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王様をやり込めて少し満足して、さあこれからどうしようかと思っていたら今度はこの国一の騎士とやらがやってきた。
「歌姫様、少しお時間いただけませんか?」
ノックの後、ドアの向こうからヨーダの声が聞こえてくる。
1人にしてくれるのはありがたいけど、こういう時にあのメイドさんでもいてくれれば代わりに断ってもらえるのにな。
御用の時は鳴らしてください、と枕元に置かれたベルを見てそんなことを考える。いや、やっぱりでも、いくら可愛いメイドさんでもずっと誰かと一緒は気詰まりだ。という訳で、仕方ないので自分でドアの向こうへ返事をした。
「嫌だ、と言ったらどうするんですか?」
「お許しが得られるまで何日でもここからお願いし続けます」
えっと、それって脅迫ですよね? 付き合いは短いけどヨーダという男は有言実行の男な気がする。やると言ったらあの似非爽やか笑顔でやってのけそうな気がしてならない。
「……どうぞ」
背に腹はかえられぬ、仕方なく許可を出せば想像通りの笑顔でヨーダがドアを開けた。ドアを開け放ったまま部屋へと入ってくるのを不思議に思っていると、私から数メートル離れた距離で立ち止まったヨーダが私を見つめて更に笑みを深める。
「御婦人の部屋に2人きりになると、あらぬ噂を立てられる恐れがあります。私としては歌姫様となど光栄なことですが、陛下に殺されてまで今のところは望みません」
なるほど、それは確かにそうかもしれない。余計な部分は社交辞令としてスルーするとしても、騎士なんて言う割に筋肉バカではなくやっぱり頭も切れそうだ。
「ご配慮をありがとうございます。それで、ここに来た用事は何ですか?」
「陛下の求婚をお断りになられたそうで」
「きゅうこん?」
単刀直入に言われた言葉は咄嗟に漢字変換されなかった。きゅうこん、まさか球根じゃないことはさすがに分かる。なら残すは一つ。
「そんな事をされた記憶はありませんが、何かの間違いでは?」
「え? でも、ラプルは確かにそう言っていたし、そうじゃないなら陛下のあの使い物にならない具合の説明がつかないし……」
使い物にならないって、仮にも王様に対しての発言として大丈夫なんだろうか?
まあ、私が心配してやる必要はないんだけど。それにしてもヨーダの大きな独り言から考えてみると、多分超絶美形が私に求婚とやらをしたのは間違いなさそうだ。
そう判断して王とのやり取りを思い出せば、該当しそうな言葉は一つだけだった。
「ハナノミヤって何ですか?」
多分花の宮、あの時確かに王はそう言った。私の為にそれを空けて待っていた、と。疑問には思ったけど、あの嘘臭い甘い声に腹が立ってスルーしたのだ。
「……もしかして、陛下は花の宮の説明をされてないのですか?」
引き攣った笑顔でヨーダが聞いてくる。質問に質問返しはいただけないよ。だけど、腹黒似非爽やか笑顔を消すことができたから許してやろうか。
「ええ、何も」
ニッコリ笑ってやればヨーダの口元がピクピク引き攣るのが分かる。
「誠に僭越ながら私から簡単に説明させていただいてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
嫌です、と困らせるよりもとりあえずは状況を確認する方が先決。先を促すとヨーダは恭しく一礼をして話し始めた。
「花の宮とは陛下のご側妃の別名でございます。ご側妃お一人お一人に住まわれている部屋に因んだお名前が付けられておりまして、その中でも花の宮を与えられた方は陛下のご寵愛を受けるただお一人の方と認識されることになります。歌姫様に暮らしていただく予定の花の宮は、その名の通りに花に囲まれた最も美しい部屋となっております」
「そうですか、理解しました。で、陛下は今何名ほどお妃様がいらっしゃるんですか?」
「正妃であるリヨーラ様と、後宮には5名のご側妃がいらっしゃいます」
つまりは私を7番目の妻にしたいってことか。いい根性してるじゃないの。いくら私が結婚に夢を見てないって言ったって、誰があんな偉そうな奴の7番目になりたいって思うか。
考えれば考えるほど沸々と怒りが湧いてくる。あんな目に遭わせておいて、陛下のご寵愛とやらを与えればほいほい歌うとでも思ってんのかね? 思ってるんでしょうね。
「あの、歌姫様? 何か疑問な点でも……?」
「疑問はありません。何の宮だろうと誰かに何人妻がいようと私にはまったく関係ございません。先程のあなたの発言に答えるとすれば、その何の宮とかいう言葉が求婚になるのなら確かに陛下はそう言われましたし、私はお断りしました。そして、その返事は一生変わりません」
以上、と心の中で付け加えて口を閉ざせば、暫く固まっていたヨーダが割と早く立ち直りいつもの笑みを浮かべる。
「お返事が変わらない理由をお尋ねしてもよろしいですか?」
「結婚するなら恋愛結婚、そして一夫一婦。これが私の持論だからです」
「なるほど……」
どうやら納得はしたらしい。恋愛結婚に拘っている訳じゃないけど、そう言った方が重みがあるでしょう。好きな人としか結婚しません、とか向こうじゃ口に出せんよなー。
「では、私が名乗りをあげてもよろしいでしょうか?」
「は?」
「私も妻は一人で充分だと思っておりますし、それに恋愛してみたいです、あなたと」
そう言って少し照れたように笑ったヨーダは、きっとこりゃ狙ってるお嬢さんが多いでしょうね、と思わせるに充分な魅力を持っていた。
ふーん、そんな顔もできるんじゃないの。あんな似非笑顔よりずっといいとは思うけど、まあ私には関係ございません。
「社交辞令でしょうが『ありがとうございます』と言っておきましょうか。ですが、返事は『ごめんなさい』です。私、さっきの持論に一つ付け加えるのを忘れていました。結婚するなら地球人、できるなら日本人希望なんです」
私は日本に帰るんです。しかもあの日あの時間のあの場所へ、何一つ違えることなく絶対に。