表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生き甲斐、殺し甲斐。  作者: 惛酩
16/24

殺し屋からの教示



紅華(こうか)の仕事に付き添うこと決まってから一週間と少し。当日になった。


集合場所に指定された廃倉庫から少し離れたところに車を置き、歩いていくらしい。


「さぁて、行くか」


いつもと何ら変わらないスウェットを上下に纏っている紅華が太一(たいち)に向かって笑いかける。


前々から思ってはいたが、これから人を殺しに行くにしては軽装備過ぎないだろうか。

かくいう太一も普段と変わらない音弥(おとや)のお下がりのTシャツに短パンだ。


「あ、そうだ」


紅華が徐に太一にナイフを手渡す。


「それ、護身用に持っとけ。でも両刃のダガーだからホイホイ出すなよ。日本じゃ違法だから」

「…分かりました」


殺人自体、罰則対象だろうに、と太一は思うが殺し屋にそれを言っちゃ終わりだろう。

それはそれとして、違法になるような武器を子供に持たせないでほしいものだ。


「よく研いであるから、よく斬れるぜ」


太一の後ろにいた美辰(みたつ)に言われる。

皮のケースに入っているため見えないが、美辰が言うならと、太一は思う。




冷えるようになった秋の夜道を暫く歩いて廃倉庫に着いた。


「さてさて、どんな相手がお出ましかな」


目の前の扉を勢いよく開ける。

その途端、相手が向けた銃口から幾数もの弾が飛んでくる。


「うぉっ、まじかっ」

「太一!こっち!」


美辰に抱えられて太一達は廃材の裏に隠れる。紅華は反対側にいる。


「なんとも豪勢なお出迎えですねえ!」


紅華が相手に聞こえるように声を張って言う。

それとは逆に太一と美辰は息を潜める。

あくまで今日は見学だ。前線で戦うのは主に紅華だけ。美辰は太一の護衛である。


「よく見てろ。紅華さんの業はすげぇから」


美辰が紅華を見つめながら太一に聞こえるように言う。その目は羨望の眼差しに見える。


「ただのご挨拶で隠れないでくださいよ。今日は決着を着けるためにお呼びしたんですから」


相手のリーダー的な男が飄々と話している。


「それもそうなんだけどねえ、今日は私一人じゃないもんでね」

「ええ、小さい影が見えましたよ」


視線がこちらに向くのが分かる。

その視線は冷ややかな熱を持った、所謂、殺気に満ちた視線なのが太一でも分かる。美辰は冷や汗を流している。


「そいつらは見学だ。手は出さない方が身のためだと思うぞ」

「ほう?もう一人の方も見学ですか。以前見かけた気がしたのですが…確か…滅多打ちにしたような…」


煽り口調でわざとらしく顎に手を当てている。

その様子を見た美辰は歯をギリギリと音を立てかけている。


(あんまり詮索しない方が良さそうだな)


相手の男が言っていることは強ち間違っていないのだろう。察しの良さと空気を読む力は太一の取り柄だ。


「…お喋りはもういいよな」


その場に溶け込んでしまいそうなほど繊細で、尚且つ芯のある紅華の声が太一の耳に入る。

その瞬間、廃材の陰から飛び出して数発弾を放つ。

その弾に当たったリーダーらしき男と後ろにいた仲間達が倒れる。


「美辰、縛れ」

「あぁ、そういうね…了解」


太一には致命傷に見えたが、どうやら違うらしい。

紅華に指示を受けた美辰が廃倉庫の隅にあったロープで縛り上げる。

その間にも紅華は次々銃を放っている。


「…く…そ餓鬼が…」

「はいはい、そのくそ餓鬼に縛られてくださーい」

「まだ死ぬなよ。最後の仕事をさせてやんだから。やっさしーね私は」


慣れた手付きで縛っている美辰と、銃を操る紅華。その光景を見ながら太一は脳内を整理する。


(殺し屋なのは、知ってるけど)


止めどなく流れている赤黒い液体と、鼻を突く鉄の匂い。弾が肉を貫く鈍い音、火薬の匂い。それを平然と、恰も普通かのようにノーリアクションでいる男女二人。


普通なら、逃げ出すだろう。


今なら美辰も太一に付いていない。逃げ出すには絶好のチャンスなのに。太一の足は動かない。これは恐怖か、冷静さの現れか。


太一は頭で分かっている。逃げ出せば間違いなく殺される。それこそ一発の致命傷で死ぬだろう。

それは目の前の惨劇を見ていれば分かる。ただ、それとは別に、怖い。今、自分が立たされている状況が。見ている光景が。これから起こるであろうことが。





ただ、じっと眺めることしか出来ずにいた。一瞬だったような、長かったような。気づいたときにはその場にいた相手全員が足首と後ろ手に縛られ、壁に立てかけられている。

全員、脂汗を滲ませ、瀬戸際なのが分かる。


「はい、出来たっすよ」

「ありがと。太一、ちょい来い」


くいくいっ、と指で呼ばれて、座り込んでいた足をなんとか立たせる。

正直、足の震えを抑えるのに必死だ。


「なんだ?ビビったか?」

「…この状況でビビらない子供の方が珍しいと思いますよ」


太一の言った言葉に美辰が後ろで大きく首を縦に振っている。同じような経験でもしているのだろうか。


「それもそうか。んじゃまぁ、慣れろ。お前、渡したナイフ出せ」


随分と偉そうな口振りだが、素直に言うことを聞いておくこととする。一歩違えば自分も命の危機に晒される。


「はい」

「んじゃあ…こいつでいっか」


ひいっ、と情けない声を漏らした男の首根っこを掴む。太一にはこの後言われることがなんとなく予想できた。


「刺してみ?」


ニコニコ。

如何にも愉快と言った様子で指を指している。

つくづく、イカれている。


「刺す…」

「どこでも良い。腹でも首でも頭ぶち抜いてみても良い。安心しな、他に代わりはいっぱいいるから」

「……」


どこの何が安心なのか。常人とはかけ離れた行為だ。普通やらないし、できないことだ。それを、自分に。


でも、躊躇っていては生きれないのだろうな。

これを承知で、自分なりに覚悟を決めて来たのだ。


一歩一歩、紅華に首根っこを掴まれたままの男のもとへ近付いていく。


「…」

「お、おい、坊や。良くないことだって、分かるだろう?やめておきなよ…ね?ほら、この人たちすごく悪い人たちなんだ、だから───」

「知ってます。全部わかってます。その上で、僕はあなたを殺さないといけないみたいなので」


そう言って皮のケースからナイフを取り出す。

研がれて磨かれた両刃のナイフは黒く輝やいている。


「多分お前よりも頭いいぞ、この少年。黙って練習台になってやってよ」

「やめろ、やめてくれぇっ!やめるんだ!!」

「僕は殺しに関して初心者なので。死ねなかったらすみません」

「うああああああああああああっっ!!!」


腕を上げ、大きく振りかぶって男の腹に刺す。

返り血が太一の顔にかかる。肉を引き裂き、血管を引きちぎる、言い表しがたい音が太一に伝わる。

次第に太一の足元に血溜まりができる。


男はヒューヒューと浅い息をしている。どうやら太一のやり方では死にきれなかったらしい。


「おお、いい線いってんじゃん?最後、それ抜いてやれ」

「うわぁ…」


紅華の後ろにいた美辰が声を漏らす。

太一は無表情で刺さったままのナイフを抜く。

血がベットリとついているかと思えば、案外血を弾いていて綺麗なままだった。太一はそのナイフを見つめる。


男は動かなくなった。


「……」

「ナイフ使って殺すときは腹はおすすめしないけど、当たりどころが良きゃ死ぬからね。苦しめたいときにゃあ抜群よ。でもまぁいいとこ刺したんじゃん?センスあるねえ~」


紅華は実に楽しそうに話す紅華とは違い、既に絶命した男の前で太一は立ち尽くしている。


(人を殺してしまった)


もう二度と後戻りができなくなった。自分がこれから生きていく中で少なくとも頭のどこかで殺すという選択肢が混じる。これから平然を装って生きていけるだろうか。


顔についた生温くドロッとした液体を拭う。


「…太一、大丈夫か?」


美辰が心配そうな声をかける。自分の足元の血溜まりを見つめていた太一は顔を上げる。


「大丈夫です」


美辰はその一言に酷く悲しそうな顔をした。それとは反対に紅華は満面の笑みを浮かべている。


「そんじゃ次だな。次は───」

「紅華さん…」

「なに?心が痛むってか?残念。この世界じゃそれは邪魔だ。ていうか、お前まだそんなもん持ってたのか。さっさと棄てとけよー?」


呼び止めた美辰に向かって紅華は捲し立てるように言い放つ。


「美辰さん、僕は大丈夫ですので。ご心配なく」

「いや、お前…」


言い淀んだ美辰に、太一は申し訳なくなる。


多分この場で唯一、太一を【小学一年生の一般人】として見てくれている。それを太一は自ら突き放した。自分で地獄に向かって歩いている。

でも、そうでもしないと、やっていけない。

この殺しという行為が普通の世界に自分で転がってしまったのだ。


全部、自分が招いたのだ。選ぶ権利は与えられていたのだから。


「いい覚悟だ」

「不完全です」

「そうか。それでいい」


紅華が短く笑って縄で縛られた男を引っ張ってくる。


「手本見せてやる。よく見てろ」

「はい」


もう決まっている。自分はここで生きるしかないのだ。別に殺されたって今生に未練はないが、何故だろうか、人が目の前で死んでいるのを見ると、生きなければならないと思わせられる。


ナイフを持った紅華が喚く男の頭を鷲掴みにして首にナイフの切っ先を突き付けた。


「ナイフは失血させてなんぼ。即死させるなら狙うのは動脈ね」

「……」


饒舌になり始める紅華の話をじっと聞く。

捕まえられている男は恐怖で声も出ないらしい。


「動脈は上腕動脈、尺骨動脈、大腿動脈、ついでに心臓、色々あるけど、今みたいながっちり狙えるときは間違いなく───」


突き立てたナイフを首に沈める。

それと同時に吹き出した血液が紅華の顔にかかる。


「頸動脈だ」

「…」


太一には見覚えがある。ごく最近、目の前で見た。

紅華が返り血を浴びて、深紅で染まった床に立っている。止めどなく吹き出す血とは裏腹、動かなくなった人。


「……お母さん…」


太一は口に出ていた。言い終わってからハッとする。無表情の紅華が太一の方を向く。

冷たく、光のない眼が太一を突き刺す。


「…すみません、なんでもないです」

「そ。じゃあ続ける」


思い出してはいけない。あの光景は、あの時のものなのだ。今とは違う。


考えるな。

思い出すな。

心を持つな。


ドサッ


太一の足の力が抜け、倒れた。


「っおい?!太一!?」


美辰が駆け寄ってくる姿がぼやけて見える。

次第に全身の力が抜けていく。


「おい!大丈夫か!?」


美辰が焦ったようにかけたその言葉を皮切りに太一は意識を手放した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ