いつもの仕事
血みどろです。苦手な方はご注意ください
あれから数ヶ月。
暑苦しい季節は過ぎ去り、随分涼しくなって、太一の親が殺された事件は世間的には過去の事件になっていた。
いくら人が死んだところで、所詮他人からしたら他人の死である。風化されていくのは常なのだろう。
ただ【殺人】という付加価値が人の記憶に少しずつ刻まれていくのである。
「明霞、行くよ」
「ウン!」
明霞は学校に行くようになった。太一に影響されやっと一歩を踏み出し始めた。
「お前ら早く乗れ~。紅華さんは?」
「いるよ。銃の調子が悪いんだよ。この間ぶつけたからか?」
紅華が拳銃を片手に階段を降りてくる。
これから仕事に行くための準備をしていた。
「知りませんよ。俺はナイフしか手入れできませんからね」
「知ってるよ。まぁなんとかなるか」
美辰の呆れた諭しにあっけらかんと言う紅華
「今日はお昼から仕事ですか」
「おう。来るか?」
「いや、学校なので」
「生真面目だなぁ」
こうなってくると、太一と紅華のどちらが異常なのか分からなくなってくる。いや、どちらも異常なのかもしれない。
各々、向かうべき場所に向かっていく。
廃工場の一角、紅華は一人廃材の積み上がった所に座っている
「待ち合わせここら辺だよな」
呼び出しておいて先に着いていないとはなんと無礼な。と溢しそうになるのを堪える。
今回の仕事相手は余程、身の程知らずな奴らのようだ。
五分ほど待った。集合時刻から二分が経っている。
(……来たか)
自分から約20メートル後ろ、身長170センチメートル前後の男二人の気配がする。
もう少しうまく隠れられないものか?と紅華は早々に飽々してくる。
(いや、隠れられないから真っ昼間を選んだのか)
周りの喧騒が夜より明確だ。少なからず音は聞こえづらくなるだろう。そこを考えたのはまだ賢い方かもしれない。
(私も嘗められたもんだな)
こちとら遊びで殺ってない。ただ、向こうがその気ならこちらも乗ってやるだけだ
仕事は楽しく殺るに越したことはない。
紅華はニヤリと笑って後ろを向く。
相手が身を隠すために動いたせいで気配が増す。
「隠れるってことは正面向かって戦う気はないってことかあ?面白くねぇなあ!?」
声が届くように音量を上げて言う。相手は出てこない。
(この銃だと撃ち抜けねぇんだよなぁ)
胸のホルダーに入った拳銃に目を向ける。今日に限って調子が悪い。
(ちゃっと終わらせたいんだけど……そうもいかないみたいだな)
さっきより人の気配が増えた。身を隠すのが巧い奴か、後から来た奴が居たらしい。
前線二人は囮といったところだろう。
(可哀想だな、あの二人)
紅華の前方に二人、左右に三人ずつ、囮二人も含めて総数十人。
(狡いな。こっちは一人で来てやってるのに)
多分向こうも警戒している。紅華の仲間が隠れているのではないかと。
だったら。
(殺るか)
スッと座っていた廃材から立ち上がり、全員の位置を把握する。
幸い、包囲されているわけではないのでその分楽である。
警戒が強まった気配を感じて、囮の内の一人を狙う。
パンッ
敢えてサイレンサーは付けていない。音で周りにバレてもどうせ紅華は捕まらない。
囮の内の一人が深紅の液を垂らして倒れる。
もう一人の囮が焦燥面で物陰から出てきて紅華に向かって銃を構えてくるのでそのまま撃つ
(出てきちゃダメでしょ。それだから囮だったんだな)
二人仕留めたところで、周りの気配が消える。
慣れてるな。と紅華は思う
(ただのチンピラじゃあねえってアピールか?)
隠れていても所詮殺し合いだ。殺気立っているオーラが嫌でも分かる。
「こういうの、あんまり好みじゃないな」
紅華は分かりやすく派手に戦うのが好きだ。これはちょっと性に合わない。
「ビビってんかい?さっさと殺ろうやあ!!」
紅華の荒げたその言葉を皮切りに、一斉に紅華に向けて銃が放たれる。
(そう来るかよ!?)
紅華は面と向かって殺るつもりだったが、相手は相当自分達を見られたくないらしい。
紅華は素早く弾から逃げるように物陰に隠れて、ガチャっと弾を装填して構える。
(さて、と)
一斉に撃たれたときに確認した弾の命中率、精密度を見分ける。
見たところ全員中の下程度。一人だけ銃を構えていなかったが。
(つまんなそーだなぁ)
ため息を吐きそうになるのを堪える。相手は紅華と戦いたくて来たのだ。その勇気と似た愚かさを軽蔑するのは後にしよう。
紅華は物陰から身を出すと同時に弾を放つ。
敵に隙などない。ならば作るのみ。
紅華が放った弾は前方二人の内の一人に当たり、後ろに倒れる。もう一人が倒れてきた仲間を抱える形になる。その瞬間に紅華は銃を放ち、また身を隠す。
鈍い音が廃工場に木霊している。
(あと六人。左右か)
気配は薄まったまま、身を潜めているようだ。
相変わらず慣れているが、紅華にとってそれは問題ではない。唯一の問題とするならば
(この銃、まじでへっぽこだな?)
銃が悪いのではなく、手入れをサボったツケだ。さっきから撃つときにブレて仕方がない。
(帰り際、景に見てもらうか)
撃てないわけではないが、確実に急所に入れ込めない可能性があるのは紅華としては気色が悪い。
そんなことを殺し合いの最中に考えている呑気な紅華の耳に声が聞こえてくる
「貴女が早木紅華さんですね。さすが、お聞きしていただけの実力ですね」
胡散臭い話し方をする男が物陰から出てきた。紅華から向かって右に居た三人のうちの一人だったようだ。
紅華のフルネームを知っているとは中々に食えないやつだな、と紅華は少々いらっとする。
「おっと、自己紹介が遅れましたね。私は───」
「あー要らねえよ。どうせ覚えてらんねえから」
遮るように言う紅華。
どうせ殺してしまう相手の名前を聞く必要はない。
向こうが出てきたなら、と紅華も面と向かって立とうとする。
「……そうですか。分かりました。では、」
そう言ってジャケットの中に手を入れる胡散臭い男。
(………ナイフか!)
手を入れたときの角度、持ち方、浮き出た影。見えた情報全てから瞬時に判断する。そして飛びかかろうと体勢を整えようとした。
「……っ!?」
紅華が飛び込む前にナイフが飛んできた。
紅華の真横に刺さる。
命中率が侮れない。
「あっ…ぶな。くははっ、やるねえ?あんた」
ニヒルに笑う紅華を見て胡散臭い男は胡散臭い笑顔を見せる
「名前、聞きたくなりました?」
「いいや…」
思い切り床を蹴って飛び出す紅華。
それを避けるように後ろ飛びする胡散臭い男。
「殺したくなったね」
一応持ってきていたナイフをホルダーから取り出して、切りつける。
心から笑った紅華の顔はこれ以上ない悦びと狂気を感じた。
それを察した胡散臭い男は目を見開く。
速い。
胡散臭い男が避けきる前に男の顔面に薄く赤い筋が入る。
着地した胡散臭い男は、ずずっと後ろに滑っていき、それを堪えるように力を入れている。
(まずい、殺されるっ…!)
男はとっさに命の危機を感じた。
はっと顔を上げた先には紅華が詰めている。
「隙作るなよ。面白くなくなるから」
冷たく、地を這うような低い声で言い放った紅華の目はさっきとは打って変わって、嫌悪に満ちていた。
この目を見たが運の尽き。
見た者にとって、最期の景色となる。
「……大したことなかったか」
目の前には胡散臭い男が座っている。もう既にこの世の者ではなくなった。
「さて……そちらさん達はー?逃げるー?てか、こいつどーするー?一応仲間でしょー?」
残りの七人に問うように大きめに声を出す。
返事がない。
「お返事出来ないのかなー?じゃあ…」
拳銃構えて迷いなく放つ。壁はあるものの、撃ち抜いてしまえば問題ない。
鈍い音が七発連続で響く。それに合わせて赤く染まっていくコンクリートの床。
「ふぅ…。やっぱりブレブレだな」
拳銃をくるくる回しながら、転がっている死体達を眺める。その中の胡散臭い男を漁る。
胸ポケットに名刺ケースが入っていた。
「船塚早春……あ。こいつ…」
聞き覚えがあった名前だった。聞かなくてよかったかもしれない
「はぁ…報告すんのやだなぁ…」
渋々と携帯を取り出して、電話をかける。
数回のコールの後、繋がる。
「……もしもし?私だけど。終わった」
電話しながら歩いていく。
途中にある血溜まりも気にせず踏みつけていく。
〈お疲れ様です。どうでしたか?〉
「どうもこうも。期待していいって言ったじゃねえかよ」
〈ダメでした?〉
「ダメってか、気持ち悪い。お前んとこの部下じゃねぇかよ」
〈おや、名乗りましたか〉
「いや、名刺見た」
〈ほう、覚えてたんですね、早春さんのこと〉
「…まあな。忘れかけてたのにさ」
〈珍しいこともあるものですね。さて、既にそちらに迎えがいます。こちらまで来てください〉
「はいはい。あ、銃直してくんね?」
〈承知しました。では〉
ブツ、と切られる。
それと同時に迎えの車の前に着いた。
外にいた付き添いの男がドアを開けてエスコートする。
『お迎えどうも』
『茗泽様のご命令です。そちらの服に着替えてくださいとのことです』
『仮にも女が、男だらけのここでかよ。気にしないけど』
『不適正であれば、私たちの目でも心臓でも潰してください』
『そうするわ』
一昔前までは普通に喋っていた中国語もすっかり抜けてしまった。
車が走り出すとほぼ同時に躊躇いなく血塗れの上着を脱いで着替える。
羽衣じゃないんだ。興奮させるブツは残念ながらついていない。
漂う血の匂いと新車の匂いの混じった車内
(…腹減ったけど、酔いそう)
紅華は窓の外をじっと見つめて、車に揺られていた。




