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生き甲斐、殺し甲斐。  作者: 惛酩
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いつかの思い②


「ったくよぉ、あのオッサンも変わったこと言い出すから困るな〜」

「…」


僕は今、最悪の状況に置かれている。


茗泽(ミンゼァ)様から話は度々聞いていた。

十年前に彼女がうちに来てからずっと「すごい子供を拾ったんだ」と。


あんなにも目を輝かせて、希望に溢れた声色をした茗泽様は初めて見た。あの人が一目置くような人間が存在するなんて、と驚いたものだ。


だから、覚悟はしていたはずなのだ。とんでもない変わり者なのだと。ただ、目の前の状況に脳が追いついていない。


確かな年齢は分からないものの、(けい)と同い年ぐらいの少女が、大人を呻き声も聞かぬうちに倒してしまった。

倒れている死体の首には簪が刺さっている。頸動脈を一発。それ以外の外傷はない。


「で?」

「…は、?」

「お前は何しに来たの?私について来るならそれなりにできるやつかなーって思ったんだけど…ほんとにできないとはな」


ここに来る前の茗泽の説明を思い返すように顎に手を当て話す紅華(こうか)


できないなんて、当たり前だろう。今までずっとお屋敷の中で細々と茗泽様のサポートをしてきたんだ。人殺しなんてやる機会はなかった。いや、茗泽様がそうしてくれていた。


「…僕は、あなたとはちがうから」

「何を当たり前のこと言ってんの?」

「こ、殺しなんてしないし、茗泽様の隣に入れればそれで…」

「ふーん。…茗泽の親父はどう思ってんだろうね?」


含みを持たせた笑みで問いかけてくる。

その目に圧倒されている隙に紅華は次々と喋り出す。


「別に?殺しの仕事なら私がやればいいだけの話だけどさ?あえてお前をここに連れてきたってことは、それなりに()()仕事もやって欲しいんじゃねーかなーとは思ったけどなぁ」


そう言ってさっき倒した男の一人を足で蹴っている。本当に道徳がないと思ってしまう。


「…」


僕だって思った。いままで触れさせてこなかった仕事について行け、だなんて色々と考えるところがある。それに気づかないふりをしてついてきたのに、真正面から告げられてしまっては、言い返す言葉がない。


「…あ、いいこと思いついた」

「…なにを…」

「お前、護身術は?」

「できないよ」

「じゃあ、教えてやる」

「…なんで?」

「いつまでもあのオッサンに守ってもらうつもりかよ」


途端に間合いを詰められる。動く隙もなかった。


「やるだろ?」

「…お手柔らかに頼む」


そこから日が暮れるまで特訓を続けた。






日が暮れて、屋敷まで戻って茗泽に今日の報告をしに行く


「…なんだい、その有り様は…」

「特訓してただけ。な?」

「…はい」


傷ひとつない紅華に対して、顔も服もボロボロの景。

景の頬はまだ熱い感覚が残っていた。

茗泽はそれを見て呆れたような声色で問うた。


「まぁ、いい。紅華、景はどうだった?」

「どうったってねぇ」


顎に手を当て、考える仕草をする紅華。

きっと何も評価する点なんてないだろう。むしろ足手纏いだったのだ。


景はバツの悪そうな顔を悟られないように伏せていた。


「…こんなんを連れてくぐらいなら断ったな。何もできねぇじゃん」

「まぁ、そうだろうね。そう思ったからついて行かせたんだ。でも、特訓してくれたんだろ?」

「そりゃ、自分の身ぐらい自分で守れって話。なにも戦えって言ってんじゃないんだわ。てか無理っしょ」


紅華が話し終えた後、場の空気が重くなった。

その後、一連の報告を終えて茗泽の部屋を出る。


スタスタと先をゆく紅華について行こうと廊下に出た時、景は茗泽に呼び止められた。


「景、新しい服は部屋に置いてあるから、それは捨てるといい」

「…はい」

「なに、落ち込む必要は無い。発展しようとしなくてもいい。ただ、いつまでも籠の中の鳥はもどかしいだろう」


低く、それでいて柔らかい声で語りかけてくる茗泽に、景は顔を背けた。


自分はなぜ、こうも劣っているのか。

紅華のように単独じゃまともに仕事もできず、ただ茗泽様に甘えてお側に仕えている。


「お前の知る世界が、ほんの少しだけ広がれば、私の本望だよ」


その言葉を聞き終わると同時に茗泽の部屋の扉が閉じられた。茗泽の顔はほのかに笑っていた。






「紅華、!」

「あ?なんだよ」

「あの、すまなかった…足手纏いになってしまった」


頭を浅く下げて謝る。深々下げたくないのは景のプライドが邪魔した。

ちらっと紅華を見ると眉間に皺を寄せ如何にも困惑、と言った表情だった。


「…え、そんだけ?」

「え、っと」

「そりゃさ、素人だーって聞いてたやつを連れてってバンバン殺してたら感動モンだけど、そんなやつ私以外知らねぇし。足手纏いとか、当たり前だろ。それともあれか?自分はもっとできるって過大評価してたのか?」

「いや、違うけど…」

「じゃあまぁ、生きて帰れただけいいんじゃね?ほぼ私のおかげではあるわけだけど」


じゃなーと手をひらひらさせて自室に帰っていく紅華。


鼻につくやつだ。

心底、景は思った。自分が彼女より劣っていることは承知だが、何にせよ、態度が気に食わない。良心が感じられない。

景は靄が広がった感情を抑えるように自室へ足を進めた。

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