過去との繋がり
「……っしゃ、これで終わりか」
ごとっ、と生きている人間からはあまり聞かない音を立てて倒れるターゲット。
それを後目にケロッとしている紅華。
長閑に過ごした朝とは打って変わって、物騒な夜である。
依頼を受けて指定の人物を殺した。
「思ったより掛かりましたね」
「だな。まぁ楽しいからオールオッケーだろ」
「ははっ」
何年経ってもそれだけが理解できないと思っている太一は動かないターゲットの胸ポケットを漁っている。
「っと、どこにあるかな。あ、これか」
「ほんとにそれいるか?」
「知りませんよ。依頼者が言ってるんですからしょうがないすよ」
「変わったもん欲しがるよなー」
「…ですね」
太一が胸ポケットから見つけた簪のような金属。依頼者はこれを求めているらしい。
「これ手に入れんのに人殺せって中々だよな〜」
「そうですね」
「仕事出来たらなんでもいいけどねー」
しゃがみこんで死体の血を眺めている。笑顔だ。
「……終わったし、帰りますよ」
「ほいほい」
「これが依頼の品です」
「あぁ、これだよ。これだ。よくやってくれました」
簪を見つめながら瞳を揺らして感動している依頼者の男。
長い髭を蓄えて、モノクルを付けているような、いかにも怪しい男だ。
依頼者の家に依頼の品を渡しに来た。ちゃっかり家に上がってソファで寛いでいる紅華。
「そんなの、どこにでもありそうだけど」
「いいや、世界に一つだよ。なんて言ったってこれはね」
モノクルの奥から覗く眼がギョロリとこちらを向く。
あまりに不気味で太一は思わず身を硬くする。
「僕の妻を殺した簪さ」
あまりにも抑揚のない声で言う男に太一はさらに警戒する。
横にいる紅華の表情は変わらない。
「覚えてませんかね、15年前にあなたが殺したんですよ。この簪で首をひと刺し。他に傷はなく、とても綺麗な状態で発見されました」
(殺したのこの人かよ)
太一は思わずため息が漏れそうになるのを堪える。
紅華にそんな昔のことを聞いたって意味がない。なにせ殺した相手にこだわりなんかない。覚えてるはずがないのだ。
「覚えてないね」
「そうですか、そうでしょうね。僕だって食べた食パンの枚数なんて覚えてませんから」
けろっと言う紅華に対して、一言の澱みもなく冷えた声色で話す男。
「お前は?覚えてるか?」
「15年前って、僕ここにいないです」
「あ、そうか」
こんな時に呑気なことを言ってる場合ではないが。紅華のいつものテンポだ。太一は慣れている。
「でもなんで簪をターゲットが持ってたんだ?」
「盗まれたんですよ。妻の愛人に」
「おぉ、泥沼か?」
ほんの少し男の顔が悲しげになる。
「妻が亡くなる数年前から不倫関係にあったらしくてね。妻が殺されたあと分かったんだよ。今回君たちが殺したのはその不倫相手の男だよ」
「へぇー。興味ないな」
「だろうね。でも僕にとっては一大事だったんだ。妻が殺され、数多さえ不倫していたなんて。その後僕は生きる気力を失くしてね。そんな時に家に盗みが入ってこの簪を盗まれたんだ。その不倫男だった」
「なんで盗人がその男だって分かったんだ?」
「ある男に調べてもらったんだよ。船塚早春って男にね」
今まで表情を変えなかった紅華の顔が若干歪む。
「…なぁんでその名前が出てくるかねぇ?」
「後から知ったよ、マフィアの人間だったらしいじゃないか。心が弱っている時に声をかけられてね。相手のことも知らないのに話を受けてしまったよ。結果的には良かったわけだけどね」
太一は横で黙って聞いている。太一の分かる話ではなかった。ただ、なにかしらの因縁を感じていた。
「船塚は10年前に殺しちったからなー。話が聞けねぇな」
「…そうかい。礼をきちんとできなかったから改めてと思っていたが遅かったか」
「そうだな。で?ここまでそーんなに赤裸々に話してくれちゃって、いったい何の意図があんだ?」
男はじっと紅華を見つめている
「なにもないよ。ただ、僕の愛する妻のことを覚えているかと思っただけさ。話が逸れてしまうのが僕の悪いところでね」
「そ。じゃあいいや。依頼の物は渡した。帰っていいか?」
「あぁ、気をつけて。ありがとう」
殺し屋に感謝とは。何とも掴めない男だった。
玄関まで歩いて靴を履く。
「んじゃ、また人殺したくなったら依頼してくださいな」
「…その前にきっと僕も死んでいるよ」
「そうか。あと」
廊下にいる男の方を振り返る紅華。それに釣られて太一も振り返る。太一はあることに気づく。が、紅華が続け様に話を続ける
「思い出したよ。お前の嫁。随分と傲慢な女だったじゃないか。どこに愛があったんだか、いまいち分からなかったよ」
「…赤の他人に探られる筋合いはないよ」
「そうだな。ちなみに私達は依頼がないと人を殺さない。お前の妻は誰に依頼されたと思う?」
「…」
「女の不倫相手の男だったね、今回殺した奴さ。恨むならそっちにしてくれ。その包丁は片付けたほうが身のためだ」
男が片手に包丁を持っている。太一がさっき気づいた物だ。
「じゃあ、またのご利用をお待ちしております」
静かに笑って出ていく紅華。太一は男を警戒しながら玄関を出る。
「…最後になんで言うんですか」
「フェアじゃないだろ」
「だからってややこしい終わり方にしなくても。依頼者はそこまで知ろうとはしてなかったように見えましたよ」
「ははっ、どうだろうな。私には全部解ってたように見えたけどな」
伸びながら言う紅華の背中を見ている太一
(この人には一体なにがどう見えているんだろうか)
夜風に吹かれながら消えそうな背中を見つめながら、分かりもしないことを考えている。きっと一生分からないし、分かったところで何にもならない。
「お腹空きました」
「お、同感だ。何食わしてくれんの?」
「何食べたいですか?」
触れない、触れられない。そのぐらいを保つのがちょうどいいと太一は思う。
さっきの雰囲気とは変わって夕食の話をしながらアジトに帰っていく。




