00-03 5時間も待っていられないので
ペコペコ教習所からは定期的な時間に宿泊所までの送迎バスが出ている。だからホテルに戻るという選択肢もあったが、あえて私は狭い教習所の中を散策してみることにした。
貰った教習生手帳にある施設案内を確認すると、ペコペコ教習所は古いなりにも複数の校舎があることが分かった。椅子などが用意されたロビーをはじめ、講義・学科試験用の教室があるメイン棟。
次に、メイン棟からギシギシしたクソ狭い廊下で無理やり繋げられたサブ棟(高速シミュレータや、救護処置の講義をやる教室がある)。そして遊び棟(うる覚えだが、卓球とかビリヤードができるらしい)。あとは、少し離れたところに食堂。まだ入れないから、なんとなく外から様子を伺うだけ。
…………はい。校内探索もう終わり!
まあそんな感じで、教習Level1にしてサブ棟に立ち寄る勇気はなかったし、ましてやビリヤードなどぼっちには無縁のものだったので、私はメイン棟の中で大人しくしていることにした。
廊下の一部には、まるで古き良きラーメン屋のようにホコリを被った漫画たちが棚に並べられていた。そのすぐ近くに休憩室を見つけたが、男女で部屋が別れていた。男子休憩室の小窓は透明で、なぜか女子の方だけがすりガラスだったのを見て、ずいぶんと時代に取り残されたドアだな〜〜と変な感想を抱いてしまった。
年季が入っていそうな引き戸だから、出入りするだけでまあまあ耳障りな音が出る。
楽しそうにお話をする華々しい女子たちに背を向けながら、私は長いこと携帯電話をいじったり、備え付けの座布団に顔を乗っけてダルダルしながら寝たふりなどをして(純粋に眠れなかった)ひたすらその時間を待ち続けた。
1人で乗りこんで来た以上、こうなるなという覚悟はあった。だが私は18日間ずっとこんな感じなんだろうか……………。
流れてくるテレビの音を聞き流しながら複雑な気持ちになっていたが、ひとしきり悩んだところでまだまだ余りがあるくらいの時間配分。このぼっちにとっては、どうにもこうにも時の流れるスピードが遅すぎる。秒針よ、ちゃんと仕事してくれ。
そこで私はもう一度、教習時間が印刷されたスケジュール表をじっくりと見てみることにした。よく確認してみたら、19:30〜の同乗教習よりも1時間前に「模擬シュミレータ」なる授業が入っていた。
なーんだ、じゃあ実際は5時間待ちではないんじゃん。
…………いや18:30からでも十分遅いわ!!!!!
私は再びスケジュール表に目を落とす。どうしても気になって仕方ない項目がもう1つだけあった。
担当教官のことだ。
紙の上部にはこのように書かれている。
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餅角ケイ 様 教習スケジュール
【 揚げ △△ 】教官が卒業まであなたをしっかりサポート致します☆ミ
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担当、とまでは書いていない。
私は心の中で小さなパニックを起こした。
(……ってことは毎回コロコロ教官が変わったりするってことなのか⁉ 嘘じゃろ⁉ いやぁでもわざわざここに名前の記載がある=私の担当宣言みたいなもんだよな…………)
『揚げ △△』教官…………。一体どんな人なんだろう。
△△という下の名前からして99%男性だなと思った。そう判断した途端、一瞬にして私の脳内に典型的なイカつい中年男の画が浮かび上がった。今思い返せば立派な偏見だが。
『おいゴルァ!!! どこ見てんじゃボケ』
すっかり脳内で出来上がったパワハラ教官が私を責め立てる。
うーわ、こわぁ…………。本当にこんな感じの人だったらどうしよう。そんなんだったらやっぱり私やっていけないかもしれない。と勝手に震え上がっていた。まあ実際には震え上がる以上の辛さが私を待っていたのだが、この時にはそんなこと知る由もない。
やっとこさ日が暮れてきて、初回授業である模擬シュミレータの時間になった。あまり濃い記憶はないが、初回だからか特に厳しくはなく、あっさりハンコを貰ってあっさり終わった印象だ。
しかしまだ肩の力を抜くことはできなかった。室内教習が終わったとて、これから10分後には担当教官との初対面&コース内の同乗教習という最大のイベントが私を待っている。
窓を眺めると外はすっかり真っ暗で、コース内を走る車の数もポツポツ程度だった。どうやら19:30からというのは時間割の中で最も遅い授業時間らしく、運悪くして私は初日からそのタイミングを引き当ててしまったというわけだ。あんなに混んでいたロビーでさえすっかり静まり帰っている。
(うそだろ…………こんな暗い中で初めての運転しなきゃいけないのかよ………………)
担当の教官に会う緊張と不安と、外が暗すぎるが故のやる気の減少が入り混じり、なんだかよく分からない気持ちになってきた。
そして19:25〜27分ごろ。
職員室らしきところからロビーに向かって数名の教官たちが解き放たれ、そこで1人1人担当生徒の名前を呼びながら集まるというスタイルだった。私は自分の担当教官にさらわれるのを大人しく、かつそわそわしながら待っていた。
中々来ないな、と焦り始めたときに
「餅角、さん。餅角ケイさ〜〜〜〜ん」
来た!! 呼ばれたぁ!!!