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生き甲斐、殺し甲斐。  作者: 惛酩
18/24

早々の退院


美辰(みたつ)さんは帰らないんですか」

「いちゃ悪いか?」

「寝れなくないですか、お互いに」

太一(たいち)はさっきまで寝てただろ。俺は慣れてるよ。気にすんな」


病室のソファに背を預けている美辰。

太一が寝ていたのはそうだが、慣れてる、のか。


(ま、たしかに。ほっといたら逃げ出すかも、とか考えるか)


我ながら自分の思考力には自信がある。

大部屋ではないこの部屋から人目につかず逃げる算段は立てられる。


(個室…当たり前と言えばそうか)


子供でも殺し屋の仲間である太一を大部屋には置けないだろうな。


窓から差し込む月明かりがぼんやりと病室を照らす。


「ま、明日まで寝とけ。明日検査して何もなかったら帰れるってよ。俺は寝る、おやすみ」


ソファで腕を組んで眼を閉じた美辰にぺこ、と形だけの礼をして太一は天井に目を移した。


(まさか、思い出すなんて)


人の記憶とは不思議だ。

思い出そうとしても出てこないのに、あるきっかけで不意に情景が浮かんでくる。


母を殺された時のことなんて、さほど記憶に残っていない。紅華(こうか)が現れてそこに釘付けになった。その印象が大きい。

紅華が母を殺した瞬間こそ太一は見ていない。


「……不思議だな」


ボソッと呟いた太一の独り言は静まり返った病室に思いの外響いた。


美辰が薄目で見ていたことには気付かなかった。



◇◆◇


「あーくそ、寝れねぇ」


リビングのソファに寝転がって天井を見つめている紅華。


いつもなら気にしないことのはずなのだが、何故だか引っ掛かる。紅華らしくない。自分が一番思っている。


「…ちょっと出るか…」


寝転がったソファから身体を起こして机に書き置きを残す。


[余ってた仕事片付けてくる。 紅華]






「っぐぁっ…!」

「かはっ…!」


闇カジノが行われていた薄暗いハウス。

もともと依頼が来ていたがさほど面白くなさそうだったのでほったらかしだった。


雑念を払うように、ズッタズッタと殺していく。


「ぐっ、急に、お出ましかと思ったら、舐めてんのか、お前…」

「誰がお前らに本気になるんだ?」


案の定、面白くない。

薬のキマった馬鹿ばっかだ。


でも、今はそれでいい。

複数名の馬鹿が集うこの場所は、紅華が他のことを考えずに済むシチュエーションだ。


「じゃあ、何で来た…っぐぁっ!」


深掘りされるのは嫌いだ。それが赤の他人なら尚更。

要らないことをほざく前に喉をかっ切る。


(暇潰しでしかないんだな、これが)


思考を振り切るための一仕草に過ぎない。

深く考え事をしないように趣味に逃げるのと一緒だ。


「はぁ、次行くか」


ナイフについた血を振って、静まり返ったカジノハウスを後にする。






ドサッ。


最後の死体が床に崩れた。

もう既に朝日が昇りかけている。


「つっ…かれたぁ…」


もうとっくに邪念は消えた。

割とスッキリしている。


深紅に染まった服の袖で顔についた血を拭う。

余計に広がった気もするが、気にしない。


(今何時だ…)


太陽の方向を向く。

直射日光が眼球に刺さる。思わず目を細める。


「…帰るかあ」

「その格好で帰るんか?止めときぃ?捕まるで」


後ろから声が聞こえてバっ、と振り返ると音弥(おとや)がいる。


「あ、気付いてなかったんか。なーんや、黙ってたら良かったわあ」

「さすが、殺し屋。気配を消すのがうまいことで」

「あんたもや」


けらけらと笑いながら去っていこうとする音弥。それに紅華は着いていく。多分、車で来たんだろう。


「お前の運転は嫌なんだけどな」

「美辰くんと比べんなやぁ」


服についた自分の物ではない血を滴しながら音弥が乗ってきた車に向かう。


「置き手紙とか怖いことせんでよ?明霞(ミンシャ)ちゃんが見たらめんどくさいん俺やで?」

「その時は私も巻き込まれるだろ」

「それもそうか、ははっ」

「なあ、今何時?」

「六時前。寒いやろ?」

「…いや、そうでもねえよ」



◇◆◇



「うん、検査に異常無し。よかったよかった」


阿月(あつき)の安堵を漏らすような一言に胸を撫で下ろす美辰と太一。


「で?あのバカ紅華ちゃんは?」

「帰しました」


真顔で即答する美辰。その顔をみた阿月もまた真顔になる。

安堵した顔とは裏腹、死んだ顔をしている。


「ま、賢明かしらね」

「ええ、自負してます」


はっはっは、と乾いた笑いを漏らしている二人に太一は少し不思議に思う


(あの人ならこの程度のことはよくやりそうだけど)


初めてのことではないはずだが、周りの反応を見ていると違和感がある


「あの、こういうことは初めてじゃないんじゃないですか」

「…そうね。もう、何回目かしらね」


そういうことか。

よくやるから、困っているってわけか。


「太一みたいに、ぶっ倒れて失神したりして、この世界から逃げ出そうとして、お陀仏になったやつが、えっと?ひーふーみー…」


美辰が指折り数え出したので太一は目を逸らした。

お陀仏ときたか。


「そういうことでしたか」

「…お前は」

「多分、大丈夫ですよ。紅華さんの基準が分かりませんけど」


一瞬不安げに問いかけてくる美辰になんの抑揚もなく答える。


「もう帰れるんですか」

「そうね、太一くんが帰りたいなら帰っても大丈夫よ」

「じゃあ、帰ります」


正直、帰りたいと言うわけではないが、病室で籠るよりかはよほどマシである。


診察室を出て病室に戻り、荷物をまとめることにした。

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