プロローグ 魔人
寒くて暗い地下室の通路を髭を生やした痩せた男が歩いていた。
男は不気味な鼻歌を口ずさみ、地下室の扉を開ける。
「もうすぐ、春だ。陽気な風が吹いて、桜が咲く……」
男は散らかった机の上に置いてあった粉の入った試験管を取り、持っていた緑色の液体を入れてよくかき混ぜる。
「もうすぐ完成だ……」
男は口元に笑みを浮かべながら嬉しそうにつぶやいた。
試験管から蒸気が上がると男は混ぜるのをやめ、機械に流し込む。
「長かった。長かったな。俺がこんな生活をしているのにアイツらは……なんでだ」
さっきまでの嬉しそうな表情から一変し、男は拳を強く握り金属でできた壁を力いっぱい殴る。
「俺を裏切ったことを後悔させてやる……」
機械のタイマーは残り10分となり男はタバコに火をつける。
カランーー
金属の塊のような音が床にあたる音がする。
「誰だ……? そこに誰かいるのか?」
男は突然立ち上がり物音のする方に椅子を蹴る。
シューーーー
「しまった! 催眠ガスか……」
男は慌てて近くにあったガスマスクを手に取るが遅かった。
「両手を後ろに回せ」
全身を黒い防護服で覆いアサルトライフルを手に持った機動隊7名が男を取り囲む。
男は大人しく両手を挙げ、その場に両膝をつく。
「八家の犬共が……」
男は恨めしそうにそうつぶやいた。
「陸軍機動隊中将、辻宮紅蓮だ。お前を国家反逆罪で逮捕する」
男は手錠を取り出し男の手にかける。
「これで終わりだと思うなよ……」
「どういう意味だ?」
紅蓮は男の動きを不審に思い、口内に銃を突きつける。
「しょのみゃみゃのひみだ」
男の周りを眩い光が取り囲む。
「しまった……」
「離れてください中将!」
近くにいた隊員が紅蓮を押すと同時に研究者の男は消えてしまう。
「やられた。また奴を取り逃がした……」
紅蓮は悔しそうにマスクをとり、地下室を見渡す。
「中将、これは何でしょうか?」
隊員の一人が紅蓮を呼ぶ。
黒いシートを取ると中には5歳くらいの少年と液体の入った巨大なガラスケースがあった。
少年の頭や背中には管が取り付けられ、かなりやせ細っている。
「割れるか?」
紅蓮が隊員にそう聞くと隊員は背中から強化ガラスを割るハンマーを取り出し、ガラスを破壊する。
中から、液体がこぼれて少年が出てくる。
「かなり衰弱しているな……」
「どうしますか中将?」
紅蓮は少し悩んだ後、少年を抱きしめる。
「俺の家に連れて行く。報告は俺から入れることにして撤退する」
紅蓮率いる機動隊は地下室を爆発させ、撤退した。