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生き甲斐、殺し甲斐。  作者: 惛酩
10/24

二人の来客


太一(たいち)らが学校に行くのと同時に、紅華(こうか)は二階の部屋に上がった。


二階の一本の廊下の両脇に向かい合うように六つの部屋

その一番手前の部屋に紅華は用がある。


「とんとんとーん、がちゃ」


ノックしながら軽快に言い、返事を待たずドアを開ける


「マダ返事してなイ」

「返事してくれねぇじゃん」

「返事する時間くれないジャン」


廊下と比べて随分冷たく、薄暗い部屋に、幾つもの大きなサーバーがチカチカ光っている。その真ん中のデスクに明霞(ミンシャ)は座ってキーボードを打っている。

ドアに背を向けているので紅華から顔は窺えない


「相変わらず寒いねーこの部屋。風邪引くぞ?」

「引かなイ」

「そーかよ」


ドアを閉めてドアに背中を預けて立つ紅華


「太一クンは学校行っちゃったよ」

「…ソウ」

「明霞チャンは行かなくてよかったのカナ?」

「……」


誇張した片言でウザったくいう紅華

明霞は黙りこむ


「せっかくお前が部屋から出てきたのにさー。爸爸(パパ)に良い報告できると思ったのにぃ」


むぅー、と口を尖らせる紅華。


「……じゃア、今日は何て伝えるノ」

「そーだなー……」


わざとらしく頭を抱える紅華。明霞は変わらずキーボードを打っている


「変わらず、かな」

「……それでいいじゃナイ」

「ほんとにぃ?」


いつの間にか明霞の横に立って顔を覗き込む紅華


「ほんとに、変わらずでいいのぉ?」

「他に、何て言うノ?」

「さぁね?私の主観で答えるよ」


ギロ、と紅華を睨む明霞


「なぁに、怖い顔だね~。適当なこと言われたくなかったら自分で言いなさいね~」


そう言って手をヒラヒラとさせながらドアから出ていく紅華。それを目で追う明霞


『紅華お姉ちゃんの意地悪』


紅華がドアを出る寸前、ごく小さな声が聞こえた。

部屋から出て、ドアを閉めてから見つめる紅華


「意地悪、ねぇ…くくくくっ…くははっ!今さらなにを、ふふっ、ふはっははははっ!」


紅華は思わず声に出して笑った。

紅華の目の前で悪態つくようになった明霞の変わり様に。




「紅華ちゃんが大声で笑うと、不気味ねぇ」


ダイニングで紅茶を啜っている羽衣(うい)は他人事の様子でティーバッグを上下させていた。



◇◆◇



「たーだいまー」

「おかえりぃ~」


車に揺られて数十分、美辰(みたつ)と太一が住み処という名のアジトに帰った


「…」

「ほれ、太一も?」

「…た、ただいま、帰りました…」

「ふふっ、おかえりなさぁい、太一ちゃん」


美辰に促されて、慣れない挨拶を言う太一

正確には、前の家でも言っていたが対象が居る居ないの差は大きいものである。


廊下にいた羽衣が伸びやかな返事をする。


リビングに入れば紅華がソファに寝転がっている


「おー、おかえりー」

「ただいまっすー」

「太一もおかえりー」

「ただいまです…」

「くはっ!慣れねぇ~って顔してら」


愉快そうに笑う紅華

その顔をみた美辰と羽衣が顔を見合わせる


「…紅華さんのその顔のほうが慣れないっすよね」

「ほんと、余程お気に入りなのねぇ、太一ちゃんのこと」


その会話を聞いていた太一は少し考える


(前までの紅華さんはどんなだったんだ?)


太一の知ったことではないのですぐに思考をやめた

それよりも気になっていたことを美辰に聞く


「そういえば、音弥(おとや)さんと明霞は?」

「明霞は部屋じゃん?引きこもりだよ」

「音弥は講義の時間が違ったから置いてきた。そのうち帰ってくるだろ」

「そう、ですか」


紅華と美辰がさも当たり前かのように言う。

多分日常茶飯事的なことなんだろう。


「もうすぐ客人が来るから。ランドセル置いてこーい」

「あ、はい」


太一は促されて二階に上がる

今までの点と点を頭の中で繋げていく。


(客人、美辰さんが言ってた父親代わりの人か)


二階に上がってすぐの部屋に明霞が引きこもっているらしい。理由は知らないが。


とりあえず自室に入る。相変わらず殺風景だ。


「っしょ…何時に来るんだろう、お客さん」


時計がないこの部屋で考えても仕方ないのだが一応気になるものである。


ランドセルを机の上に置いて蓋を開ける

適当に中身を取り出して、宿題を取り分け、机に置く


(まぁ、後で良いか)


そう思って部屋を後にする


廊下を戻って一階に降りようとしてふと、明霞の部屋の前で止まる。


(呼ばなくて良いのか?)


じっ、と部屋と扉を見つめていると、扉が開く。開いた扉から冷気が流れ込んできて、太一の足が冷える。


「…わ、タイチ?どうかしたノ?」

「あ、いや、お客さんが来るって」

「うん、そうだネ。私の爸爸だヨ」

「ばーば…」

「うん、あ、えっト、日本語でネ…」

「お父さん、な」


いつの間にか階段に立っていた紅華の声に太一と明霞が驚く

全く気配を感じなかった。


紅華(ホンファ)姐姐(お姉ちゃん)、もうちょっと足音鳴らしテ」

「そんなんで殺し屋やれるかってんだよ。遅いから何やってんのかと思ったら。早く来い。もう来るってよ」


そう言って階段を降りていく紅華に太一と明霞はついていく


(明霞のお父さんってことだよな…チャイニーズマフィアの可能性を踏んでる人か)


ここ(アジト)にきて明霞に初めて会った時思ったことを思い出した。

単なる杞憂であって欲しいと願ったものだ。

いまや、もう転がるところまで転がって流れ着いてしまった。後戻りはできないし、どうにでもなれというやっつけな部分もなきにしもあらず。


太一たちがリビングに着くと同時に音弥さんが帰ってくる。その後ろには知らない年増の男とスタイリッシュな銀縁メガネの男がいた。


「ちょっと!美辰ぅ!置いてくなやぁ!!」

「しょうがないでしょ、迎え行ってたんだから」

「途中で拾ってもらえやんかったら全力ダッシュかも知れんかったわ」


そう言って親指で後ろの男を指す


「やあ、久しぶりだね、みんな。君は初めましてだね」


太一と男の眼が合った瞬間、太一の背中に嫌な汗をかいた。

穏やかな物言いとは裏腹、男の眼はは酷く冷たく笑っていた。






リビングのソファに据わった年増な男と側に仕えるように立っている男。


「今日は明霞もいるんだね」


そう言って膝を叩くとミンシャが駆け寄って膝の上に座る


「爸爸…!」

「紅華も来るかい?」

「遠慮しときますね」


廊下とリビングを繋ぐドアの枠に寄りかかって、にこやかに言う紅華は太一の右隣にいる。張り付けた笑顔とはまさにこのこと、といった顔だ。


(明霞の父親ということはこの家の家主だよな)


美辰から受けた説明を思い返す


「今日は食べて行かはるん?」

「ああ、そうしようかな」

「めんどくさー事前に言うといてぇな」

「作るの俺ですけどね」

「あ、そっか」

「悪いね美辰」

「いやいや、めんどくさいっすけどやりますよ」


ダイニングに横並びに座った美辰と音弥が小突き合っている


(仮にも目上のはずだけど、割とフランクなんだな)


太一は冷静に関係性を掴んでいく


「でも、泊まりはしないんでしょう?」

「そうだねえ、部屋がないだろう?」

「羽衣姉さんのとこにでも行けば?」

「えぇ~、いやよぉ。プライバシー守られないじゃなぁい」


羽衣もダイニングに座っている。相変わらず伸びた声だ。


「そうだ、君」


そう言って太一の方をみる男


「はい」

「君のことは聞いてるよ。明霞と同い年だってね?仲良くしてやってよ、他の子達ともね」

「はい」

「一方的に知られてても困るよなぁ?」


太一の顔を覗き込んで紅華が言う


「ああ、そうだったそうだった。(けい)、いつものを」


景、と呼ばれた人が太一の前までやってきて名刺を差し出す


『鄭 茗泽』


「…」

(チョン)茗泽(ミンゼァ)と読む。好きな風に呼んでくれて構わないよ」

「はぁ、承知しました」

「その男は──」

市川(いちかわ)景と申します。茗泽様の秘書と付き人、使用人をしております。以後お見知りおきを」

「どうも…」


丁寧にもう一枚名刺を太一に差し出して言う景。役職が多い男だ。


「へぇー、お前の名刺初めて見たわ」


紅華が名刺を覗き込むように眺めながら言う


「渡す必要のない方には渡しませんので」

「ほぉ?俺のことはよく知ってるだろ?ってか?」

「いえ、渡しても価値が生まれないでしょう」

「ほーんと、食えない奴だな」

「お互い様です」


紅華と景が睨み合っている


(犬猿だろうか)


火花が散っているようにも見えるにらみ合いに油を注ぎたくはないので、太一はそっとその場から離れて、茗泽の方に向かい、少し気になったことを聞く。


「中国の名字ってそこまで種類ないんですよね」

「ああ、よく知ってるね。鄭も中国を歩けばそこら辺に居るよ」

「へぇ…」

「茗泽も対して珍しい名前じゃない」

「そうなんですね」

「明霞もだヨ」

「そうなんだ」


抑揚のない声で応える太一に茗泽は眼を細めていた


「君の名前はどうだい?」

「一般的だと思います。珍しくはないでしょうね。名字も同じく」

「そうかい」

「きっと、僕の親はどこかから切って貼り付けたんじゃないですかね」

「そんなことはないよ」

「そうでしょうか」


太一がふと茗泽の方に顔を向けると茗泽は眉を下げて、悲しげな顔をしていた。

その顔の意味が太一にはいまいち分からなかった。


「…どうかしましたか」

「いいや、君は少しも顔色を変えないね」

「よく仏頂面だと言われます」

「それは、私も改善点だと思うよ」


いつもながら急に会話に割り入ってくる紅華に目を向けると、景が下敷きになってその上に紅華が座っていた。勝敗を分かりやすく見せている。


「……くそがっ…!」

「あまり、うちの秘書を敷かないでおくれ」

「丁度よかったんでな。んで、その仏頂面の件よ。社会に出た時、使うときに使えるようにしないとな」

「それは紅華の仕事だろう?」

「はぁ?私の仕事は殺しだわ。それに、別に仕込まなくたって言えば出来ると思うぞ?こいつ、適応力たっけぇから」


そう言ってニヤリと太一を見る紅華。相変わらず無茶だ


「…そこまででは」

「あー、声のトーンは何とかしなきゃか」

「まあ、社会に出なくても仕事をこなしてくれれば私はいいんだがね」

「勿体ねぇだろ。この脳みそ放ったらかしは」


そういいながら太一の頭をワシワシと頭撫でられていると、雰囲気と合わない声が伸びてきた。


「なぁ、腹減ってんけどぉ?」

「それもそうだな、私もー。美辰~?」

「端から手伝う気ないのが最早清々しくていいですねぇ!」

「褒めんなよー」

「褒めてねぇよ!」


そう言って同い年トリオはゾロゾロと動き出す

それを見ていた太一の肩に骨張った手が置かれる


「ここは好きに生きれる場所だから。好きに選択するといい」


そう言ってダイニングテーブルに向かっていく茗泽


「八人分作る身にもなれよ、ほんと…」

「僕手伝いますよ」

「ほんとか!?お前はほんとに出来た奴だなぁ!!」


しばらく賑やかな時間が続いた。

太一にとって、新鮮な体験がここ数日続いていて、内心、柄にもなく楽しくなっていた。

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