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生き甲斐、殺し甲斐。  作者: 惛酩
14/23

少女の英雄

ちょっと番外編


少し前。


太一(たいち)明霞(ミンシャ)と共に学校に通うことになった。


「ランドセル、とってあったんや」


音弥(おとや)が案外そうに言う。


「捨てたと思ってたノ?」

「うん。行けへんから」

「物は大事にしなきゃ行けないんだヨ」

「どっちが大人だろうな」


明霞と音弥のやり取りを呆れたように聞いている美辰(みたつ)。それを横目にランドセルを背負う太一。


「明霞、行こう?美辰さん、運転お願いします」

「お前はほんとに冷静だな」

「褒めてるんですか」

「さあな」


紅華(こうか)もまた、呆れたように太一と話している。


「紅華さんも大学行けばいいのに。ペンは剣よりも強し、ですよ」

「殺し屋にそれ言うか?人によりけりだわ」

「そうでしょうか」

「そうだよ」


太一はあまり府に落ちてなさそうな顔をする。


「ペンで人が殺せるかっての」

「殺せるかもしれませんよ」

「どうやって?刺すのか?」

「さあ?やってみなきゃ分かりませんよ」


まともな思考なのかそうでないのか分からない返答をしてくるのがこの少年である。


紅華はますます面白くなる。


「じゃあ、お前がやってみろ。ペンで人を殺してみ」

「紅華さんがやればいいのでは、という話だったはずですけど」

「この脳みそにゃあ、もう入らんわ」


蟀谷辺りを人差し指でくるくるしている紅華を同情に似た目で見る太一。


「んだその目はあ?」

「いえ別に。行ってきます」

「こんにゃろ…」


食えない餓鬼だな、と紅華は改めて思う。

ふと明霞の方に目をやればランドセルを背負って音弥と美辰の前でくるくると舞っている。まるで、入学前からはしゃいでいる新一年生のよう。


「よし!行くか!」

「行ク~!」


美辰の一声でぞろぞろと動き出す学生組を紅華は見送っている。


「行ってくるネ!紅華(ホンファ)姐姐(お姉ちゃん)!」

「おう。行ってら。太一もな」

「行ってきます」

「俺にも言うてぇな」

「はいはい行ってら行ってら」

「てきとーかいな。まぁええわ」


手をひらひらとさせながら去っていく音弥。


(ペンは剣よりも強し、ね)


日本語とは面白いな、と紅華はソファに沈み、天井を見上げた。



◇◆◇



「~っ!」


車窓からの景色を目を輝かせながら眺めている明霞。


(本当に外に出てないんだな)


その様子を太一は横目に見ている。

周りの人が引きこもりだなんだ言う割にはアクティブな女の子だとは思っていたのだが、やはり外には出ていないらしい。


「明霞ちゃーん?座ってな危ないでぇ~」

「タイチは毎日これ見てるノ?!」

「そうだよ。でも座ってなきゃ美辰さんが捕まっちゃうから座ろう」

「ハーイ」

「太一君の言うことは聞くねんな…悄気るわぁ」


太一の前の助手席から見えていた頭がずるずると下がっていく。

信憑性がない、というか胡散臭いんだと思う。声には出さないが内心太一は思う。


「なぁ、どうやったら人に言うこと聞いてもらえるん?」

「それ、小学生に聞きますか」


太一の方を振り返って音弥が聞く。

まるで大学生が小学生に聞くことでは無いことぐらい分かるだろうに。


「だってぇ、大人びとるやん」

「大学生に言われても」

「なぁなんでぇなん?」

「……意識して喋っているわけではないので分かりません」

「おー、ムカつくなあ」

「もう少し、具体的に話したらいいじゃないですか。こう、ではなく、こうだからこうって。それだけで人は理解できます」

「…美辰、こいつほんまに餓鬼か?俺らより年上ちゃうん?」


わざとらしく怯えた様子みせる音弥を湿気た目で見る太一。


太一にも自覚はある。自分が少し達観していることは。周りから散々言われ続けた結果でもある。

ただ、自己判断するしかない状況で育ったなら太一はすごく真っ直ぐそのまま育ったと言っていいだろう。

特に大人びていたいわけではない。なんならもう少し子供染みていたいと思うほどだ。ただ、思考回路の癖というのは中々抜けないものであったりする。


そうこうしている内に学校付近に着いた。


「よし、行ってこーい」

「ありがとうございました。行ってきます」

「行ってきマース!」


歩いていこうとすると太一が美辰に呼び止められる。


「なあ、太一」

「はい」

「明霞のこと、頼むな」

「…はい」


うちのクラスはそこまで意地の悪いやつはいないと思うが、明霞の過去がある以上、一応心配なんだろう。その過去は太一ははっきりと知らないが。


「多分、大丈夫です」

「頼もしいな。任せた」


親指を立てて窓を閉める美辰。走り出していく車を見送る。


「タイチ?行かないノ?」

「ううん、行くよ。元気に遊んでこいってさ」

「…うん」


急に尻すぼみな声になる明霞にタイチは首をかしげる


「私、ダイジョブかな…」

「…僕もいるし、大丈夫だと思うよ。困ったら言って。適当にごまかすから」

「うん…」


二人で通学路を歩いていく。


学校に近づくほどランドセルの少年少女が増えてきて、その度明霞は怯えて腕に巻き付いてくる。


(そんなに、か)


いったい何があったのか、知ったこっちゃないがここまで縮こまるとは相当らしい。


いや、違うか。

明霞が怯えてる原因の一つには多分


「目がいっぱいダヨ…」


好奇の視線。

表向きには明霞は転校生だ。誰なのか、という疑問となぜ太一と一緒にいるのか、という疑問は登校中の生徒の目を引くには十二分だ。


「職員室行こうか」

「うん…」


職員室に近い来客用出入り口から入る。

太一には靴箱があるが、明霞にはまだない。明霞を置いて履き替えるわけにもいかないので太一もそこから入る。


「失礼します、新井(あらい)先生いらっしゃいますか」

「はいはい、あ、久山(くやま)くん。どうしたの?」

「転校生、連れてきました」

「あー!(チョン)明霞さんだよね!あ、日本語は…」

「デ、出来ル」

「そう……ん?なんで久山くんが連れてきてくれたの?」

「僕の親戚です、遠縁の。」


よくある言い訳を飄々と言ってみせる太一。

明霞は相変わらず怯えている。


「…僕も一緒にいた方がいいかな、明霞」

「…っうん」

「だそうなので、僕もいます」

「あ、うん、じゃあ久山くん一緒にいてあげて」


事が滑らかに進みすぎて明らかに動揺している先生を余所目に太一は靴を履き替えにいこうとする。


「靴履き替えに行ってくる。すぐ戻るから少しだけ先生といて」

「着いていっちゃダメ…?」

「転校生は特別感を演出するために秘密にしとかなきゃ。大丈夫、先生優しいから」


人差し指を口元に立てて靴箱に向かう。

後ろから不安のオーラが漂っているが、太一はさっきから靴下一枚の足が冷たい。

いつもより早足で靴箱に向かって上履きに履き替える。


時折クラスメイトとすれ違う。


「あれ、太一なんでそっちからきてんの?」

「先生に提出しときたいプリントあったから渡してきたんだよ」

「ふーん」


小学一年生、適当に言っとけば深くは考えない。流れるように嘘を吐くのは慣れている。


◇◆◇


「はーい、みんな聞いてー。今日は転校生が来ています」


教室内の生徒がざわめく。

それと同時に教室の前側の扉が開く。

視線が集まる。


「はい、自己紹介できるかな」

「…鄭明霞、でス。よろしく、お願いしマス」


しんっ、とする教室の空気に明霞はガチガチになる。


「ちょん?へんなみょうじだねー」

「みんしゃもへんだよー」

「しゃべり方もへん!」


こそこそと聞こえる声に、明霞の目には涙が溜まりそうになる。明霞はなんとかこらえている。


ガラララッ


後ろの扉が開く音がする。明霞に集まっていた視線は一瞬で後ろに向く。明霞はそれに少しホッとする。


「あー太一!遅いぞ!朝の会始まってんぞー」

「転校生だってよ!変な名前なんだぜ!」

「……ふーん。だから、なに」


その言葉に教室は静まる


「だって、ちょん、だぜ?変だろ」


くすくすと笑い出す教室内。

明霞は泣きそうになるのを必死に堪える。


「どこが変なのか、僕には分からないよ」

「はあ?お前バカなのか?」


一人の男子が言ったその言葉に教室の笑い声は大きくなる。


「はぁ…どっちがだろうね」

「はあ?」

「どう考えたって中国名でしょ。少し考えたら分からないのかな。あ、バカだから分からないのか」


教室の空気が変わる。

言い出した男子は顔を赤くしている。

そしてまた明霞に視線が集まる。途端、小学一年生の好奇心が爆発する。


「中国!?中国人なの!?」

「凄ーい!?ねえ!なんか中国語喋ってよ!」


ざわざわとまた騒ぎ出す教室に明霞は戸惑う。

明霞が太一に視線をやると太一は蟀谷をポリポリと掻いていた。

その視線に気づいた太一が口を動かす。


()()()()()()()()


明霞にはそういっているように見えた。


「我叫郑明霞…」

「すっげー!!何て言ったの!?」

「ほんとに喋れるんだ!!」


明霞は瞬く間に人気者になった。


あの瞬間明霞には、太一がこう見えた。


(…他是一个英雄(ヒーローだ))



◇◆◇



あの時を今もたまに思い出す。

本当に正しい選択だっただろうか、と。


「明霞ちゃん外行こー!」

「明霞ちゃん、こっちで遊ぼー!」


休憩時間、あっちへこっちへと誘われている明霞を見る。


「…間違ってなかったって、思っていいかな」


誰にも聞こえないごく小さな声で呟く。その瞬間明霞と目が合う。

そして、笑った。それはもう明るく輝いている。


「うん!太一も遊ぼうヨ!」


腕を牽かれてグラウンドに連れ出される。

明るく煌々とした日の下へ。






「なんだその話、漫画かよ」

「違いますよ」


紅華に暇だからなんか話せ、と言われたので喋ったらこれだ。


「キラキラしてんねえ。羨ましいねえ」

「そうでしょうか」

「まあでも、明霞を変えたのはお前だしな。ありがとな」


素直な感謝を向けられて太一は少し動揺する


「いえ、僕は特になにも」

「いいや、お前はヒーローなんじゃないか?」


ふっ、と参照か小馬鹿にしているのか分からない顔を向けられる。


「にしてもあれだな?煽り方が私そっくりだな?」

「…やめてください。自分でも思ってますから」


とある日の午後の一時(いっとき)の話。

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