誘いの返事
車に揺られて幾分か、景色は街に変わっていた。
家の辺りの景色とは一風違う。
(ここら辺は来たことないな)
ほとんど出掛けることのない太一にとって新鮮だった。
「もうすぐ着くよ」
運転している美辰が言う。
「…腹減った」
「もうちょっと待ってくださいな。連れてくって言ったの紅華さんでしょ?」
車に乗ってから初めて声を発した紅華
(人殺した後にごはん食べれるのか)
やはり狂人なんだろうな、と太一は思う。
「はい、着いたよー」
夜に溶け込むような色の車から降りて周りの景色を見る。
ごく普通の町街中の病院が目の前にある。
(…裏口、か?)
考えてみれば、人を殺すような人達がこんな公共の場にいて良いものなのか、と思う。裏口なのはそういうことだろう。
「はぐれないように着いてきなよ」
美辰が念を押すように言う。太一は、そこまでこどもではない、と言い返したくなるのを堪える。
裏口から入って、薄暗い廊下を進んでいくと、一室の診療室に着く。
扉を開けても中には誰もいない。
美辰と紅華は躊躇いなく入り、紅華に至ってはベッドに寝転がっている。
「そこ座っときな。先生呼ぶから」
促された椅子に座った太一は辺りを見渡す。一般的な診療室だ。
美辰は診療室にある受話器をとって先生とやらに連絡している。
「あ、もしもしー?俺ですけど。ちょっと診てもらえます?…ああ、俺らじゃなくて…いや、来たら分かりますから。いつものとこです、はい。よろしくです、はーい」
ガタッ、と雑に受話器を置いて、紅華が寝ているベッドに座る美辰
「…狭いわ」
「俺にも座らせろ」
小競り合いを太一は眺める。
(仲いいんだな、この二人)
そうこうしていると奥から一人女性が入ってきた
「ったく、事前に連絡しなさいよ」
「そう言わないでくださいよ。阿月さんなら良いかなって思ったんすよお。」
「血みどろで寝るな!落ちない!」
「今更だろ?知れてるだろーが」
「はぁ…。で、この子供は?」
「患者」
なるほど。阿月さんと先生はイコールだったのか。
ふーん、と言いながら太一の前に阿月が立つ。
まじまじと太一を見つめる阿月
それを見返す太一
上から下まで舐めるように見られるので気恥ずかしくなる。
「…んー、なるほどね。僕、名前は?」
「…久山太一」
「太一くんね。痛いとこない?特に痛い場所とか」
ベットにいる二人が
(名前聞くの忘れてたな)
という顔をしているが気にしない。
太一の身体は痛々しい見た目だが、見た目ほど痛くない。いや、痛かったが治っているし、慣れている。
「痛いとこ…特にないです」
「ん、分かった。ここの切り傷は?」
半パンから覗く脛辺りの比較的新しい切り傷を指す阿月。
「…転けた」
いつものように答えるがここにいる大人の目は節穴ではなかった。
「…っこいしょ。今更嘘ついても意味ないぞ、少年」
紅華が起き上がりながら気怠げそうに言う。
「そうだぞ、坊主。ここにいるのは怪我を治す医者と、怪我をさせる殺し屋だからね」
「怪我程度じゃないでしょうが」
美辰と阿月が言う。
それもそうか、と太一は一息吐いて話し出す。
足についている傷跡を指しながら説明する。
「この切り傷は母親が連れてきた知らない人に付けられた、こっちもそう。別の人だったけど。これは母親。これは転けた、これも。あとは、────」
つらつらと全身の傷の説明する太一
それをなんとも言えない顔で聞いている大人たち
一人を除いて。
「…そんな感じです」
「……子供っぽくないね、君」
「よく言われます」
「辛かったろ」
「…別に。言うほどでは」
「ま、殺しちゃったし。終わったことだろ」
慈悲の目を向けて話す二人に対して
けろっと言いきる紅華
「紅華ちゃん、あんまそう言う言い方しないの…」
「目の前で見てたし、今更だろ」
「これだから殺し屋は…」
「お前もだ」
「一緒にしないでくれます?」
やり取りが終わりそうにないので太一は気になっていた事を聞く
「あの」
「なあに?太一くん」
「阿月…先生もこの人達の仲間なんですか」
キョトンとする三人
次の瞬間には吹き出していた
「ぶはっ、仲間ねえ?殺し屋の仲間とかこっちからお断りだよ」
「ははっ、阿月さんが仲間かあ、だったら便利だけどなあ?」
「仲間と敵の間だな。どっちでもねーよ」
どっちでもない。
それって…
「危なくないですか」
「まあな」
「まあな、って…」
「阿月は裏切らないよ」
「…弱みでも握られてるんですか」
「んふっ、言うねぇ?」
踏み込みすぎたかと思ったが、三人にとっては面白い話だったらしい。
「弱み、といえばそうかもね。君、賢い頭持ってるから考えてごらんよ。殺し屋に診ろって言われるんだよ?断れる?」
「…確かに」
それでも警察に駆け込むことは出来るだろう。そうしないのは何かもっと深いものがあるのかもしれない。そして、それは太一の知ったことではない。
「このままアジトにご帰還ですか?」
「少年の意思によるな」
「え、率いれたんじゃないの?」
「少年からのイエスの返事をもらってないから」
「紅華って変に律儀だよね」
そういえば返事をしていなかったか、と思い返す。
「坊主、どうするよ」
「……」
どうせ、拒めば殺される
「……よろしくお願いします」
そう返事をした時、ニヤリと笑った紅華の顔を二度と忘れはしないだろうと太一は思った。
これが、殺し屋・早木紅華との最悪な出会いである。