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00-06 濡れたトイプードル(♂)



 00-02のタイトルや本編にもある通り、どうやら昨日入校した中でマニュアル志望の女は私だけだったらしい。学科の授業はオートマやマニュアル関係なく一緒に受けるため、女の子たちのキャッキャした雰囲気を感じられる。けれどやっぱり実技の時には男だらけで、どこか心細いものだ。



 教習2日目の昼。すれ違いざま、昼食レストランの入り口前である男性に声をかけられた。


「マニュアルのだよね?」

「は、はい」


 ーーなんだこのイケメン⁉


 間もなく餅角はフリーズした。

 冷静さを装いながらも(装えてなかったかもしれないけれど)、私は心の中で腰を抜かしていたのだ。……男性アイドルにあまり興味はないし、イケメンだと思いはしても積極的にきゃあきゃあときめくようなタイプでない。テレビに出ている同じジュニアアイドルが、みんな同じ顔に見えることさえあるくらいだ。


 だが目の前の彼は、間違いなく非の打ち所がないガチのイケメンであった。「一体全体何の手違いで都会からワープしてきたんですか?」とも思った。それほどに、彼の容姿と今いるのどかな風景は釣り合わない。

 普通の男がやればギャグにしか見えないであろう濡れたトイプードルみたいなクシャクシャな髪も、見事に様になっているではないか。無理やり唯一のギャップを見出すとすれば、私よりまあまあ背が小さいことくらいだ。可愛い背丈のイケメン。

 しかし仮に彼を“普通”と評してしまおうものなら、残り全ての男は全員不細工未満にカテゴライズされてしまうような……とにかく今まで生で見た中で最も整った容姿の持ち主であった。


 そりゃあ、いきなりそんな光源氏の親戚みたいな顔のイケメンに話し掛けられたら、緊張で硬直してしまうに決まっている。



 私とは対照的に、目の前のトイプードルは優雅な笑みを見せた。女の子対応なんて慣れたものなんだろう、おまけに声までイケメンである。


「昨日見たとき、1人だけ女の子いるな〜〜って思ってさ」

「ははっ……ははっ!」

 いやもうミックィーマウスじゃないんだから……。


 なんかもう緊張しすぎて、お得意の愛想笑い以外にどんな相づちを打っていたのかさえ思い出せない。この後も何回かトイプードルくん(本名は知らない)には話しかけられることになるが、その度に態度が不自然になってしまう餅角なのであった。お分かりいただけただろうか、嫌でも生理的にドキッとさせられてしまうイケメンの恐ろしさを……。喪女とは単純な生き物なのだ。



「このあと実技?」

「う……うん!」

「そうか、頑張ってね」

「ありがとう」


 みたいな会話をしてトイプードルくんとは別れた。ぼっちに話しかけてくれたのはとても嬉しかったが、かなり心臓に悪かった。でも、話しかけてくれて本当にありがとう。



 女の子とも話してみたいな〜〜、と淡い願いを抱いた2日目の昼下がりであった。でもほとんどの子たちはグループで来ているものだから、いかんせんぼっちの身で割りこんでいく勇気が出ない。出ないものは出ない…………。

 

 まあいい。とりあえず昼ごはんを食べて、今日もどうにか乗り切ろう。




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