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ふと目が覚めると見覚えのない天井が見えた。
日本での我が家の天井でも、ゴミの国のゴミ天井でもない白く高い天井である。
ゆっくり体を起こすと首から頭にかけて痛みが走る。
そうだ、ヨーダの野郎め。痛みと共に、誓った復讐も燃えるゴミの国のことも思い出す。
あれからどうなったんだろうか。
なるべく首を動かさない様に体ごと辺りを見回せば、今いる場所の雰囲気だけは掴めた。
分かりやすく言うなら高級ホテルの一室、その中央に設置された無駄に豪華なベッドの上に私は寝ていた。格好もゴミの国で着ていた原形をほぼ止めていなかったフード付きコートではなく、何やらパジャマの上着だけのようなものを着せられている。そこまで把握したところでハッと顔に手を当てると素顔全開だった。道理で視界良好だと思った。
フードと前髪の二段階で隠していたはずの顔は、前髪と横髪を一緒にして複雑に編み込まれているようで額まで全開だ。隠しようがないスッピン状態に一瞬どうしようかと思うけど、今更それくらい何だと思い直した。
ここがどこだとしてもゴミの国での私は終了らしい。
優秀らしいヨーダに目を付けられて住む場所を追われ、無理矢理次のステージへと進まされた。このまま好きなようにさせてたまるか。自分自身を燃え立たせたところで部屋の扉が静かに三度ノックされた。まるでこちらが起きたのを見計らったかのようなタイミング。
来たか、悪役。ドアに目を向けると、ゆっくりと開かれたドアの向こうに男が2人立っていた。
「気分はどうですか? ユウさん」
赤茶色の短髪に明るい緑色の瞳、爽やかスポーツマンといった風情の男が私の名前を呼んだ。と言うことは、こいつがヨーダなのか。
汚れで黒ずんだ髪と髭でまったく顔の状態が分からなかったけど、こんなに美形だったとは余計に腹が立つ。
でもそれ以上にもう1人の男が凄かった。長めの黒髪に鋭い真っ青な瞳、超絶と表現してもクレームはつかないだろう。映画の中の王子みたいな格好の超絶美形はにこりともせずに私を見つめてきた。
「気分は良くはないですね。首が痛いです」
「ヨーディアン、どういうことだ?」
私の言葉に王子が反応する。どうやらヨーダはヨーディアンって名前らしい。そして、呼び捨て具合から王子の方が偉いだろうことが分かった。
「申し訳ありません。炎の勢いが増す中で歌姫様の無事が何より大事かと思い、断腸の思いで判断させていただきました。ですが、どんな理由があろうとも歌姫様に怪我をさせてしまったことに変わりはありません。どのような罰でも受け入れる覚悟はできております」
神妙な面持ちで謝罪したヨーダに頷いてみせた王子は、また私にその鋭い瞳を向けてきた。
「希求の歌姫よ。どうか許してやってくれないか? ヨーディアンはこの国一の騎士だ、最善だと判断しなければ姫に怪我を負わせることなど絶対にない」
キシってあの騎士? マント翻して剣で戦うみたいな騎士な訳?
太陽を見た時点で多少諦めていたけど、どうやら本格的に童話やゲームみたいな世界に落されてしまったようだ。
溜息を吐きながら痛む首元に手をやれば、包帯のようなものが巻かれている。
私に説明をして穏便に来てもらうという選択肢を考えもしなかったくせに。だけど、説明してもらったところで納得をしなかった自信があるし、あの火事の中ではそんな悠長なことを言ってられなかったということも分かる。
何となく許したくない気分だけど、許さないと言って彼が死んだりしたら後味が悪いし。治療もしてもらったみたいだからあの時殴ったことだけは許してやろうか。
「分かりました。とりあえずこの傷に関しては許します。それで、ここはどこなんですか?」
許すのはそれだけだから、と言外に言いながら、まずは1番聞きたいことを聞く。
ここがどこなのか? それさえ分からずに私はゴミの中で生きてきたのだ。
「歌姫様の寛大なお心に感謝致します。ここはマルダレナ王国の王城の中、この世界アリアの中で最も大きく最も栄えている国の中枢です」
マルダレナ王国、やっぱり聞いたこともない。どこかでまだ期待をしていた自分に思わず苦笑する。
それにしても気になるのは歌姫ってところ。ということは、やっぱりあの力を求めて私を呼んだんだろう。勝手に呼んでおいて何をさせる気だろうか?
「で、その最も栄えてる国が何をしてほしくて私を呼んだんですか?」
魔王退治とか言われた日にはこの国潰してやろうか。そんなことを思っていたら、今度は王子がさらりと答えてくれた。
「私の誕生祝いに歌ってほしい」
「…………は?」
今何て? 思わず素で聞き直してしまった。王子はそれを怒ることなく、もう一度はっきりと教えてくれた。
「私の誕生祝いの式典で歌ってほしい」
……この野郎。そんなことの為に人をゴミん中に落したのか?
自分の口がひくひくと動いているのが分かる。こんなに頭に来るのも久しぶりのことだ。怒りのあまり体中が細かく震える。
「誰が! 歌うか! 一昨日来やがれ!!」
2人のイケメンが目を見開いてその場に固まったのが見えたけど、そんなの知ったこっちゃない。魔王退治なんて行く気もなかったけど、そんな理由なら呼ばれても仕方ないかとは心のどこかで思っていた。それなのに誕生祝い? あんたくらいの顔なら世界中の女が歌ってくれるだろうが。
怒鳴ったら首も痛いし、もう何も話したくない。2人に背を向けて寝転がり、拒否の意味を込めて私はまた眠ることにした。あいつら、消え失せろ!