崎さんは、方菜さんに手を引かれ、シズさんに誘導され、蘭さんとともに。


 別荘の、中へ。


 ユイナおねえちゃんに、手を引かれ、金髪子先輩に導かれ、別荘の中へと。


 向かう途中。


 背後から、聞こえて来る、声。


「本多さぁん、ちょぉっと、いいかしらぁ? いろいろとぉ、詳しくぅ、お話、お聞かせていただきたい、ですわぁ」


 この声と口調は。


 雪枝さん、かな?


「あー……はぃ」


 そして、本多さんの、こちらも、泣きそうな、声。


 河崎さんたちは、シズさんの案内で一階の部屋へ。


 園田家は、金髪子先輩に連れられて、別荘の二階の、部屋へ。



 あぁ。


 なんで、こんなことに?









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