殺し屋のアジト
(良い武器になりそうだ)
紅華の見立ては外れない。
美辰を仲間に入れたのも、阿月を殺し屋にはせず治療専門の関係者という位置付けにしたのも、アタリだった。
だから、あの少年も率いれた
理由は特に無い。強いていうなら勘だ。他の奴らもそうだ。
「紅華さぁん?寝てない?」
「…腹減ったんだよ」
「わぁかってますって。坊主は?腹減ってる?」
「いや、そこまで」
病院の帰り、揺れる車の後部座席、右隣には殺し屋へスカウトしたばかりの無愛想な少年、久山太一と言うらしい。
「…あの、死体をあの部屋においとくのは…一旦無視して。僕がいなくなったこととか、学校とか、どうする気ですか」
右隣の太一が美辰に聞く。紅華に聞いても無駄だと判断したらしい。
本当、いけ好かない少年だ。
ただただ、淡々と事を正常に処理しやがる。
不愉快だ。だが、とても面白い。
「ぜーんぶ改竄するよ。その手の達者な人にもう連絡してあるから、明日には普通に学校いけるんじゃないかな。ご近所さんとかには適当言っとくよ、引っ越しとかね。噂を一人歩きさせる」
「そうですか」
窓の外をじっと見つめる紅華。特に何か考えているわけではない
(塩辛い何かかが食いたいな)
ただ、空腹なのである。
「よし、着いたぞー」
美辰の声に紅華は車に寄りかかっていた身体を起こす。
車を降りて玄関を開けようとドアに手を掛ける
「あ、紅華さん、鍵」
ぽいっ、と投げ渡される。
さすが、出来る助手こと美辰だ
太一は目の前に建つアジトに少し驚いた顔をする
さっきまで仏頂面だったので、紅華も驚く
「意外か?」
「もっと古びた基地みたいなのを想像してました」
「そっちのが目立つだろ」
「それもそうですね」
古びているかと言えばそうでもない。新しいデザインだ
和モダン、といったところだろうか。詳しく知らない。
人ん家だしな。
鍵を開けて中に入る
見掛けはただの家であり、中もただの家だ。
一室を除いて。
「戻ったー誰か居る?」
「私がいるヨー」
高い声が聞こえる。
(珍しいな。新顔を一目見たい感じか?)
靴を脱いで部屋に上がる紅華。後ろで少し躊躇っている太一。
「……」
「ん?入りなよ。部屋ん中、涼しいぞ」
「…お邪魔します」
美辰に促されて部屋に上がる。
まだまだ警戒体制の太一に美辰が概要を説明する。
紅華は一目散に冷蔵庫を漁る。
「ここは俺らのシェアハウス的な場所。拠点は複数あるから、そのうちの一軒って感じかな。さっき声が聞こえた女の子は──」
そう言い終わる前にトテトテと太一に近づいてくる少女。太一と年は変わらない。
「この子ガ新しい仲間?」
「そうだよ」
「私、姐姐になっタ?」
「ギリギリね」
「やッター!私、明霞って名前。アナタは?」
「…久山太一です」
「タイチ!すてき!」
怪訝そうな顔をする太一をシカトして明霞ははしゃいでいる。
「紅華姐姐!私、姐姐になっタ!」
「おー、よかったな」
目をキラキラさせて報告に来る明霞を、適当に見つけたハムを食べながら受け流した。
◇◆◇
事に流されている太一は内心気が気でなかった。
(…まあ、どう転んでも死ぬ選択肢は無くならないか)
思ったより現代建築のアジトに連れてこられて、家に入ったら年はあまり変わらなそうな少女に気圧されている。
ミンシャという名前、片言である喋り方、中国の人だろうか。殺し屋の家にいる中国人っぽい少女。チャイニーズマフィアの娘とかだったらどうしようか。馴れ合いたくはないかもしれない。
いろんな想像を巡らせていると美辰さんが説明を続けてくれる。
「この子は明霞ね。ここの大家…家主…地主…身元引受人?みたいな人の娘さん。明霞のこと傷つけたらその人が黙ってないと思うから気をつけてね」
(予想当たってそうだな)
太一は敏いのである。
「坊主、一人で寝れるよな?一室設けるけど」
「どこでも寝れるので、お任せします」
「おう、じゃ部屋こっち、着いてきて。その間に紅華さんはシャワー浴びてくださいよ!不衛生!」
「んー、寝てなかったらな」
「その返り血だらけでソファやら寝っ転がったら殺すからね?」
「ははっ、こえー」
乾いているけらけらとした笑い声の紅華と、ため息を着く美辰
(世話焼きなのかな、美辰さん。こき使われてそう)
口には出さないがちょっと面白い。
頭をかきながら階段を上る美辰に太一は着いていく
下の階から明霞が紅華を促す声が聞こえる
「紅華姐姐ー?お風呂私と一緒入ル?」
「おー、背中流し合いでもするか?」
「するゥー!」
(紅華さんは…いくつなんだろう)
自分よりは年上だろうが、大人には見えない。
女性に年齢を聞くほど身の程知らずではないので控えておく。
階段を上った先、二階の奥から二番目の部屋に案内される。
そこそこに広い。
ベッド、机、椅子、棚、クローゼット
生活するには十分だ
「ん、ここが坊主の部屋ね。最低限しかないから欲しいものあれば誰かに言ってくれたらいいかな。主に伝えてくれるからね。本人来たときに言うでもいいか。とりあえず家主に伝えればなんとかなる。」
「…はい、分かりました。随分と待遇がいいですね。家主さんも器が大きい」
「まあ、ね」
煮え切らない言い方をする美辰。
(殺し屋のシェアハウスの大家、何にもない訳がないか)
太一はそう思うことにした。
心配しなくても全貌はすぐ明らかになると直感が働いた。
「んで、食事は基本自分の分は自分で。まあ、結局俺が作ってるけど」
堕落な人と少女。今見る状況からは納得としか言えない。
「そこは大丈夫です。作れます」
「頼れるねえ。まあ、面倒だったら言って。作るよ」
「ありがとうございます。その時は手伝います」
「……染みるっ…!君は本当にいいやつだ!」
わざとらしく目頭を押さえて天を仰ぐ美辰
(相当こき使われてるな、この人)
少々同情してしまう。
「さて、分からないことがあったら都度聞いてよ。紅華さん…はあんまり頼りにはならないかもだから、明霞とか、他のやつにでも」
「ありがとうございます。そうします」
世話焼きの説明は端的で分かりやすい。
ところで、
「……他のやつ?」
「ああ、うん、今は皆仕事出ちゃってるけど、後二人いる。まあ、会ったときに紹介するよ」
「はい、助かります」
「じゃ、あとはご自由にどうぞ」
そう言って部屋を出ていく。ばたん、とドアが閉まる。
太一は改めて部屋を見る
(立派な部屋だ。贅沢だ)
四畳あったかなかったか、そんな部屋から、こんな広くて立派な部屋
(あー、なんか疲れた)
外はもう暗い。何時だろうか
(あ、明日の時間割り…でも、もう…)
ベッドにばたっと雪崩れ込んだ太一は
いつぶりかの熟睡を果たした。