向かいの部屋
「なあ、腹減った」
「ハム食ってたじゃないすか」
「足りねえよ」
「私モお腹ぺこぺこだヨー。」
「明霞は美辰が置いてった飯食ったんじゃないの?」
「足りなイヨ」
「あーもう、分かったよ」
二階から降りてきた美辰に間髪も入れず、ぶーぶー文句を垂らす風呂上がりの女子組のために今日もまた飯を作る。
(ほんとは自分でやるのがセオリーだろうに)
フライパンを揺らしながら角川美辰は思考を巡らす。
美辰が一番後輩だった。新入生がくるのは初めてだ。
複雑ではある。自分でもう人は増えないと思っていた。
違った。うちの主将は気まぐれな女王様だ。
(坊主の分も作るか)
相変わらず尻に敷かれに行くのが上手い。自分で認めてしまいそうになる。
「おーい、飯作ったけど食うかー?」
階段下から二階の部屋に向かって大声を出す。
返事がない。
(…逃げたか?)
まさかな、とは思いつつ部屋まで見に行く
オカン気質は中々簡単には治らないものである
「おーい?」
ドアをノックするも返事がない。
本当に逃げたか?
「…入るぞー」
ドアを開けると、ベッドに倒れた子供が一人
(…え?)
近づいて顔を見てみれば心地よさげに寝ている。
(そうか、そうだよな)
親が殺され、訳の分からない殺し屋に拾われ、流されるまま今に至る。そりゃ疲れる。
それに、もともと狭い部屋の、さらに狭い押し入れに寝てたんだ。ふかふかのベッドを置いておいてよかった。
ここに来たからにはもう、過去は捨てるが吉だ。これからはゆっくり快適に寝れるだろう。
「っこいしょ…」
ベッドを横断するように倒れている太一を抱き上げてちゃんとベッドに寝かせる。
身体は随分軽い。まともに食べてないんだろうな。
(…しばらく飯は俺が作るか)
部屋から出てリビングに戻る
「ん、少年は飯要らねぇのか?」
「爆睡だよ」
「ふーん、それもそうか」
「タイチ、寝ちゃっタ?」
「うん、疲れてたんだよ。明霞も寝な?もう夜も更けてますよ?坊主とは明日からでも遊べると思うぞ」
「うん!分かっタ!寝る!」
「ん、おやすみー」
「晚安!」
お気にいりのぬいぐるみを抱えて部屋に戻る明霞
「珍しいな、明霞が外に出てくるの」
「外っつっても、家じゃん」
「それはそうだけど」
「…なあ」
「なんすか?」
「それ、食っていい?」
太一に、と作ったオムライスを指す紅華
「ああ、どうぞ…」
「せんきゅ」
この人、数時間前に人殺してるんだよな
(殺し屋、怖いわ)
美辰は自分の分のオムライスを食べ始めた。
◇◆◇
「ん、んんー…?」
目が覚めたときには、外は薄ら明るくなっていた。五時頃だろうか。
この部屋には時計がない。
「…寝てたのか、僕」
身体痛くならないベッドで、暖かい布団で、途中で目が覚めない、夢も見ない、深い眠り。
久しぶりだ。
(とりあえずリビングに降りてみるか)
他の部屋には人がいる。気配を消して静かに階段を降りる
(シェアハウスなだけあって広い)
今まで居た場所が狭すぎただけかもしれないが、やたら広く感じる
リビングのドアを開け、中をぐるりと見渡す。
ソファ、机、ダイニングテーブル、椅子、本棚、テレビ。
ここだけ見れば極一般の広目の家、としか見えない。
間取りも普通だ。
ふと、ソファに目を向けると手足が飛び出ているのが見える
そっと近づいてみれば紅華が寝ている
(…部屋に戻ればいいのに)
この人は日常的に自堕落なんだろうな、と呆れているとぱちっと目を開けた紅華と目が合う
「…あ」
「…んだよ、暗殺か?」
「…」
発想が物騒だ
「目が覚めたので」
「はやいな、まだ五時だぞ」
「でも、熟睡でした。ありがとうございます」
殺し屋に礼を言うなんて朽ちたな、と自分に呆れる
「紅華さん…は部屋戻らないんですか」
「あー、私の部屋は私の部屋であって私の部屋じゃないからね」
「…」
真面目に答える気があるようには見えない
「見る?私の部屋であってそうじゃない部屋」
心なしか声が爛々としている
嫌な予感がする
「いや、けっこ」
「着いてきな」
勢いよくソファから起きて二階に向かう紅華
(有無を言わさず見せる気じゃないか)
二階に上がって着いたのは自分の部屋の向かいの部屋
「ここだったんですか」
「そうだよー」
そう言ってドアノブに手を掛け、見えた部屋の中の光景は目を疑った
「…これは」
「まあ、武器庫ってとこかな」
「武器庫…」
壁一面、いや部屋一杯の凶器
ナイフ、銃、薬品、恐らく拷問器具であろうもの。
そうだ、ここは殺し屋のシェアハウスだ。
「…なるほど。この部屋じゃ寝る場所がないって話ですね」
「敏い少年は理解が早くて助かるよ。ちなみに、明霞も美辰も最初に見せたときはギャン泣きだったね」
「それが普通かと」
当たり前だ。人を簡単に殺せるものが揃っている。普通の子供が見たら泣くのも当然だ。平然としていられる方がおかしい。
中に入っていく紅華を廊下から見ている太一
下手すれば自分で自分を殺すことになると判断した
「なにー?入んないの?かっこいいよー!ハンドガン、ショットガン、ライフル!ボウガンもあるよー?たまにしか使わないからキラキラでしょー!」
キャッキャウフフと言わんばかりの楽しそうな顔である
只今午前五時、起きなければよかったと太一は心底後悔した
「狂気ですね」
「凶器だもん」
「…」
太一の目は死んだ魚の目をしている。それよりもっと酷いかもしれない
「危険なところには出来れば行きたくないので」
「それ、この家来て言う?」
それもそうだが。
なんか、会話が面倒になってきた。
階段の方に目をやって、この状況をどう抜け出そうか考える
「…お腹空いたので、キッチン借りても……」
そう言って部屋に目を戻した瞬間、眉間に冷たい感覚がする
ガチャッ
「っ…!」
銃口だ。
「ホンモノだよ。これ、グロッグ17っての。軍とか警察とかが持ってるやつ。FBIとかさ。もちろん実銃玉入り」
ニコニコと説明する紅華
太一の背中に嫌な冷たい汗をかく
冗談には聞こえない
「目の前に殺し屋がいるのに目逸らしたら、死ぬよ。武器庫の前なら尚更」
笑っているのに、冷めた目でいう紅華
ああ、人を殺す人の目だ、と察する太一
「…なーんてね。さすがに家ん中でぶっ放したら、面々にキレられるからやんないけど。でも、気は抜くな?私は何時でも何処でも誰でも殺せるよ」
にこっと笑い掛けられる
重圧が異質だ。ただの圧ではなく、本気である
「……了解しました」
「…おまえやっぱ年齢サバ読んでるだろ?」
「正真正銘小一ですけど…」
「んー…明霞が幼すぎるのか?ま、いいや。キッチンは好きに使えー」
銃口を向けられたときに太一が言おうとしてたことは紅華には伝わったらしい
「ありがとう、ございます」
太一はその場から逃げるようにキッチンに向かった。