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私の立場が偉いのか、あの可愛いメイドさんが優秀なのか。
いくら会いたいと言っても待たされると思っていたのに、私がスープを食べ終えた頃にちょうどメイドさんは戻ってきた。
「お連れしました! 食事はもうよろしかったですか?」
思った以上に胃が食べ物を受け付けなくなっていてスープだけで満足だった。少し申し訳なく思いながらも彼女に頷く。
「もう大丈夫です。術師を連れてきてくれたんですか?」
「はい、陛下もご一緒にお見えになっています。急いで片付けますので少しお待ちください」
手早くテーブルの上を片付けながら彼女は笑顔で教えてくれた。
陛下って超絶美形も一緒ですか。それは一緒じゃなくてよかったんだけどな。少しがっかりしている間にメイドさんは片付けを終えて、私に向かって丁寧に一礼した後部屋を出て行った。それから間を置かずに王様と少年が開いたドアの向こうから姿を見せる。
「あまり食べていないようだが具合が悪いのか?」
一応心配しているのかもしれないけど、そんな無表情じゃまったく気持ちは伝わりませんから。
それには答えずに王の隣でプルプル震えている金髪の子供に目を向けた。髪と同じ大きな金色の瞳が涙を浮かべて私を見つめている。何これ、可愛い。
「あ、あの! 歌姫様! 本当にごめんなさい! ボクが術を失敗したから歌姫様に辛い思いをさせてしまって……どうしたら許してくれますか?」
話しながら興奮したのか、大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。
私の今の気持ちを一言で言うなら、動物と子供はずるいでしょう、だ。責めて責めて責め抜いてやろうかと思っていたのに、こんな可愛い子供が泣いて謝ってきたらはっきり言って責め辛い。
「歌姫召喚にはラプルの母親である最高位の術師が行う予定だったが、病に伏してしまってな。その後を継ぐであろうラプルに任せることになったんだが、緊張のあまり最後に手元が狂ってしまったらしい。ラプルはずっと悔やんでいた。どうか許してやってくれないだろうか」
あんたは許してやってくれないかしか言えないのか。
許せ許せって、私はどれだけ許せばいいんでしょうね。性格悪くたって構わんわ。泣いて喚きたいのはこっちの方だって言うの。そりゃ一応いい大人ですから、面と向かって幼い子供を責めたりはできないけど、最終的にはこの子に任せたあんたの責任でしょうよ。
「残念ながらこればかりは簡単に許すとは言えません。私は訳も分からずにゴミの中で1年近くも1人で生きてきたんですから」
「ゴミって、まさか……!」
小学生くらいの少年は驚愕という表情で目を見開いて、またぼたぼたと涙を落す。
「教えてなかったんですか?」
「……すまない」
王様の「すまない」は誰に向けての謝罪なんでしょうね?
この術師の少年に真実を伝えることを憚るくらいの場所に私は落されたということなんだ。脳裏に次々と蘇るゴミの国での生活を思い出して溜息を吐いた。
「ボク、本当に何てことを……歌姫様、どうかお怒りはすべてボクに向けてください。この国のことを嫌わないでください」
その場に跪いた少年は、私に食事を勧めた時のメイドさんと同じように頭を下げる。
少年が言うように怒りも憎しみも悲しみも全部誰かに向けれたら楽なんだろうけど。何て答えるべきか、すぐには言葉を見つけられずに黙り込んだ私に王様が一歩近付いた。
「歌姫よ、そなたの怒りは尤もだ。我々はそれに対して報いなければならない。望みがあれば何なりと申せ」
そこはかとなく偉そうなのが癇に障るんですよ。まあ王様だから仕方ないんだろうけど。
許したくないのに素直に謝られてしまったらどうすればいいんだ。はい、分かりました。と簡単に言えるような暮らしじゃなかったのだ。
「私に許してほしいのなら、今すぐ元の場所へ帰してください。もちろん戻る時間帯もあの時のままで、何事もなかったように生活に支障がないようにしてください」
許す、許さないはそれができてからの話だ。条件を付きつけたら跪いたままだった少年も、美貌の王様もこれ以上ない程に目を見開いて呆然としていた。
「……帰りたいのか?」
「は?」
まさか私が帰りたくないと思うとでも?
王様に目をやれば無表情だった顔が驚きから少し困ったような顔になっている。
「あの歌姫様、それがあなた様の願いですか?」
「それだけが私の願いです。それができると証明されたら、あなた方の謝罪を受けるかどうかも検討します」
少し声を震わせて少年が尋ねてくるのできっぱりと答える。すると、少年は何を思ったのかそのまま床に伏せて大声で泣き始めた。
「わーん! 陛下はボクのせいで歌姫様に逃げられた王として名を残すんだーっ!!」
「ラプルッ!」
少年の言葉を止める為に叫んだ王様の目元が少し赤い。無表情の中でもそれなりに感情が窺えるようになってきた。
どうやら今は怒りってよりは羞恥かな。そんなに歌姫に逃げられたら不味いのか。なら、これ以上の復讐はないかもしれない。
「歌姫よ、花の宮を空けて待っていた。どうか私の傍に留まってくれないだろうか?」
意識したのか無意識か。ラプルから私に目を向けて、甘い声で王様が話し掛けてくる。美しさより鋭さ優先の青い瞳も幾分か甘さを滲ませている気がした。
そこら辺の芸能人なんかまるで敵わない超絶美形。この顔で甘く囁けば靡かないご令嬢なんていないんでしょうね。
だが残念、そんな攻撃が通じる程若くないんですよ。権力があって顔が良い男には女がつきもの。苦労するのが目に見えている相手を選ぼうなんてまったく思わない。
それにラプルの話から考えれば、召還した歌姫に逃げられるのはかなり不名誉なことみたいじゃないの。自分の見栄の為に私を利用しようってか? そんな偽物の愛を囁かれても興醒めもいいとこよ。
「あ、あの、歌姫様……?」
さっきまで泣いていたはずのラプルが、今度は体まで震わせながら私に呼び掛ける。目の前の王様は顔色を白くして固まっていた。
自分が極悪な表情をしているのは分かっている。目が笑ってません! と使えない営業たちに何度怯えられたことか。怒りがある一定値を超えるとどうも私は笑うらしい。営業の男性たちからは恐れられ、密かに魔王と呼ばれていることも知っていた。あら、やだ、歌姫が魔王なんて笑えない。
「一度しか言いませんよ。耳の穴、良くかっぽじって聞いてください。少年、君は今日から3日以内に私を元の世界の元の時間に戻す為の方法と見解をまとめてきなさい。原稿用紙5枚以内に分かりやすくね。私に本当に悪いと思っているならできるわね?」
「げん……? 3日!?」
「ん?」
「は、はい!」
慌てて返事をした少年ラプルに鷹揚に頷いて見せた後、今度は王様に目を向けると細身とは言え大きな体をびくりと揺らした。
「王様? 暫くの間、顔を見せないでもらえます?」
言った瞬間、綺麗な顔が白から真っ青に変わる。あーら、瞳とお揃い。ざまーみやがれ!