そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.5 < chapter.2 >
「まずは手分けして、資料集めだな」
ベイカーはロドニーとマルコを本部内の資料室へ、トニーとチョコを『呑み処・へべれ家』へ向かわせた。キールは中央市役所、ハンクは税務署、レインは情報部に問い合わせを行い、それらしい情報を片端からまとめていく。
普段はドタバタと大騒ぎしている連中だが、基本的には有能な男たちである。特に細かい指示を出さずとも、自ら率先して動くことができる。
今日の調べ物は、隊員の身に危険が及ぶような内容ではない。ベイカーもグレナシンも、それぞれの執務室でのんびり情報が集まるのを待っていた。
だが、午前十一時を過ぎたころだった。
事態が急変した。
「はあっ!? 何と交戦中ですって!?」
グレナシンはトニーからの通信に、思わずそう訊き返してしまった。
「グレンデル・グラスファイアです。手ごたえがおかしいので、おそらくニセモノだと思いますが……」
「場所は?」
「『へべれ家』裏の路地を南に三百メートルほど移動した開発予定地です」
「増援は必要かしら?」
「いえ、俺とチョコで抑えられます。周辺域の警戒と魔導探査、情報部への通報をお願いします」
「了解。どうせゾンビゴーレムなんだから、無理に捕縛する必要はないわ。怪我しそうになったら、すぐ逃げなさいよ」
「ありがとうございます」
通話を終え、直ちに情報部に連絡するグレナシン。しかし、その時には情報部も事態を把握していた。そのうえ既に、コード・ブルーから戦闘要員を向かわせているという。
通信に出たコード・ブルーのピーコックは、ため息交じりにこう言った。
「もしかして、『なんでそんなに速いの~?』とか思っちゃってる?」
「ええ、若干ね?」
「内部監査用のカメラで、そっちの行動は逐一チェックさせてもらってる。なんたって特務部隊には、『玄武』なんて超弩級のペットがいるワケだし? あの亀が本当に安全か分からない以上、通常ミッション以外の、すべての行動を監視するしかないんだよなぁ?」
「あらそうなの~、大変ねぇ~。神獣を飼いならすのがイケナイなら、アタシと隊長はどうなるのかしら? カミサマ憑いてるわよ?」
「もちろん、はじめからずっと危険物扱いだけど?」
「そう言う割に、いつも放ったらかしじゃない?」
「そう? これでもキッチリ監視してるんだけどなぁ?」
「本当は何を調べようとしているのかしら?」
「正直に答えたら、素直に教えてくれる?」
「状況次第」
「だろ? だから答えたくないんだよ。そっちの『状況』が、こっちの都合と一致してるか分からないし」
「そうねぇ? それはこっちも同じだけど……どう? うちの『カミサマ』のお告げ、聞いてみる?」
「お告げって、俺に?」
「ええ。要らない?」
「いや、一応聞いとく」
「OK、それじゃ……『世界は非常にシンプルだ。君が考えるほど、誰もが複雑な思惑を持って動いているわけではない。考えすぎるな』……だってさ」
「シンプル……ねえ? 本当にシンプルなら、俺の仕事、こんなに面倒臭くないんだけどなぁ?」
「ホントそれ。分かるわぁ~」
「お前が言うのかよ。アテにならねえな」
「そんなもんよ、神なんて。一方的にアテにしたって、それだけじゃ、何も与えてくれないわ」
「見返り要求されんの? 神なのに?」
「ええ、そうよ。神だからこそ、こちらからも与える必要があるの」
「うっわ~、ギブアンドテイクってヤツ? 面倒臭ぇ~。俺、そういうの苦手だから。神頼みせずに自力で頑張るわ」
「それはそれでいいんじゃない? 自分を信じて、って感じかしら?」
「どちらかというと、決死の覚悟で、かな? ああ、嫌だね。俺はどうにかして、自分だけは生き延びてやろうってタイプなのにさ。情報部なんてクソッタレ部署じゃあ、どこに転んでも生涯飼い殺し決定じゃないか。ああ、嫌だ嫌だ。シンプルに嫌だ。なんて地獄だ」
大袈裟に嘆いてみせるピーコックだが、本当に情報部が嫌だったら、この男の性格なら、とうの昔に自害して果てているだろう。事実、昨年度もコード・イエローの隊員が頭に爆薬をくくり付けて飛び降りている。腹でも胸でもなく、頭だ。それも地面に直接ぶつかる、頭頂部に爆薬をくくり付けたのだ。
脳死した場合、身寄りのない騎士団員は強化人間の実験素体として使われる。死にきれなかった場合を考えて頭を吹き飛ばすなど、なかなかできることではない。絶対に、確実に死んでやる、という揺ぎ無い決意が感じられた。
二人は死んだ情報部員のことを思い浮かべながらも、そのことを口には出さず、今後に必要な連絡事項を確認して通話を終えた。
グレナシンとの通話を終えた直後、ピーコックはナイルの端末を呼び出した。ナイルは今、ラピスラズリとともに現場に向かっているはずなのだが――。
「え? 一緒じゃない?」
「うん。ラピには先に行ってもらった。ステルス呪符装備で上空五百メートルからフリーフォールすれば、グラスファイアでも気付けないっしょ?」
「前回俺が似たようなことやっちゃたけどな?」
「二番煎じでもいいんじゃない? エンカウントと同時に一撃入ればこっちのモノなんだし」
「ま、それもそうか。索敵のほうは?」
「オフィスを出た瞬間から始めてるけど、今のところ、グラスファイア以外に敵性存在は無さそう」
「そうか……それなら、このエンカウントはあっちにとっても想定外かもしれないな」
「だといいんだけどね。一応、仕込みがある前提で動いとくよ」
「ああ、そうしてくれ。健闘を」
「吉報を待たれよ♪」
明るい声でそう言って、ナイルは通信機越しに手を叩く音を響かせた。拳と拳を突き合わせる挨拶、フィストバンプの代わりらしい。
プツッと切られた通信の後、ピーコックは小さく吹き出した。
嘘と隠蔽と暗殺だらけの情報部に、『吉報』なんてモノは存在しない。型通りに「健闘を」と言うが、正直な話、返答は期待していないのだ。
だが、さすがは情報部一の根明キャラである。ナイルが「吉報を待たれよ」と言うと、本当にいい知らせを待ちたくなる。
「ったく、やめてくれよな~? 調子狂うっての!」
投げ捨てるように通信端末を置き、ピーコックは、先ほどから着信ランプが点滅している内線端末を手に取る。
「はい、こちらコード・ブルー、ピーコック」
「コード・レッド、ブラッドレッドです。特務部隊が調査している居酒屋について、こちらで把握している情報をお伝えします」
「はい、お願いします」
「あの居酒屋が入居している雑居ビルは、彼らが調査中の人物、『ボビーおじさん』の所有物です」
「え、本人の所有物なんですか? だとすると、所得の申告や納税はどうしているんでしょう? 公的機関には一切関わらない人物だと聞きますが……?」
「不動産管理会社に委任されています。所得税や固定資産税の納税を代行し、テナント収入から諸経費を差し引き、その後に残った収益をすべて管理会社が受け取る契約のようです」
「全額? 目抜き通りの一等地の、六階建てビルで? それ、とんでもない額ですよね?」
「ええ。本当に必要な経費以外は、すべて管理会社の手元に残る契約ですからね。毎年億単位の収益を上げていますよ」
「そのビルでグラスファイアと鉢合わせた、ということは……」
「はい。その不動産管理会社は、エランドファミリーの傘下にあります」
「それなら、『ボビーおじさん』もエランドファミリーの協力者でしょうか?」
「いいえ。それはあり得ません」
「なぜそう言い切れるんです?」
「彼は私の友人ですから」
「……はい?」
「友人なんですよ。月に一回、件の店で軽く飲む程度の関係ですが」
「あの……伝説のルンペンって、連絡する方法が一切存在しないから、『伝説のルンペン』なんですよね……?」
「そうですね。連絡手段はありません。前月に約束した日時に、あの店に行けばいいだけですから」
「それ、上のほうには……」
「アガットにもセルリアンにも報告済みです。王宮側も把握しています」
「王宮も?」
「私たち、関係者なんですよ。第一級国家機密事案、『市議会議員会館の怪異』の」
「!?」
ピーコックは、全身に冷水を浴びせられた気分だった。
市議会議員会館の怪異。それは、情報部員ならば誰もが知る事件である。三十年ほど前、当時騎士団内で『最強』と呼ばれていた近衛隊員が、その怪異の前に為す術もなく敗北した。それどころかその騎士は、『闇の怪物』に身体を乗っ取られ、現場に同行した呪術師を攻撃したのだ。
現場に居合わせた人間は、そのほかに三人いた。一人は怪物を追って亜空間に入り、そのまま行方不明に。残り二人は怪物に操られた近衛隊員と交戦し、彼を正気に戻すことに成功したという。
その三人は、三十年を経た今なお、どこの誰とも判明していない。
そう、公式記録では、『そういうこと』になっているのだが――。
「……まさか、あなたが『氏名不詳の三人』の一人?」
「はい。そして、行方不明の一人は、私の妹です」
「妹さん……ですか。あの、では、最後の一人は……?」
「ボビーです」
「ということは、現場には『騎士団最強の男』と、『史上最強の魔導士』と、『特務の一番槍』と、『当代最高位の呪術師』が揃っていたことになりますね……?」
「それでも勝てなかったんですよ、私たちは。あの怪物には……」
「それを俺に話してくれるということは、この件との関連が……?」
「そうです。あの居酒屋のヴィジャ盤は、ボビーが作った『警報装置』です。怪物の出現を感知すると、それを騎士団の関係者に知らせようとします」
「そのキーワードが、『ミミズヤヲサガセ』?」
「はい。ですが、もう三十年も経ってしまいましたからね。特務のキール君がキーワードを知らなかったのも、無理もありません。君も知らなかったのでしょう?」
「ええ、まあ……俺が特務にいたころには、もう、そんなキーワードは……」
「ほかにもいくつか、語り継がれるべき重要な符丁が失われています。それらについては、機を見てお教え致しましょう。それより、今はなにより……」
「その怪物が、今どこに潜んでいるかを調べること、ですね?」
「その通り。他の部署にも、これから連絡を入れますが……気を付けてください。あれは、本当に手に負えない強敵です。絶対に、戦おうとしないでください。こちらの手勢が強ければ強いほど、あれもまた強くなってしまう。あれは、そういう特性の敵です」
「コピー能力ですか?」
「いいえ。もっと厄介な能力なのですが……口で説明することが難しい。あれは、本当に難解な能力を持ちます。近づかないでください。触れないでください。先入観を持たないでください。あれに常識は通用しません」
「分かりました。全メンバーに、そのまま伝えます」
「ありがとう。では」
通話を終えた端末を戻し、ピーコックは天を仰いだ。
コード・レッド所属情報部員、ブラッドレッド。彼の特務部隊時代の二つ名は『特務の一番槍』。普通は成し遂げた功績に応じて二つ名が与えられるものだが、彼は騎士団員養成科に通っていたころから、すでに『一番槍』と呼ばれる存在だった。ありとあらゆる武術大会で優勝を掻っ攫い、鳴り物入りで騎士団に入団。現場に出れば、どんな事件も速攻解決。凶悪犯も魔獣も暴走ゴーレムもあっという間に取り押さえ、どんな危険な現場からも無傷で帰還する。情報部に異動してからは、反社会的勢力対策の専門部署、コード・レッドでその戦闘能力を余すところなく発揮している。
今『情報部最強戦力』と呼ばれているのはシアンだが、その実力はブラッドレッドに遠く及ばない。ブラッドレッドが加齢を理由に第一線を退いたことで、自動的に譲られた称号でしかないのだ。
そして一緒に現場にいたという、魔導士と呪術師。『史上最強の魔導士』と『当代最高位の呪術師』が揃い踏みしていて、それでも勝てなかった怪物と言われると――。
「……うちの馬鹿ども、絶対に戦いに行くよな……?」
ラピスラズリはつい先刻、グラスファイアと戦わんと、自主的に出て行ってしまった。慌ててナイルをサポートにつけたのだが、そのナイルすら置き去りにして、上空五百メートルからの降下作戦を実行中だ。そのラピスラズリが、『謎の強敵出現』の一報を聞いて、じっとしていられるだろうか。
「……いや、それ以前に、だ……」
ラピスラズリもナイルも、天文学的確率で怪奇現象とエンカウントする。グラスファイアと交戦中のトニー・ウォンとチョコレートシロップ・カカオシード、馬車の御者を務めるデニス・ロットンも同様だ。
そんな『怪奇事件誘引体質』が五人も揃って、何事も起こらないはずがない。
「あいつら、まさか、もう遭遇してたりしないよな……?」
外線端末に着信表示は無い。
現着、遭遇、交戦開始時にサポートのナイルから入るはずの連絡が、これまでに一つも入っていないのだ。
「……嫌な予感しかしないんだけどぉ~……?」
そうぼやきつつも、ピーコックは自分の仕事を手際よく片付けていった。