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 そうこうして十年後、ナジュマが十八歳の年、外国から商人がやってきた。聞けば商品と奴隷とを揃えているという。

「今は王宮に大皇国の使者を迎え入れる準備もしているといいますから、商人も幾らか一緒に入り込んで賑やかだそうですよ」

 後宮は元々商人の出入りに厳しくない。国王が自ら手をかけることを面倒臭がるので、その分あり余るほどの金子を支給されて全てを賄うよう指示されている。夫人達は己らを飾るのには飽きてしまっていて、もうずっとナジュマを飾ることにご執心だ。

 夫人達もこの十年で実家に戻るなどして幾らか顔触れが変わっているが、中心になっている三人には変わりがない。ナジュマはこの三人を特に母と呼んで甘えていた。

「ナジュマ、布を買いましょうよ〜」

「翠玉はあるかしら? ナジュマに似合うわ」

「真珠を粉にしたものが欲しいわ。ナジュマに塗りましょう」

「母様達、わたし全部持っているよ」

「もっといい物が欲しいのよ! お前は最高に美しいのだから!」

 ぷりぷりと宣言する夫人達をさておき、ナジュマはメーヤとルゥルゥの手で綺麗に身形を隠される。

 後宮の女達は身内以外に姿を晒さない。その為、他所から商人が来る際には豪奢な布で姿を隠すのだ。ナジュマは大柄だからルゥルゥに偽の王女役を任せ、その傍で女騎士として剣を持って控えるのが常である。

 こうした女騎士達もナジュマが成長するに従い、後宮の腕に覚えのある女達が「我こそは」と率先して結成されたものだ。ちょっと、大分、彼女達の趣味である気がするが、お陰で連絡兵や宦官などが不要となったのでナジュマはますます自由に暮らすようになった。いいことだろう。

 さて、後宮の夫人達が中心となり、大広間に集まっていた。扉のない広間には多くの美しい布と敷布が飾られ、中庭の絶えることのない水の流れが光を伴って室内に反射している。この砂漠の国で最高に金のかかったそこ、異質な一団が女達に囲まれてただただ平伏しているのが見えた。

 ナジュマが手を引いて一番豪奢なベールに包まれたルゥルゥを中央の座布団に据えると、端に並んでいた女騎士達がガツンと槍を高らかに鳴らす。これにてようやっと商談の開始である。

「この度はお時間を賜り恐悦至極でございます」

「余計な挨拶は好まぬ。お前の品物を示しなさい」

 前に出ている夫人らがぴしゃりと言うのに、商人は揉み手で今回のとびきりの奴隷だと、一人の女を前に出した。

「こちら、アルデと申します。私共がこの度お勧め致します、最高の奴隷でございます。ご覧くださいませ、この美しいかんばせ! そしてその血筋は卑しからず、遠い異国の貴族であります」

「貴族ねえ。何故貴族が奴隷落ちしたのかしら?」

 よくあることだが、しかし敢えて訊く。その羞恥をどう示すかを見る為に。矜持の折られていない奴隷ほど使いにくいものはないからだ。実際静かに首を垂れる女からはよくない気配がするから、当座使える奴隷ではないだろう。

「貴族同士様々ございますゆえ……。権力闘争に負けた結果でございます。とにかく元が高貴の生まれ、皆様のお手元で生活を彩るに足りましょう!」

 商人と夫人がやり取りするそこ、ナジュマはその名を静かに事典で引いていた。


【アルティラーデ・アルファーク】

 旧アルファーク子爵家の長女。アルデとも。公爵令息の婚約者の立場から王子達に手を伸ばし、ルゥルゥと敵対する予定だった女。正に人を騙し、搾取し、それを当然とする生粋の悪役。──だったが、公爵令息に見初められず権力闘争にも負け、爵位返上の上商人の後妻とされて国を追われた。現在その傲慢さから商人の厄介者となり、押し付け先を考慮されている。


 おい! お前ルゥルゥのライバル役か!

 驚くナジュマは商人の後方、幾人かいる奴隷を見た。あの中にアルティラーデの母もいるのやもしれない。

(こんな女を押し付けられるなんてとんでもない!)

 なんて最悪の商人が堂々とやってきたものだ。ナジュマは手にしていた剣の柄をガンと床に叩き付け、大声で吼えた。

「腐った獣の臭いがする! この白亜の園で嘘偽りを申すとは言語道断! こやつら一人残らず摘まみ出せ!」

 突如叫んだナジュマに商人は怯えと侮りの色を同時に浮かべる。ナジュマは大広間の中心にはいない、けれど中心に座す女の傍に侍る者だ。どう反応すればいいのかを見定めようとする隙を与えず、女騎士達が槍を示して商人を詰めた。

「ひ、何を!」

「喋らせるな! すぐに摘まみ出せ!」

 外野が何をどうしたってナジュマはこの後宮で最も高貴な主である。その指先のとおり、商人は荷物と奴隷ごと引き立てられて大広間を出された。

「どうしたの〜?」

「ごめんなさい母様。あの商人は駄目」

 理由も言わず首を振るナジュマに、しかし夫人達は優しい。

「大丈夫よナジュマ。貴女は人を見る目があるのだから、きっとたちの悪い商人だったのでしょう。悪い買い物をせずに済んでよかったのよ」

「次の商人に期待しましょう? きっとお前に似合う石を持っているわ」

「母様達、石はもういっぱいあるよ」

「もっといい物がどこかにあるわよ!」

 ぷんすか怒る夫人達にナジュマは笑う。この女達に擦り寄って愛を与えられて、本当によかったと安堵しながら。

(それにしてもどうしてライバルが)

 普通に考えて、こんな異国にまで流れてくるなんてあり得ないことだ。しかも奴隷になってまで。ルゥルゥの運命を既に変えてしまったものだから、本筋の流れも変わってしまったのかもしれない。

(結局誰がどう攻略されて終わったんだろ。十年も経ったしなあ)

 流石に十年も経ったので、ナジュマはこの記憶が前世のもので、今の世界の一部が乙女ゲームとして存在していたことまでは理解出来ている。とはいえ、それでもナジュマは外野なのだ。本編に登場していた人間達、ルゥルゥとアルティラーデ以外が、どう生きているのかを知る術などない。

(嫌ーな感じ……)

 ナジュマはごきりと首を回し……、「着替えよ。メーヤはどこ?」とルゥルゥに問いかけた。

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