そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.5 < chapter.9 >
車両管理部のガレージでは、誰もが不安そうにノルベルトの帰りを待っていた。
騎士団員養成科を卒業しているのだから、最低限の武術は修得している。が、警備部や特務部隊と違い、車両管理部では日常的に戦闘訓練を実施しているわけではない。狂暴化した魔獣やモンスターとの戦闘経験など皆無である。
ガレージ中二階のオフィスに集まり、自然と身を寄せあう車両管理部の仲間たち。普段は乱暴な言葉遣いの整備士たちも、今は声をひそめている。
重苦しい空気に耐えかねて、ヨーナスが言った。
「あの! 私、コーヒー淹れてきますね! ちょっと空気変えましょう!」
「あ、ああ、そうだな。俺たちが暗い顔してたって、しょうがないもんな!」
シグテの言葉に、整備士たちもウンウンと頷く。
事務官の一人はすかさず戸棚からクッキーやゼリービーンズを取り出し、テーブルの中央に並べていく。甘いものでも食べれば、少しは気持ちが落ち着こうというものだ。
だが、ヨーナスが給湯室へ向かった直後、オフィスに不思議なことが起こった。
全ての照明が、一斉に点滅し始めたのだ。
「なんだ? 電源トラブルか?」
「コージーさん、そっちの端末大丈夫? データ保存してある?」
「ええと……あれ? いや、デスクトップは何ともないなぁ……?」
「あれ? じゃあこれ、照明だけ?」
「ガレージと休憩室はどうなってます?」
事務官のコージーに問われ、シグテがオフィスの扉を開ける。
と、その瞬間、謎の点滅は収まった。
「……終わった?」
「なんだったんだ? どっか配線イカレてるのか?」
「天井裏にネズミでもいるんじゃないか?」
「だとすっと、コード食われちまったかもなぁ……コージーさん、総務にネズミ捕り申請しといてもらえます? 配線は俺たちで見ておきますんで」
「了解でーす」
整備士たちは天井裏に上がるため、脚立や工具を取りに行った。
シグテも、ガレージと休憩室の様子を確認しに。
その他の面々も、緊張が解けたら尿意を催したようで、連れ立って便所に向かってしまった。
この瞬間、車両管理部のオフィスにはコージー一人が残された。
コージーは総務部に内線を入れようと、端末に手を伸ばす。
と、ちょうどその時、内線端末が着信を告げた。
「はい、車両管理部です」
コージーはいつものように内線に出た。だが、相手は何も言ってこない。
「……もしもし? そちらの音声が何も聞こえてこないのですが、端末の設定はどうなっていますか? マイクスイッチがオフに設定されていませんか?」
騎士団では部外秘の国家機密を取り扱う都合上、通話中であっても、瞬間的にマイクをオフにすることがある。端末を使用した人物がその状態で通話を切ってしまうと、次に使用した人物が気付かずに、そのまま内線をかけてしまうことがある。コージーは『またそのパターンか』と落ち着いていたのだが――。
「……て、くれ……」
「はい? もう少し、大きな声でお願いします」
「……だ。あいつは……の、世界線を越えて……」
「申し訳ありませんが、そちらの音声が聞き取れません。別の端末からお掛け直しいただけますか? そちらの端末、故障していると思いますので……」
そう言って通話を切ると、数秒後、もう一度着信があった。
「はい、車両管理部です」
数秒で別端末から掛け直せるのなら、内線端末を大量に保有している総務部からだろう。コージーはそう考えたのだが、聞こえてきた話の内容は、まったく意味不明なものだった。
「世界線を越えて連絡できる時間は限られる! 頼む、思い出してくれ! でないと、僕はそちらに帰れない! 僕の名前は……」
「……あの? もしもし? ……何だったんだ……?」
通話は途中で切れてしまった。しかし、はっきり聞こえた部分も、コージーにはまったく意味不明な内容であった。
「どっかで聞いたことがあるような声だったけど……誰の声だったかな……?」
確かに聞き覚えはある。日常的に、この声の主と会話していたような気さえする。それなのにどれだけ考えてみても、その人物の名前はおろか、会話の内容も相手の印象も、なにひとつ思い出せなかった。
妙なことがあるものだと首を傾げていたが、今は総務部に連絡しなければならない。必要な連絡であれば、またかけ直してくる。コージーはそう判断し、通話記録簿に『掛け間違い×二回』と記してこの件を終わらせた。
並行世界よりもたらされた通信は、誰にも届くことなく、間違い電話として処理された。