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昨日のやり取りで大分寝不足な私ですが、可愛いメイドさんに起こされたなら起きない訳にはいかないでしょう。
「歌姫様、あまりよく眠れなかったんでしょうか?」
私の顔に居座るデッカイクマを覗き込んで、メイドさんは形良い眉を寄せている。
「ちょっと黒いウサギと戯れてたので」
「え? 黒いウサギですか?」
「はい。あ、それより今日って何か予定あるんですか?」
メイドさんの疑問はスルーで一応今日の予定を尋ねると、てっきり何もないかと思いきやとんでもない用事が入っていた。
「あ、はい。本日はリヨーラ様から是非に、とお茶会のお誘いがきております」
リヨーラ様、何だか聞き覚えがある名前である。
「……それはお断りできるんですか?」
是非に、お断りしたい。私の記憶が正しけりゃそれってご正妃様じゃないの。
この城に来たのは意識無い日含めてもたった数日前。国をあげて呼んだはずの大事な歌姫様はまだ体調不良かも、とか考えないんですかね?
「あの、お断りはできると思いますが……多分またお誘いがあると思います」
メイドさんは困ったように俯き加減で答えてくれる。ああ、大体分かりました。
「お断りする方が余計に面倒なことになるってことですね」
「いえ、あの、決してそう言う訳では……!」
「そうですか。非常に不本意ですけど、とりあえずお会いしますかねぇ」
メイドさんは嘘吐くのがかなり下手だと発覚。嘘吐くのが上手いよりいいと思うよ。
「よろしいのですか? さっきはああ申しましたが、歌姫様がお断りされたいのであれば思うようにされて下さい。もし今後一切お会いされたくないのなら、私、この命を懸けましても!」
「いいです。命なんて懸ける必要なし。ま、黒ウサギの奥方を拝見させていただきましょう」
「黒ウサギ?」
「そうと決まれば服装とか作法とか、教えてもらっていいですか?」
「はい! 喜んで!」
どっかの居酒屋みたいな景気良い返事をしたメイドさんは、輝かんばかりの笑顔を見せてくれましたよ。
裾の長いドレスと高いヒールは転ける自信があるので止めて下さい。
身に着けるものへの注文は確かにそれだけしかしてないけど、胸が無いことにも自信があると言うべきだった。
上品で控え目ながらも物凄い手際の良さで、あの可愛いメイドさんが私の服を脱がしてくれた。いや、まあ、あまりの脱がせっぷりに少し固まっていた間に用意された膝下丈のドレスに着替えさせられたんだけど。
「……これってもしかして嫌がらせなのか」
自分の開きに開いた胸元を見て思わず呟く。
「何か仰いましたか?」
前を歩くメイドさんが眩しい笑顔で振り返る。この笑顔が嘘だとは思いたくない。
「ええと、やっぱりこのドレス似合わないと思いまして……」
「そんな! とてもお似合いです。歌姫様の蕩けそうなミルク色の肌に金色が映えて、まるで太陽の化身のような……」
「分かりました! ありがたく着させていただきます!」
鳥肌立ちそうなお世辞は結構、と言いたいところだけど、多分心から言ってくれてるんだろうからタチが悪いんだよなぁ。
仕方ない、寄せて集めてできたささやかな谷間のことは忘れることにしよう。
「あの薔薇のアーチを潜ったらリヨーラ様の庭園です」
メイドさんが指差す先にはピンク色の薔薇が咲き乱れたアーチがある。
まるで秘密の花園だねぇ。さて、戦闘開始と行きますか。
メイドさんはキュートな美人、お子様術師の母親はセクシーダイナマイツな美女、さて黒ウサギの正妻は?
「はじめまして、歌姫様。来て下さってありがとうございます。本日はお呼び立てして申し訳ございません」
その答えはクールビューティーでした。栗色の髪をきっちり結い上げ、同色の奥二重の瞳には理知的な輝きがある。
意外だ、深々とこちらに頭を下げる姿は今のとこ好印象。もっと「この泥棒ネコ!」的な扱いをされるかもと思ってたんだけどね。
「頭を上げて下さい。はじめまして、リヨーラ様。お招きありがとうございます。座ってもよろしいですか?」
「もちろんです。歌姫様は甘い菓子がお好きだと聞きました。評判の菓子ととっておきの紅茶を用意しましたの。お口に合えばいいのですが」
リヨーラ様が顔を上げると同時に、後ろに控えていたメイドさんたちがテキパキと動き始める。
「歌姫様、さあこちらへ」
現在私専用のメイドさんが椅子を引いてくれたので、とりあえず座ることにした。
うん、ウチのメイドさんが一番可愛いですね。レベルが高いのは間違いないけど。
さりげなく観察しながらそんなことを考えている間に、目の前には緑色の菓子らしきものが置かれた。紅茶の色は黒いし、こちらの食べ物の色使いは趣味が悪いと思う。まあ、味は良いので文句はないけど。
そういや、寝不足と引き換えに得た菓子もえらくカラフルだった。と、そこまで考えて、向かい側から静かにこちらを見つめてくるリヨーラ様が、私が菓子が好きだと知っていたことを思い出す。
ふーん、どうやら黒ウサギと奥方の関係はそう悪いものじゃないと言うことか。
「どうぞお召し上がり下さい」
リヨーラ様直々に勧められて、菓子を一つ口に入れる。緑色の菓子は濃厚なチョコの味だった。
「美味しいです」
「よかったわ。この紅茶と良く合うので是非こちらも」
さて黒い紅茶は何味か? と思えばほうじ茶っぽい。うん、美味い。
暫く菓子と紅茶を堪能した後、こちらから話を切り出した。
「さて、今日のお招きの理由を伺ってもよろしいですか?」
「もちろんです。私、回りくどい話し方は苦手なもので、単刀直入に申し上げさせていただきます」
それはありがたい。涼やかな瞳を見つめ返して頷いてみせる。
「私は花の宮としての対応を陛下に求めるつもりはありません。今までもこれからもそれは変わらないとお約束します。ただ、その代わりに正妃としての役割を譲る気はございません。その事を歌姫様にご理解していただきたいと思い、お茶会にお招きした次第です」
つまり、黒ウサギに愛情なんてものは求めないからご寵愛はご自由に受けてどうぞ。だけど、国に対して口を出す権利は渡さねぇよ、ってことか。
実に面白い、じゃなくて実に分かりやすい。難しい政治に関わることなく、ただ王様に愛されるだけでいいなんて歌姫が学生なら嬉しいことなのかもしれない。
でもスーパー事務と呼ばれた私としましては、仕事もせず茶や菓子だけ食べてオホホホホなんて笑って過ごすだけなんて暇過ぎて耐えられない。
「如何でしょうか?」
「リヨーラ様が仰りたいことは分かりました。一つお伝えしたいのは、私は元の世界へ帰りますので、国の政策もご寵愛も興味ありません。その点をご理解いただければ」
とりあえず言いたいことを伝えると、リヨーラ様は可憐な唇をぽかんと開いて驚いている。
何だか見覚えがある反応だな。歌姫が帰るってのはそんなに驚くことなんだろうか?
「……あの、歌姫様はこの国で暮らされないのですか?」
「はい、自分の国へ戻ります」
「そう、ですか……陛下もご苦労なこと」
扇で口元を隠し、リヨーラ様はオホホと上品に笑う。何となく張り詰めていた空気が緩んだのを感じて、私は菓子にまた手を伸ばす。
「私、歌姫様が無事にご帰還されますように協力させていただきますわ」
「よろしくお願いします」
またまた強力な味方ゲット。






