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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.5 < chapter.4 >

 グラスファイアは焦っていた。

 特務部隊と鉢合わせるなんて、とんだ誤算である。自分はただ、裏社会で流れる噂の真偽を確かめに、『現場』に足を運んだだけなのに――。

(クソッ! なにがどうなってやがる! どうしてあいつらが、『伝説のルンペン』を……!)

 グラスファイアはエランドファミリー傘下の不動産管理会社を経由して、何週も前から店の経営者にアポを取っていた。そして今日、ようやく双方の都合に折り合いがつき、店を訪ねることができたのだ。

 まだ誰も出勤していない店舗内で経営者の男と簡単な挨拶を交わし、グラスファイアはこう尋ねた。

「月に一度、この店に伝説のルンペン、ボビーおじさんが現れる。そんな噂が流れているが、それは本当か?」

 この質問を発した直後、店の扉が勢いよく開かれた。

 姿を見せたのは、特務部隊のトニー・ウォンである。

「伝説のルンペンがここに現れたのか!?」

 勢いでそう言ってから、トニーはそこにいる人間がグラスファイアであると気付いた。

「グレンデル・グラスファイア……! そうか! さては貴様が、今回の件の黒幕だな!?」

 もちろん、これは適当に発した言葉である。今回の件も何も、この時点でトニーが調べているのはボビーおじさんの居場所だけ。特にこれといった事件は発生していない。

 しかし、グラスファイアはマフィアの若頭だ。探られて困る腹は優に三桁を数える。適当にカマをかけ、ボロを出すようなら自供を根拠に逮捕。逃げるようなら追跡し、器物損壊や道交法違反など、何らかの刑法違反を犯した時点で逮捕。これはトニーの得意な手法で、たいていのマフィアは反射的に『逃走』を選択する。

 グラスファイアもご多分に漏れず、即座に逃走を図った。

 この場に足を運んでいるのは本人ではない。脳死状態の人間を使ったゾンビゴーレムである。幻覚魔法でグラスファイアに見えるよう、細工してあるだけなのだ。死体ゴーレムの製造も、幻覚魔法でのなりすましも、言い逃れのできない明確な違法行為だ。『この身体』を拘束されるのは非常にマズい。

 グラスファイアは店の裏口から逃げ出した。トニーとチョコがそれを追う。そして店から三百メートルほど南下した開発予定地で、追いつかれ、交戦する破目に陥ったのだが――。

(なんだ!? この黒いのは……っ!)

 正体不明の敵の出現。しかし、どうやらこれは特務部隊の味方ではないらしい。

 あいにく仕留めることはできなかったが、この闖入者のおかげで強敵、ラピスラズリとの戦闘は回避できた。

 一瞬の隙を衝いて再び逃走を図りつつ、グラスファイアは考える。

(トニー・ウォンの反応を見る限り、特務も『伝説のルンペン』を探しているらしいが……あいつらも、俺と同じ情報を掴んだのか? それとも、俺が掴んだ情報がガセで、俺は特務にハメられたのか……?)

 そうだとすれば、あの経営者も特務とグルだったことになる。しかし、すぐにそれは無いと判断する。本当に罠を仕掛けるつもりなら、店の周辺にもっと大人数を配置し、大火力のゴーレム兵で総攻撃を仕掛けたはずだ。裏口は塞がれず、途中の路地に障害物も置かれず、今も何かに誘導されることなく、自分の思う方向に移動できている。今日のこの遭遇は、間違いなく、百パーセントの確率で『ただの偶然』と断言できる。

 けれども、偶然にも程があるというものだ。つい先日、南部行き列車で向かい合わせの席になってしまったばかりである。あの件といい、今回といい、これほど奇妙な偶然があって良いものだろうか。これではまるで、何もかもを仕組まれて、誰かの手の中で踊らされているようで――。

(んなワケねえだろ! クソ! 調子が狂う! そんな事ができるとしたら、それこそ、『神』とかいうヤツくらいしか……!)

 と、そこまで考えて、グラスファイアは背中に悪寒が走る瞬間を自覚した。

(『神』……そうだ。俺は、いつから『神』に祈らなくなった……?)

 幼い日、グラスファイアは確かに『それ』に祈っていた。

 山に入るたび、三差路の真ん中でこう祈ったのだ。



〈かみさま、かみさま、きいてください。

 わたしはぶじにかえりたいのです。

 どうかわたしをみまもってください。〉



 あの日、グラスファイアは帰れなかった。

 隣の山にいる間に、あの地域における、有史以来最大級の地震が発生。山の斜面は大規模崩落を起こし、グラスファイアの家は町ごと消えた。

 何もかもが土に埋まった。

 生存者はいなかった。

 家族の遺品も、なにひとつ回収できなかった。

 生き残ったのは、隣の山に出かけていたグラスファイアと兄だけで――それから先の人生は、思い出すのも忌々しい、最低最悪の連続だった。あまりにひどい暮らしに心はすっかり擦り切れて、神への祈りなど、ついぞ忘れてしまったが――。

(なぜだ!? どうして今、そんなことを思い出す!? 神が本当に居るのなら、どうしてあの日、俺たちを……お兄ちゃんを、守ってくれなかったんだ……!?)

 兄はたしかに無事だった。ただし、それは体だけ。生まれ育った町が山ごと崩れ落ちていくさまを目撃し、兄はショックで気を失い、そのままずっと眠り続けている。まるで心が、魂が壊れてしまったかのように、ただただ眠り続けているのだ。

(……俺たちは……いや、俺は、あの時から……!)

 グラスファイアはあの日以来、自分の身体を抜け出して、脳死状態の人間や、心が壊れた人間に憑依できるようになった。なぜそんな能力に目覚めてしまったのか、理由は全く分からない。

 だが、しかし。

(……なんで、これまで一度も考えなかったんだ……? こんな『ありえない事』ができるとしたら、そんなの、絶対……!)

 自分は祈った。だが兄は、真面目に祈る自分を小馬鹿にして、祈りを捧げないまま山に入ることが多かった。


 本来なら一人しか助からない『一人分の祈り』で、無理矢理二人を生かしたら――?


 自分の想像にゾッとした。

 もしもそうだとすれば、何もかも、辻褄が合ってしまう。

 地震で故郷は無くなった。けれども、自分はもう何度も、『地震の前日』に戻っている。そう、お祈りした通りだ。自分は時間を巻き戻し、『無事だったころの自分の家』に帰っているのだ。そしてそこから、何度も、何度も、同じ大地震の恐怖を経験し――。

(……あの『かみさま』が、祈りの言葉通り、ずっと俺を『みまもっている』……?)

 そんな馬鹿な、と笑い飛ばしたい。

 笑い飛ばしてしまいたいのに、それができない。

 神はいる。

 それは知っている。

 この世界のすべての種族には、それぞれの種の原型となった始祖がいる。その始祖こそ、『地上の神々』と呼ばれる存在である。時折現れる『神の器』と呼ばれる人々は、その『神』の言葉を聞き、力を使い、『種の記憶』という、隠された能力に目覚めるのだという。

 だが、考えたことも無かった。自分が毎日のように祈っていたあの『かみさま』が、本当にそこにいて、自分の声を、祈りを、ちゃんと聴いていただなんて。ましてやそれを、叶えてくれていただなんて。

(そんなことが……いや、いくら考えても無駄だな。それより今は……っ!)

 グラスファイアはダウンタウンの薄暗い路地裏を駆け抜け、一切速度を落とさぬまま、全力ジャンプで運河に飛び込んだ。

 なぜそんなことをするかといえば、この体を捨てるためだ。

 これは脳死状態の人間を使ったゾンビゴーレム。幻覚魔法を解いてしまえば、顔も体型も、グラスファイアとは似ても似つかぬ別人に戻る。幻覚魔法は一切の撮影機器に映らないため、どこかで録画されてしていたとしても、『グレンデル・グラスファイア』の顔は記録に残らない。

 体内に仕込んだいくつかの呪符も、痕跡が辿れぬよう、徹底的に細工を施しておいた。特務がこの死体を運河から引き上げても、グラスファイアが関与した証拠は一つも掴めないのである。


 あたりに響く、大きな水音。

 今回も、グラスファイアはまんまと逃げおおせてみせた。


 それから一分後、トニーは浮かび上がってきた死体を見て、盛大に舌打ちした。それは誰がどう見ても、薄汚れた身なりの、小太りの中年女だった。この女をグレンデル・グラスファイアだと――細身の若い男だと思って追っていたのだ。顔も体も、目や髪の色も、何一つとして共通する要素が無いのに、だ。

 遅れてやってきたチョコも、息を切らしながらその場にへたり込む。

「うっそだろぉ~? こんな下っ腹の出たオバサンが、どうやって俺たちより速く走ってたんだよ~!?」

 ともかく、死体を引き上げる必要がある。

 チョコは死体が流れてしまわぬよう、《緊縛》を使った。本来は逃げようとする犯罪者を拘束するための呪文だが、色々と応用の利く、便利な魔法でもある。死体に魔法の鎖を絡め、トニーと二人がかりで岸へと引き寄せ――そこで二人は、ほぼ同時に嫌な予感を抱いた。

 岸まであと二メートルというところで、鎖を引く手を止める。

「……なあ、チョコ? これ、引き上げて大丈夫だと思うか?」

「いんや。もしも俺がグラスファイアなら、ゼッテェ爆弾仕込むね。死体に残された痕跡を木っ端微塵にできるし、ついでに俺たちに攻撃もできる」

「どうする?」

「現場を保存しておきました! という名目で、情報部待ちとか……どう?」

「そうしよう。どうせ誰か来るよな」

「うん、ラピさんが来てたんだから、他にも何人かいるっしょ」

「一匹見たら、二十匹はいるってヤツだな……」

「ゴキブリかよ!」

 二人は不意の爆発に耐えられるよう、自分たちと死体の間に《物理防壁》を構築した。そして川岸に放置されていたビールケースをひっくり返し、椅子代わりに腰を下ろす。

「早く誰か来ないかなー」

「なー」

 先輩の使い方を覚えてしまった悪い後輩たちは、運河のドブ臭さに耐えながら、情報部の到着を待った。

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