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ゴミの国の歌姫  作者: 熨斗目花色
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私は真っ当に生きてきたと自信を持って言える。

人様に顔向けできないようなことをしたことはないし、あえて言うなら少々独身を貫き過ぎて親に心配を掛けたかもしれないけど、それは縁がなかっただけで仕方ないことだと思う。


真面目に働いているし趣味もある。彼氏はいなくても良い友達に恵まれていて不満はない。真剣に将来を考れば、そろそろ1人で生きていく道も視野に入れるべきかもしれない。そんなことを思い始めた私、安藤優ですが。

まさか自分の人生にこんなとんでもないことが起こるとはこれっぽっちも思っていなかった。






「ユウさんはもうすっかり慣れてますね、ここでの暮らし」

「それを言ったらヨーダさんもじゃないですか」



ゴミという名の宝を漁りながら目の前の男に返事をする。

ヨーダと言っても別にどこぞの宇宙人的なお爺さんではない。私より後にここへやってきた彼は、顔の半分くらいまで伸びた前髪と鼻下から顎を覆う髭が印象的な推定年齢20代の若者である。



「あ、ユウさん。これはどう思います?」



差し出されたのはパンの切れ端が詰まった袋。匂いを嗅いでまだいけると判断する。



「ヨーダさん、良いもの見つけましたね。後3日は大丈夫だと思いますよ」

「本当ですか! それは嬉しいな。ユウさん、よかったら半分どうですか?」



何とも心揺れる申し出だ。幾らここでの暮らしに慣れたと言っても、食べ物が見つからない日だってある。なので、日持ちがしそうな食べ物は貴重なのだ。


私もとある方法を見つけていなかったら、とっくの昔に餓死していたと思う。

その方法をほいほい使えるならこんな申し出は簡単に断ってしまえるんだけど、私の長年の勘がこの力はあまり使うべきじゃないと言っているのだ。これでも会社じゃ立派なベテランさんで、上司の覚えも高いスーパー事務なんて呼ばれていたんですから。

でも今はそれももう昔の話だ。


私はなぜここにいるのか。

その答えは未だに分からないまま、ここに来てもうすぐ1年になろうとしている。一応家と呼べる場所に毎日刻んだ跡を数えながら私は覚悟を決めたのだ。



「いえいえ、すごくありがたいんですが、それはヨーダさんのですから。私は自分で見つけますんで」

「そうですか? 残念です。いつものお礼をしたかったんですけど」



鼻しか見えないのになぜかしょんぼりしているのが分かる。

多分ヨーダさんは悪い人じゃないと思う。だからと言って良い人とは限らないのだ。



「お礼なんて言われる程のことはしてないです。ヨーダさんにここでの暮らしを教えるのは私の役目ですから」



そう私の役目なのだ。

ここ、ゴミの国は来るもの拒まず。しかも新しい住人に優しいシステムがある。その時の1番の新入りが次の新入りにゴミの国での生活方法を教える、という何とも初心者に心優しいシステム。だから、まったく何も分からなかった私でもヨーダさんに教えることができる。



「ヨーダさんは覚えるのもコツを掴むのも早いし、もう卒業してもいいくらいですね」

「そんなことはないと思うんですけど。でも、ユウさんと話せなくなるのは寂しいです」



そんな毛むくじゃらのくせに言うことは男前だ。とりあえず曖昧に笑って返事を誤魔化す。



「すぐに慣れますよ。じゃあまた明日ここで」

「はい、また明日」



いつも通りの別れの挨拶をして、私は自分の食べ物を探す為にヨーダさんに背を向けた。


見渡す限り一面のゴミ。地平線の向こうにもまたゴミがある。

約1年前、私は仕事から帰る途中にいきなりここへ落とされた。訳も分からぬまま強烈な臭いに思わずしゃがみ込んだら、あっという間にズボンとコートが色を変えた。


一体何が? ここは?

臭いに圧倒されてまったく考えが纏まらなくて、そのまま立ち上がることもできずにいた私の肩を叩いてくれたのが、私の一つ前の新入りの女性だった。


ただ生きる為に、必死で彼女の言うことを頭に叩き込んだ。自信があった記憶力が大いに役に立ったと思う。

一通りの生活方法を教わった頃、ようやく自分のことを考える余裕が少しできた。私はなぜここにいるのか、ここに落ちたのか。ここは日本じゃない、ありがたいことに言葉は通じるけど先輩の女性の顔はどう見たって外人顔だった。それに多分地球でもない。見上げた空に浮かぶ二つの太陽がそれを示している。


何かの間違いでここに落とされたのならここで生きていくしかないけど、それを確かめる為の行動を起こす勇気と気力がまだ私にはなかった。


でももし、何か理由があってここに落されたのなら。

誰がここにいるなんて簡単に教えてやるかと思う。勝手に連れてきておいてゴミの国に落とすとか、喧嘩を売られているとしか思えない。


やっと生活にも慣れて、ヨーダさんのことはちょっと面倒でも自分のペースで暮らせるようになってきた。ゴミから食べれる物を探すことも、雨水を濾過する方法も、自分が汚いのも強烈だったはずの臭いにも気付けば慣れていた。


ゴミの中なのに抜群の夕焼けスポットを見つけたりと、まだまだここには知らないことがありそうな予感もしている。何だかんだで新しい発見をする余裕が出てきたんだろう。自分の神経の図太さに乾杯したい。


家族と友達のことを思えば息苦しいくらいに胸が痛むけど、やっぱりだからこそ死ぬ気で生きたい。いつかもし帰れたなら胸張ってみんなに会えるように。


そして、もしも私がここへ来たことに理由があるのなら、その理由とやらを作った奴らに考え得る中で最大限の嫌がらせをしてやりたい。

まずは私を見つけてみやがれって話だ。ここから出て行き、帰る方法を探す方が得策かもしれないけど、それでもまだ何となく気力が湧かないでいた。それに私がこの世界の人間じゃないと知れたら、普通に考えてみて良いことばかりじゃ絶対ないと思うのだ。


目的の人物じゃない三流悪役なんかに捕まって死んだりしたら死んでも死にきれない。だから、私はまだこの世界の異物だと知られる訳にいかないのだ。




多分様々な理由で普通の暮らしを捨てたゴミの国の住人は、基本的に個人主義だ。

人を傷つけたり、誰かのものを奪ったり、そういった犯罪は厳しく対応するらしいが(そういう組織があるらしい、ゴミの国なのに)、それ以外の事に関してはすべてご自由にどうぞという状態。もっと言えば干渉するなということである。


私の先輩だった彼女も例に漏れずかなりの個人主義で、必要最低限を最短で私に教えるとまるで逃げるように私の前から消えていった。なので、ふと疑問に思うことや不安なことがあっても私は一人だった。


これはまだ食べられるのか飲めるのか。

そう言った根本的な部分が不安の大半だったと思う。思いきって食べるという選択肢は、清潔安全が当たり前の日本人な私にはかなり難しいことで、腐れかけた弁当と濁った雨水を目の前に置いて途方に暮れた。


そんな時にふと私は無意識に歌を口ずさんだのだ。

私の趣味の一つである歌うこと。小さな頃から歌うのが好きで、何かある毎に、と言うか何もなくても歌ってしまう。嬉しくても悲しくても忙しくても暇でも自然と歌う、趣味と言うよりは癖かもしれない。好きこそものの上手なれではないが、割と上手い方だと自分では思っているけど。


そんなこんなでこの状況でふと口ずさんだ歌はおなかの減る歌だった。

生死の掛かった場面でお腹と背中がくっつくとか歌っている自分がおかしくて少し気分が浮上したその時、目の前の弁当と水が一瞬きらりと光る。そして、次の瞬間には弁当は腐りかけから出来立ての湯気が立つ状態へと変わり、水は濁りが消えて氷まで浮かんでいた。

暫く呆けたように生まれ変わったそれらを見つめていたけど、すぐに立ち直った私は迷うことなく食べて飲んだ。


驚きはもちろんあったけど、今ここにいること自体が1番の驚きな訳で。何かしら理由があってここに来たのかもしれないと予想していただけに、何となくすんなりと受け入れてしまったのだ。


見たことも無い形のおかずは、とても美味しくて間違いなく出来立てほやほやの立派なお弁当。水だってミネラルウォーターと何ら大差ない。

腹ごしらえを終えて実験してみれば、案の定私が歌いながら見つめたものが一番良い状態に戻っていく。


この力と言うか、単純に私が歌を歌えばこのゴミの国もゴミの国じゃなくなるかもしれない。だけど、そんな目立つことをしたらあっという間に見つかってしまうに決まっている。見つかった方がいいのかもしれないけどなんかそれも腹立たしい気がして。

もう少しここで頑張って次に動き出したくなったら、その時は私の意思でこんな目に遭わせた張本人と対決してもいいかもしれない。そう思っていたのに。やっぱり人生って奴は思うようにはいかないものらしい。


寝床で横になりそろそろ寝ようかと思った時、ふと静かなはずのゴミの国がざわつき始めた。

気配なんて感じる能力が低い私が気付く程、誰かが声を上げて何かを叫んでいる。誰かが夜の闇の中走り回っている。身の危険を感じて家から飛び出した私は、周辺全体を見回せる近くのゴミの小山に駆け上った。ゴオと音を立てて吹く風は確かに熱を孕んでいる。


一体何が……駆け上がったその先で視界に飛び込んできたものは夜の闇を焦がす炎だった。


見渡す限りに広がるゴミの国があちこちで燃えている。それを実際に目の当りにして一瞬歌おうかと思った。そしたら元の状態に戻るだろうか?

だけど、その考えを躊躇うことも試すこともできなかった。



「……ユウさん、大丈夫ですか?」



不意に背後から声を掛けられて慌てて振り向く。そこには昼に会ったばかりのヨーダさんが静かに佇んでいた。



「大丈夫です。ヨーダさん、逃げないと」



自分で言いながら、でもどこへ? と思う。ゴミの国の出口さえ分からないのに一体どこへ逃げると言うのか。



「どうやらばれてしまったみたいです」

「え?」



遠くに聞こえる誰かの叫び声を掻き消すように炎が唸りを上げる。そんな異様な世界の中で落ち着きを払ったヨーダさんにふと怖さを感じた。



「王は各地に信頼できる臣下を派遣しました。内密にと言っても限度があるのは当然です。誰よりも早く、希求の歌姫を手に入れなくてはならないのだから。可能性が高い場所には必然的に力ある者が数人派遣されることになる」



淡々と話し続けるヨーダさんを見つめながら逃げるなら今かと考える。話の内容はしっかりと頭に入ってこないけど、多分この人は現段階では私の敵だと直感した。


180cmを超えるだろう長身に細身だけどガリガリではない体付き。改めてちゃんとヨーダさんを分析すれば間違いなく細マッチョだ。逃げたくても運動音痴の私が彼から逃げ切れるとは思えなかった。



「あの、何の話ですか? 早く逃げないと……」

「私はあなただと思うんですけどね」



逃げられないなら知らぬ存ぜぬで通してやる。

そう思ったら敵も中々のものだった。いきなり核心を突かれて一瞬ドキッとする。もちろんそれを顔に出す程甘くはないつもりだけど。



「先に逃げます。ヨーダさんも急いだ方がいいですよ」

「そうですね。この炎は暫く治まらないだろうから、そろそろ逃げた方がいいと思います」



走り出そうとした私の腕を掴み、ヨーダさんはそのまま強く引っ張った。勢いよく腕を引かれて転びそうになったところをサッと腰を抱かれて助けられる。


やっぱり体が硬い、立派な筋肉だ。

触れ合った部分からそう判断した瞬間、首元に衝撃が走った。一気に暗転する視界の中で、ヨーダの野郎、後で絶対復讐してやると私は心に誓ったのだった。





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