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この作品を君に捧ぐ  作者: 樟 秀人
第二章 乗り越えた先にあるもの
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第十五話 本当の夢

【前回のあらすじ】

批評についてエミリーのもとを尋ねた涼。しかし彼の発言に対し、エミリーは怒りを露わにして彼を追い出した。

エミリーのもとを訪ねた翌日。涼はいつものように同好会に顔を出す。教室には既に華がおり、更には賢一もいた。二人は楽しそうに談笑していて、涼の存在には気が付いていない様子だ。話の内容は聞こえない。その様子を見た涼は未だ感じたことのない僅かな痛みが胸に走った。


「賢一、今日サッカー部は休みなの?」


 彼は気を使い、飽く迄自然体で教室に入り声を掛ける。


「今日は休み。暇だったし、華先輩と話でもしようかなって思ってさ」


 賢一は自分が華に気があるように見せたかったのだ。あまり涼と鼻の二人が進展していないことを知った彼は、涼の心に火が着けばと考え彼女と親しげに話すようにしていた。


 しかし涼の胸中はそれどころではなかった。昨日のエミリーに言われた言葉が頭から離れず、昨晩はろくに眠れずにいた。自身では解決できないことを理解した彼は、二人に昨日の話をしてエミリーの怒った理由を尋ねる。


「ーーっていうことがあったんです。……俺は何で怒られたんでしょう?」


 それを聞き、華は嬉々として笑っている。彼を揶揄うネタが一つ増えたことを悦んでいるのだった。それに対し、賢一は真剣に考えていた。彼が悩みを打ち明けることは、意外にも珍しいことだからである。そして何かを思い付き彼に尋ねる。


「なあ涼。お前は何のために小説家になりたいんだ? 本を売りたいからって、別に金儲けのためにやるんじゃないんだろ?」


 確かに彼は金を稼ぐことへの執着はなく、そのために小説家を目指した訳ではない。賢一は続ける。


「ならお前は何で小説家を目指す?」


 涼の脳裏には一つのことが思い浮かぶ。


「そ、それは……俺の書く小説を映画化させて、それに先輩が出演するため……?」


「そんなに私のことを想ってくれるなんて……」


 華は悪戯として頬を染め、恥ずかしがる振りをする。だが今の彼らにはそれは眼中になかった。


 涼は自分で語りながら、それをふと疑問に思った。華の提案が一つのきっかけにはなったものの、それが全てではない。それを聞いた賢一は首を横に振る。


「それは目標が明確になっただけだろ? 聞き方を変える。お前は何故小説家になりたいと思った? 先輩に会うもっと前を思い出せ」


 賢一の言葉で涼は思い出した。物心付いた頃から本が好きで、『いつか自分も誰かに何かを伝えたい』と感じた頃の自分を。


「……そうか! それが俺の小説家になりたい理由だったのか。ありがとう賢一。吉田先生の所へ直ぐ行かないと!」


 そう言って涼は教室から猛烈な勢いで走り去って行った。


「優しいのね。彼の反骨心に火をつけるために、私と楽しそうに会話する振りまでしてさ。……あんなに目を輝かせて行っちゃって。彼が本気で【一流】と呼ばれる小説家になれると思っているの?」


 華が賢一に冷ややかな声で尋ねる。それに対して、賢一にしては珍しく真剣な面持ちで答えた。


「あいつはきっとやりますよ。昔からあいつは自分でやると決めたことは、どんなに時間が掛かっても要領が悪くても必ず成し遂げます。先輩もそう感じたからあいつに声を掛けたんじゃないですか?」


 首を横に振る華。しかし、彼と初めて会った時に何かを感じたのは本当のことだった。


「そんなんじゃないよ。私は見てみたいだけ。才能を持たざる者が、才能に愛された者に一瞬でも手が届くのかどうかをね」


◇◇◇


 涼はエミリーの自宅へ再び赴いていた。しかしインターホンを幾ら鳴らしても返事はない。留守なのかと思い念のため玄関の戸を開けようとすると、鍵は掛かっておらずあっさりと戸が開いた。


「……お邪魔します」


 不用意な家に恐る恐る上がり廊下を進むとその先には、横たわったまま動かない彼女の姿があった。彼女の傍らには湯呑みが転がり茶が溢れている。


「起きてください吉田先生。……あれ?」


 彼女の体を揺らすと、その体は異常に熱く息が荒かった。声を掛け続けても返事は一向になく、意識も朦朧としている。慌てて涼は救急車を呼ぶために電話を掛ける。動揺した彼の携帯電話を握る手は震え続けていた。

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