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生き甲斐、殺し甲斐。  作者: 惛酩
6/23

二度目の家族


小走りで去っていく太一(たいち)の背中を見送る紅華(こうか)


「…ちと、ビビらせ過ぎたか?」


いや、普通なら親の死体を見た時点でビビって泣きじゃくるのが普通か。今やっと子供らしいところを見た

感覚がおかしくなる


(…あの人も私を見つけたときこんな気分だったのかね)


手に持ったグロッグ17を片付ける


「あいつはこっち側(殺し屋)向きだろうしなあ。仕込むのが楽しみだ」


ひひっ、と笑いながら自室という名の武器庫を眺める

壁に掛けた常用のナイフに目を止め、手に取る


「まあ、美辰(みたつ)よりかは腕良いだろ。あいつはミスった。いやミスじゃねえか。近距離戦に対応できないと死ぬなーと思ってナイフに重きを置きすぎたな。少年には満遍なく入れ込まねぇとな」


ブツブツと独り言を漏らす紅華


紅華はどこか予感がしていた。

太一は、紅華の右腕になる。


「…ひひっ、くふ、ふはっ!はははっ!」


ナイフを片手に、高笑いする紅華であった。



◇◆◇



「はあああああ…………」


キッチンに立って大きくため息を着く太一


「…ここに骨を埋めるしかないのか………」


お先真っ暗だ


「何作る気だ?」

「…まだ決めてません」

「あそ?まあ、食材も道具も美辰のだし、好きに使え―」


それは、好きに使っていいのだろうか

本当に美辰さんの扱いが雑だな、と太一は美辰が可哀想になってくる


二階から降りてきた紅華はソファに寝転がる。さっき見た情景とデジャブだ


「…紅華さんも食べますか」

「なに?おめーが作ってくれんの?」

「簡単なのでよければ」

「んじゃ頼むわ。たまには美辰以外の飯も食いてえもんよ」


かごの中に食パンを見つける。

トースターもあるし、トーストにしようか。

外が段々明るくなってきた。

そういえば今日は平日だが、


(…通学路分かんないな)


盲点だ。普通に学校に行けるとはいえ、ここがどこかさえいまいち分からない。


「…あ、学校は美辰が送ってくれるってよ。元の学校からは遠いかんな」

「…そう、ですか」


何から何まで手厚い組織だ。


食パンを二枚取り出してマヨネーズとグラニュー糖をまぶす。トースターに入れて適当に焼く。


(他の人のも作った方がいいだろうか。でも今は何人いるんだか)


太一はソファで寝転がってだらけている紅華に近づく


「あの」

「んぁ?出来たのか?」

「あともう少しですけど。他の方のも作った方がいいかと思って。今は何人いるんですか」

「えー?作んなくてもいいけど?律儀だねえ」

「…何人ですか」


話を進めるのに時間が掛かる。とても面倒だ。


「フルメンバー、だよ。みんな部屋で寝てんじゃん?」


(フルメンバー…)


紅華さん、美辰さん、明霞(ミンシャ)さん、と後二人。

五人か。


「じゃあ、後四枚焼きます」

「おめーよぉ?美辰の後追いだぞ、そのままだとー」

「僕は尻に敷かれません」

「美辰は尻に敷かれてるやつだと思ってんだ?」

「っ…」


ニヤニヤと太一を見る紅華

嵌めたな、この人。本当にウザったい。


はぁ、とため息をついたときちょうどトースターが鳴く。


「…これどうぞ」

「どーもー」


ノロノロとダイニングテーブルまで来て焼きたてのトースターを口に運ぶ紅華


「あぢっ!」

「…焼きたてですし。あと、椅子があるなら座ってください」

「……美辰第二号だな、少年」


呆れた目を向ける紅華


(お節介になる原因は紅華さんだろ)


口に出さないだけ自分は気が使える人間だと太一は自画自賛する


「んめーな、これ」

「マヨネーズと砂糖です」

「身体に悪そ、良いねえ」


満足そうに食べている紅華を横目に残りを焼こうとすると階段を降りる音が聞こえてくる


「…んぁー…紅華ちゃん早いねぇ?六時なってないよぅ?」

「少年に起こされたんだよ。これうめぇぞ、食ってみ」

「少年ってぇ?」


ぱっとこっちを向く女の人

キャミソールに短パンの露出多めな格好をしている


(知らない人だ)


「あぁ!昨日拾ったって子ぉ?どうもぉ、初めましてぇ、相生(あいおい)羽衣(うい)ですぅ。君はぁ?」

久山(くやま)…太一です」

「太一くんねぇ、分かったあ。七歳なんだってねぇ?しっかりしてるねぇ?」

「はぁ、」

「あ、私のことはぁ、羽衣ちゃん、って呼んでねぇ」

「…いつか、に取っておきます…」


紅華さんとは別の絡みづらさのある人だ

語尾が伸びたふわふわとしていそうな人、が太一が見た羽衣の第一印象である。


「太一くん、これ食べちゃっていいのぉ?」


トーストを指して聞く羽衣


「あ、どうぞ…そんなもので良ければ」

「わぁい、ありがとぉ」


椅子に座ってトーストを齧る羽衣


「おいひぃー」


頬に手を当てて言う

太一はとりあえずトーストを焼き続けることにした

どうせ続々と降りてくるだろう


「…なんか、美辰ちゃんみたいねぇ?太一くん」

「同感だな」

「……」


自分でも分かっているので何も言わない

同じ作業を繰り返す太一


予想通り次々と人が降りてくる


「…はよー、お早いですねーみんな」

早上好(おはよう)…タイチ、早いネー…」


美辰と明霞が起きてくる


「おはようございます。トースト食べますか?」

「トースト!食べル!」

「…っう、坊主…いや、太一…いや太一様…!君は出来る子だ…!」


元気よく飛び付いてくる明霞と、感激している美辰


「明霞さん、焼きたてで熱いので気を付けてくださいね。美辰さんはその呼び方はよして、座って食べてください」


誘導して二人の前にトーストを乗せた皿を置く

と、明霞に肩を叩かれる


「…?」

「明霞でいいヨ。私タイチと同い年だからネ。私の方が姐姐(お姉ちゃん)だけド」

「あ、はい」

「敬語モ要らなイ!」

「え、あ、うん…?」


にぱーと顔を明るくしてトーストを頬張る

そーっと紅華が近づいてきて肘で脇腹を小突かれる


「っ、何ですか」

「ロリに絆されてんじゃないよ、ロリコンめ」

「違いますよ」

「ああ?そうか、羽衣姉さんが来たときジロジロ見てたし、年上の豊満なおねーさんのがタイプか?エロガキぃ」

「違います!!」


つい声が大きくなった太一はハッと口を手で押さえる

紅華が微笑む


「なーんだ、お前、声出るじゃん」


顔が熱くなる。多分赤い


「でっけぇ声…紅華さんもそんな顔できるんすね?」

「ふふっ、ビックリしたぁ。なんか私利用されたけどぉ」

「タイチ、章鱼(タコ)みたイな顔だヨ?」


それぞれに言われるのが居たたまれなくなる太一に紅華と目線が交じる

その目を見た瞬間、途端に今までの記憶が蘇ってくる

大きな声、なにか声を出せば自分よりも遥かに大きい声で怒鳴られていた


「邪魔だ」「うるさい」「出ていけ」


今まで言われた言葉が太一の頭を木霊する

手が少し震え出す


「…ごめんなさい」


至極小さな声で太一は繰り返し言う


忘れた気になっていても、人間の脳はそう簡単な構造になっていないようだ。


「…ごめんなさい、ごめんなさい…ごめ、」

「少年」


低いトーンの紅華の声に顔を上げる太一

凛と澄んだ目で見つめられる。銃を突きつけられた時とは違う目だ


「いいか?今から言うこと、頭の隅っこに覚えとけ。ここではお前は尊重される。みんな本性だ。美辰は仕事中は優秀だけど、ここだとオカンだし、明霞はパソコンスキルが並外れてるけど、それ以外は幼げなただの女の子。羽衣姉さんは普段ほわほわしてっけど、夜はバリバリ情報集めてくる怖い人だし、私も仕事は狂気じみた殺し屋だけどここじゃだらけた迷惑なやつ。まだ起きてないアイツも仕事中とここじゃ別人だ」


捲し立てるとは違う、落ち着いた女性の声だ


「お前は賢い。なんでも冷静に処理できる。それもお前だよ。でも、もっと本物のお前でいていい場所なんだ。子供らしく、言いたいことは言えばいい。笑いたいと思ったら笑えばいい。泣きたいとき泣けばいいし、怒りたいときは怒っていい。そのためにあの人はこの場所を、アジトを、私達にくれたんだ」


後ろで、優しい眼差しで頷く皆が見えた


「ま、今すぐにそうなれとは言わないけどな。でも」


太一の肩にそっと触れる紅華


「残念ながら、太一はもう、ここの家族だ」


ニカッと笑う紅華

その言葉に太一は何年も流さなかった涙が頬に伝った


「か、ぞく…」


懐かしい響きだ

忘れかけていた言葉だ

自分とは無縁だと思っていた。思うしかなかった。思ってしまっていた。

でも、そう思うのは

終わりでもいいかもしれない。


その日は朝から泣いた。何年分かの涙を流した。


紅華さんは、笑っていた

美辰さんは、釣られて泣いていた

明霞は、涙目で笑いながら慰めてくれた

羽衣さんは、ニコニコと眺めていた

後から来た名前を知らない男の人は、困っていた


みんな、優しかった


(自分は迷惑な人間を卒業できただろうか)


太一は涙と一緒に、過去を一緒に流した。

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