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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.5 < chapter.1 >

挿絵(By みてみん)




 ネーディルランド全土から人、物、話題が集まる巨大都市、セントラルシティ。ありとあらゆる流行はここから始まり、全国へと拡散していく。

 これまでになかったビジネススタイル、斬新なファッション、伝統にとらわれない創作グルメ。常識を凌駕した技術革新と、それを用いたゲームや教育プログラム。スポーツやアミューズメント、エンターテインメント。すべての『最先端』はこの街にあり、その流行を乗りこなしてこそセントラルの人間である。

 中央市在住者は、程度の差こそあれ、誰もがそれを誇りとして生きている。それ故彼らは、こう言われると例外なく食いついてしまう。


「えっ? お前、まだ『アレ』知らねえの? 遅れてるぅ~!」


 今日もその気質により、一つの事件が始まった。

事の発端は特務部隊員、キール・フランボワーズのこの言葉である。

「デニス、ミミズ屋って知ってるか?」

「はい? ミミズ屋……ですか?」

「そう、ミミズ屋」

「ミミズって、あのミミズですよね? 釣り餌とかの」

「だと思うんだが、釣り仲間に訊いてみても知らないって言うんだ。新しい釣り餌屋じゃないなら、一体何の店なのかと……」

「ミミズ屋……ミミズ屋ですか。なんでしょう? ゴヤさんが好きなゲテモノ系飲食店とか……?」

「それが、ゴヤに聞いてもそれらしい情報は無いみたいで……」

「釣り餌でもゲテモノでもないミミズ……気になりますね?」

「気になるよな?」

「ええ、とっても……」

 キールもデニスも、中央市で生まれ育った生粋の中央っ子である。新しい店、それも『よく分からない店』の情報には人一倍敏感だった。

 自分の部署に戻ったデニスは、同僚たちにこう訊いた。

「ねえ、『ミミズ屋』って知ってる? 新しくできた店らしいんだけど、どこにあるか誰も知らなくてさぁ」

 好奇心旺盛な同僚たちも、さっそくこの話題に食いついた。

 情報通の遊び人、デニスにも掴めていない新店舗情報である。件の店の場所を突き止め、本部職員の誰よりも早く来店すれば、騎士団本部の話題の最先端に立てる。

 この日の夕刻、車両管理部の職員たちはそれぞれに見当をつけ、『ミミズ屋探し』に繰り出した。




 デニスが見当をつけたのはペットショップだった。小型、中型鳥類の中にはミミズや芋虫を主食とするものもいる。それらの養殖業者のことではないかと予想したのだが――。

「いやあ、うちではそういう業者さんの話は聞いてませんねぇ?」

「そうですか……ありがとうございます。お忙しいところ、どうもすみませんでした」

「いえいえ、いいんですよ。それよりこれ、新発売のオリゴ糖配合飼料なんですが、その子たちにいかがです?」

「え? その子たちって……あっ!?」

 いつの間に顕現していたのか、両肩には鳳凰がいた。二羽の神獣はオカメインコのふりをして、愛らしく首を傾げている。

「ゴ~ハン♡ ゴ~ハン♡」

「ホーちゃん、ゴハンだぁいすキ♡」

「お! おしゃべり教えてるんですか? 鳥さんたち~、コンニチハ~♪」

「こぉ~んにぃ~ちワァ~♡」

「こんにちワッハッハァ~♡」

「お返事できるなんて、賢いなぁ~♪ 主食のほかに、塩土やカトルボーンもいかがですか? あとこちら、鳥類の飼料用に品種改良された『自家製・無農薬! シャキシャキ小松菜栽培キット』も、ちょうど今日入荷したところなんですよ! ものすごく人気で、もうこれが最後の一鉢なんですが……」

「そレくださイ! そレくださイ!」

「デニス、お財布! お財布!」

「ちょっとホーちゃん!? オーちゃん!? 僕を無視して勝手に答えないで!?」

「で、どうします?」

「じゃあ、あの、オリゴ糖飼料とカトルボーンと小松菜を……」

「まいど~!」

 両肩の鳥たちは嬉しそうにピヨピヨと、極上の美声で囀っている。このようなゴキゲン鳥に向かって、文句を言える動物好きはいない。デニスは予定外の出費を強いられながらも、満面の笑みで店を後にした。




 車両管理部のその他の面々も、それぞれ園芸用品店、魔法薬店、前衛アートのギャラリーなどを訪ねていた。しかし、どこに行ってもそれらしい情報は見つからない。歩き疲れたシグテとヨーナスはミミズ屋探しを諦め、行きつけの居酒屋へと繰り出した。

 居酒屋、『呑み処・へべれ家』。

 この店はこだわりの酒があるわけでも、特別美味い料理を出すわけでもない。ごく普通のビールとつまみと、たった一つの名物料理があるだけだ。

 その料理の名は、そのものズバリ、『名物料理』。

 そのメニューをオーダーして、何が出てくるかは分からない。日替わりメニューというわけでも、店主のオススメというわけでもない。かといって、ダブついた不人気メニューの押し付けでも、新作メニューの試作でもないのだ。

 このメニューをオーダーすると、占いに使用するヴィジャ盤を渡される。そのヴィジャ盤の上に手をかざすと、盤上のコインがひとりでに動き始め、一文字ずつメニュー名を指し示していく。シグテは来店するたびに『名物料理』をオーダーしているが、毎回異なる料理を提供されている。さて、今日はいったい何が出てくるのだろうか。シグテが胸を躍らせながら、ヴィジャ盤に手をかざすと――。

「……なんだこれ?」

「料理名じゃない……?」

 周りの席の客も、店員も、店の大将も、盤上のコインの動きを真剣な眼差しで追いかける。


〈ミ、ミ、ズ、ヤ、ヲ、サ、ガ、セ〉


 シグテとヨーナスには意味が通じるが、その他大勢には何のことだかさっぱり分からない。

 店の大将はヴィジャ盤を持ち上げて、盤の裏側をバシバシと叩き始めた。

「こら! サボるな! お前、一昨日も訳の分からないメッセージを出しやがったじゃねえか!」

 このヴィジャ盤には、サービス業向けオートマトンと同等の疑似人格が組み込まれているらしい。「ひえぇ~」と悲鳴を上げたかと思うと、哀れっぽい声で弁明を始めた。

「申し訳ございません! ですが、仕方がないのです! 元来わたくしめは占いグッズ。使用者にとって最も必要と思われるものをご提示させていただくのがわたくしの使命。こちらのお客様には、このメッセージこそが最適であるとの占い結果が……」

「うるせえ! うちは居酒屋だ! 燃やされたくなけりゃあ、おとなしく『名物料理』の中身を決めやがれ!」

「は、はいぃ~! 申し訳ございませんんん~っ!」

 再び卓上に置かれたヴィジャ盤は、今度こそ正しく料理名を指し示した。

 今日の『名物料理』は、『スズキと香味野菜のグリル、ピーナッツチリソースがけ』。シグテの好みを見事に反映した、「まさにそれが食べたかった!」と思える料理である。

 ヴィジャ盤は壊れていない。それどころか、これ以上ないほど的確に必要なメッセージを指し示してみせた。

 シグテとヨーナスは大将の手が空いたタイミングを見計らい、『一昨日のメッセージ』について尋ねてみる。すると、大将は困った顔でこう答えてくれた。

「今日とおんなじだぜ。『ミミズヤヲサガセ』って」

「いまさらだけどさぁ、大将、あんなのどこで買ってきたの? 疑似人格と会話機能までついてるなんて、普通は貴族向けアイテムでしょう? 相当お高かったんじゃない?」

「いや、タダだけど?」

「タダ!?」

「この店始めるとき、最初からここにあったんだよ。前の借主が色々置きっぱなしで出て行っちまったらしくてな」

「へぇ~……ってことは、他にもなんかあったの?」

「ああ。そこに飾ってあるタペストリーと、時計と、花瓶と……ああ、あとアレもだ。鹿の剥製」

 そう言われて、改めて店内を見回すシグテとヨーナス。するとどうだろう。タペストリーは細かい図形をいくつも組み合わせた複雑な図案だし、時計は惑星の公転周期を表示する天文時計。花瓶と呼んだガラス瓶はどう見ても魔法薬の調合器具で、剥製は鹿によく似た魔獣の首だ。『呑み処・へべれ家』なんて名前の店にはあってはならない、上級魔導士の持ち物である。

「えぇ~と……大将? ここの前の借主って、何屋さんだったの?」

「さあなぁ? よくわからねえけども、なんかの研究者だったらしいぜ?」

「ふぅ~ん? そうなんだぁ~……」

 何気ない調子で相槌を打ちつつ、シグテとヨーナスは目配せを交わし合う。


 ここが話の出どころか。


 二人は王立騎士団、車両管理部の人間である。ゴーレム馬車の御者として、特務や警備部の面々とともに様々な現場を経験している。貴族や豪商が所有する魔導式アイテムも、高位のウィザードが儀式に使用するアイテムも、日常的に見慣れているのだ。

 あのタペストリーは非常に複雑な召喚術式を図説したルートマップで、天文時計は隕石や重力波、宇宙線を利用する超高難度攻撃魔法の計算用アイテム。魔法薬の調合瓶はガラスの厚みと形状を見る限り、猛毒か強酸を扱う際に使用する器具だ。

 これらのアイテムから推察できる職業は、『魔法の研究者』などではない。異界の魔獣を召喚し、その血肉を売る者、『魔導猟師ウィザードリィハンター』である。

 二人は小さく頷き合い、この話を本部に持ち帰ることを決めた。


 翌朝、シグテとヨーナスからもたらされた情報に本部は騒然となった。魔導猟師ウィザードリィハンターは正式に認められた職業ではなく、魔導士たちが小遣い稼ぎに手を出す商売である。異界の獣の骨や毛皮は高値で取引されるため、それだけを生業とする者も、いるにはいるのだが――。

「隊長、どう思います?」

「うぅ~む……? 重力波と宇宙線を利用した攻撃魔法というと、少なくとも《墜星ついせい》か《スヴィティ》クラス……だよな?」

 《墜星》と《スヴィティ》はそれぞれツクヨミ、フェンリルが使用する『神の御業』である。それに匹敵する攻撃呪文と言えば、重力波を操作して小天体を降らせる《メテオストライク》と、宇宙線を利用した熱線攻撃の《レイザーラープル》。この二つの魔法は非常に強力、かつ難度が高く、マスタークラスの魔導士ウィザードでも、まともに使いこなせる者は五人もいない。

 ベイカーとロドニーは、その『五人もいない魔導士ウィザード』の名前を思い出すが――。

「絶対に使えそうな人間をリストアップしてみよう。真っ先に思い浮かぶのは、王宮式部省のラジェシュ・ナヤルだな」

「魔法省のイスファハーン・ヘベモートも使えると思いますよ」

「三巨頭の一人、ヴィルヘルム・エランド」

「あとは……あの人ですね?」

「ああ、あの人だな」

 二人は「せーの」とタイミングを合わせ、同時にその名を口にした。


「「史上最強のルンペン、ボビーおじさん!」」


 『呑み処・へべれ家』は、あの場所で営業を始めて二十九年になる。ということは、その『凄腕の魔導士ウィザード』があの家を借りていたのは、それよりも前の話だ。ラジェシュは四十代で、イスファハーンは五十代。三十年も前に、あの場所で副業をしていたとは考えづらい。

 マフィアのボスならばあるいは、と思われるが、若いころのヴィルヘルムはもっと直接的な殺しを生業としていた。わざわざ手間のかかる魔獣召喚で小銭を稼ぐとは思えない。

 二人の話を聞く仲間たちも、一斉に頷いていた。


 間違いない。あの店を借りていた魔導士ウィザードは、ボビーおじさんだ。


 ボビーおじさんの正確な名前は『ボビンバロンゴ・ンバッ・ボーボンゴロ・ニャメ』である。生まれながらにありとあらゆる魔法を使いこなし、小学校を卒業するころには《メテオストライク》も《レイザーラープル》も独学で発動させていたというのだから、常識という概念から逸脱した存在であることは間違いない。

 若くして『史上最強』に上り詰めたボビーは、貴族の注文に応えて難しい仕事をいくつもこなし、大金を手にした。ボビーはその金で立派な住居、上等な衣服、豪勢な食事、美しい女たちとの楽しい夜を手に入れて、そしてすべてを手放した。

 思いつく限りすべての贅沢を味わい尽くし、何もかもに飽きて、着の身着のまま飛び出したのだ。

 金に困ればどんな仕事でも引き受けて、困っていなければ何もしない。自由気ままなルンペン暮らしに身を置いて、ボビーは今日も、この国のどこかで生きている――はずなのだが。

「ふむ……なにをどうすれば、ボビーおじさんに会えるんだ? 連絡手段なんか無いよな?」

「元々、人付き合いが苦手なタイプだって噂ですけど……」

「その噂も、ずいぶん昔の話が変容し続けたモノだろうしなぁ……?」

「信憑性はゼロですね」

「それに、たとえ噂が正しいとしても、それはそれで困ってしまうな。すべての魔法を使いこなすという話が本当なら、ステルス系の能力も高いだろう。俺たちは幻術使用中のピーコックも見つけられないんだぞ? それ以上のステルス能力を持つ『人嫌いの放浪者』なんて、完全にお手上げだ」

「最終手段の『神の眼』を使うとか?」

「それで見つけ出せるなら、アル=マハ隊長がとっくに見つけているさ。歴代の特務部隊長宛には、ボビーおじさんの捜索願が七百件以上も出されているのだからな」

「七百って……それ、放置でいいんですか?」

「問題ない。大半が『死んだ家族を生き返らせてほしい』という用件だ。伝説の大魔導士様なら死者復活の秘術くらい知っているだろう、みたいな発想らしいぞ?」

「いや~、さすがにそれは……無理ですよね?」

「ああ、無理だな。何をどうしても、死者は死者だ。生き返らせることはできない」

「だから放置」

「そういうことだ」

 二人の会話を黙って聞いていたマルコは、ここで控えめに手を挙げた。

「居酒屋の大将は、ただの賃借人ですよね? でしたらオーナーのほうに話を聞けば、以前の借主について何か分かるのでは?」

 ベイカーとロドニーは両手の人差し指と親指をピンと立て、マルコを指差して言う。

「「ソレ!」」

 ピタリと息の合った二人の声を合図に、特務部隊は行動を開始した。幸い、今日は急ぎの仕事もない。ボビーおじさんを見つければ、これまで無視していた七百もの『未解決案件』が一度に片付けられるのだ。暇つぶしに着手するには最高の案件だった。

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