そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.5 < chapter.6 >
情報部、コード・ブルーオフィス。
普段は静かなこのオフィスは、時々、非常にやかましくなる。そしてその『時々』は、まさに今、この瞬間に発生していた。
言葉にならない謎の音声を発するピーコック。
自身が見聞きしたすべてが信じられず、頭を机に叩きつけるシアン。
ガラスのコーヒーポットを落としそうになり、飛び散ったコーヒーで火傷し、絶叫するアズール。
現実逃避するかのように、調子の外れた笑い声を発するコバルト。
嘘と裏工作と暗殺だらけの情報部員たちに、『魔法少女に変身するブラッドレッド先輩』は刺激が強すぎた。ブラッドレッドは最重要機密とされた事件の現場にいて、公式記録に名前が残っていない。彼らはつい今しがた、その理由について話し合っていたのだ。
コードネームが付与される以前の、本名を隠匿する目的ではないか。
別の案件に『名前だけ』を貸していて、同日に発生したこの件には関わっていないことにされたのではないか。
はたまた、モンスター相手に敗北した責任の所在について、特務部隊と近衛隊との間で、何らかの取引が成立したのではないか。
様々な意見が飛び交っていたさなかに、あの変身シーンだ。固定カメラ越しの映像を見ていただけなのに、四人の脳内には無駄に高揚感のあるBGMと、『シャララララ~ン♪』『キュピーン!』という効果音まで流れていた。
あまりに想定外な出来事であった。彼らは立ち直るまでに、三十秒を浪費した。
「……えっと、これ、幻覚じゃないよな? な? シアン?」
「あ、ああ。変身……した……よな? ここに映ってる美少女、ブラッドレッド……だよな?」
「あの~、変な脳内BGMが流れてたんですけど……僕だけですか?」
「いや、僕にも聞こえてたねぇ。たしか、こんなメロディーの……」
ハミングするコバルトに、他三人が一斉に頷いてみせる。たしかに、全員が同じ変身BGMを聴いている。何かの間違いではなさそうだ。
特務部隊オフィスでは、ブラッドレッド――否。熱愛騎士マジカ☆ルミナが、自身の能力と『神』について話をしているところである。
「……なるほど。魔法少女なんてワケのワカランものに変身していたから、公式記録に名前が記載できなかったのか……」
「一つの現場に、『神の器』が四人もいたとはな……」
「それでも勝てないモンスターって、本当に何なんですか……?」
「いや~……困ったねぇ?」
画面の向こうではもう一人の魔法少女、ハーティ★ピアスとの対話が行われているが、『神の声』が聞こえる範囲は特務部隊オフィスに限定されているようだ。固定カメラ越しの四人には、マジカ☆ルミナの声しか聞こえない。ボビーおじさんの体調に、なんらかの問題が生じた、ということのようだが――。
「あ、セレンも変身した!?」
「いや、これ、中身はそのままだろ……?」
「本人が『イメクラ』って言ってますしね……?」
「ということは、ベイカー隊長とロドニー君も、ああいうコスチュームを着せられると……?」
コバルトの言葉に、他三人は曰く言い難い表情でフリーズした。
ありとあらゆる非常事態に冷静かつ適切に対処できるよう、彼らは日頃から、非常に高度で特殊な訓練を受けている。
いかなる事態に直面しても、眉一つ動かさないポーカーフェイスであること。
呼吸や脈拍から感情を読まれぬよう、意識して一定のリズムを保つこと。
即座に行動できるよう、リラックス状態でも、ワンモーションで立ち上がれる姿勢を保つこと。
それらを完璧に身に着けたエリート情報部員たちが、表情作りに失敗したまま凍り付いている。
美少女顔のベイカーはともかく、筋肉質なオオカミオトコを女装させて、何がどうなるというのか――?
想定外の事態が連続しすぎて、誰もが冷静さを欠いていた。
「まあ、ほら、あれだ。ベイカーはアリだと思う」
「右に同じく」
「ベイカー隊長ですしね!」
「顔が美少女ならスカートの下はどうだっていい!」
「問題はロドニーだ!」
「あの筋肉でミニスカは無いだろう」
「ですよね! 大問題ですよ!」
「せめて脛毛は剃ってもらいたいねぇ!」
「「「ホントそれ!」」」
これ以上ないくらい、どうでもいい会話が交わされてしまった。
今、この中央市のどこかに最強最悪の闇のモンスターが潜んでいる。それは三十年前、『神の器』が四人いても、全く歯が立たなかった強敵だ。そんな切迫した状況だというのに、魔法少女・熱愛騎士と、イメクラ戦士のインパクトに負け、彼らはすべての思考を放棄した。
「新旧魔法少女チームの共闘かぁ~。いやぁ~、感動の展開だなぁ~。これはもう、涙のクライマックス必至だよなぁ~!」
「いや、あの、ピーコック? これは魔法少女の共闘……なのか? セレンのほうはコスチュームだけだが……」
「あ、そうだ! 僕、コーヒー淹れ直してきますね!」
「それならアズール、僕の分は特濃でお願いできるかな? 本……っ当に、ものすごく特濃でお願いしたいんだけども……」
「じゃあ俺のもヨロシク!」
「俺のも特濃で頼む!」
「大丈夫です! はじめからそのつもりですから!」
グッと拳を握るアズールを、これほど頼もしく思ったことはない。
我々には、気付け薬が必要だ。
この瞬間、彼らは同時にそう考えていた。