2 剣神の安息
赤い光が収まった時にハクがいたのは、白い空間だった。その白はハクたち騎士が身にまとっている鎧よりもはっきりとした白で、一言でいうならば純白だ。
その空間には神殿にあるような厳かで、それでいて太い柱が規則正しく並んでいる。幾何学的な模様が幾つも刻まれており、ここが別世界だと言われている所以が分かった気がする。
見渡す限り壁のようなものはない。上を見上げてみてもただ白い世界が広がっているだけだ。柱にも終わりは見えない。自分がとても小さくなった気分になった。
ハクは上を見上げたまま、ふふっと笑ってしまった。そして、場違いに笑ってしまった自分にまた笑みをこぼした。
周りに人は一人もいない。先に転移した騎士たちはもう移動してしまったのか、それとも別の場所に飛ばされたのか。それはハクには分からなかったが、謎の解放感に包まれ、どうでもよくなっていた。
「あーー!」
と大きな声を出してみた。しかし、声は空間に溶けていく。
さて、これからどうしようかとハクは考えてみた。ここにとどまっていてもきっと何も起こらないだろうし、いつか飢えることになるだろう。動くことは決定として、どこに行くかが問題だ。カオスダンジョンから出る方法は、カオスダンジョンにいるカオス種を倒すことのみだと言われている。何れもカオス種は倒さないといけないわけで、騎士たちと合流することが必要になる。
ハクは周りをもう一度見渡した。騎士たちのいた痕跡は何もない。どこにいったか分からない状況で闇雲に行動するのも得策とはいえない。だが、なにもしないところで状況が動くとは思えないので、ハクはとりあえず一方向に進んでみることにした。
方向を適当に決め、柱に沿って歩いた。
2時間ほど歩いて、ハクは自分が全く疲れを感じていないことを不思議に思った。この空間では疲れを感じないのかもしれない。疲れを感じないのであれば、カオス種との戦いも楽に進めれるかもしれない。
ハクがそれから1時間ほど歩いていくと、遠くにうっすらと霧がかかったようではあるが、とても大きな扉を見つけた。巨人の扉という表現が当てはまるほどに大きい。柱といい、扉といい、ここには巨人でもいるのかもしれない。
そんなことを考えていると、扉がはっきりと見えるようになった。両開きの扉で、シンプルな荘厳さが圧倒的な重量感をビリビリと伝えている。
扉に圧倒されていたハクだったが、扉の下をみると動く影を見つけた。
気を付けながらはっきりと見える距離になるまで進むと、先にいった騎士たちなのが分かった。合流できたことにホッとしつつも、目の前がちかちかする心持がした。
「おーー!ハク、やっときたか!」
いち早くハクに気付いたアレンが、まったくハクが来ることを疑っていなかったように手を振る。
アレン以外の騎士の大半もハクを心配しているような目で見ているが、何人かは嘲笑している。
「申し訳ないです。怖気ずくだなんて騎士らしくもないことをしてしまいました。剣神だなんて本当におこがましいばかりです」
とハクはできるだけ普通の顔をして言った。
「確かに逃げたのは恥ずべきことだ。だが、私は信じていたからな。お前は最後にはここに来た。それでいい。俺はお前が強いことを知っている。ちゃんと剣神やってるよ」
ハクはそれを聞いて奥歯を割れるほど噛みしめた。
「さて、ハクが来たところで、私たちにあったことを話しておこう」
アレンはしわだらけの顔でハクをしっかりと見た。
「最初に転移してきた私たちの後を追って、2組目が転移してきた。魔法陣に乗った時間はさほど変わらないはずだが、私たちがここにきた時間と2組目がついた時間で1時間ほどの差があった。3組目も同様に2組目のあと、1時間ほど経ってから到着した。4組目もだ。ハクが来てないことを聞き、待ってようと提案したんだが反対するものが多くいてな。
私たちはどっちに行けばいいのか見当もつかなかったから、連絡用の魔導石2個を1つずつもって2つに分かれて行動することにした。
連絡を取りながらも直線的に進んでいると、大きな扉が見えてな。分かれて行動している方も扉が見えるということで、そのまま進んでみると、右側から分かれていた面々が突然現れ扉の前で合流した。
合流した私たちは扉の先に進む前に最大戦力であるハクを待つことにした。
私たちにあったことをまとめるとこんなものだな」
「それで今僕がきたということですね」
アレンはそうだと頷いた。
「ここまで僕がきたことで気づいたことなのですが、この空間では疲れを感じないようです。アレン殿達もそうですか?」
「ああ、多分ハクよりも私たちはそれを実感していると思うぞ。なんせ私がこのカオスダンジョンについてからもう体感7時間は経っているからな。
疲れだけでなく、食欲もないし、睡眠欲もない。自分の身体が心配になった」
ハクは思っていたより時間が経っていたことに驚いた。
「すみません、お待たせさせて」
とハクは頭を下げた。
「もうそれは過ぎた話だ。まぁ、根に持っているやつは何人かはいそうだがな」
アレンは周りの騎士たちを見渡す。
「すみません……」
「何度も言わせるな。もうそれはいい。それよりもこれからの話だ。ダンやロブとも話し合ったんだが、この扉の奥にはカオス種がいる可能性が高い」
ダンとロブというのは20年前カオス種討伐に参加した者たちだ。
「私たちが戦った時のカオス種と同じような気配がこの扉の奥から漂ってくる。いくらか私たちが戦ったカオス種よりも気配が濃密な気がするがそれも今はいいことだろう。
大事なのは心構えを作っておくことだ。扉の先がどうなっているか分からない以上、作戦の立てようもない。できることは、敵によって訓練でやったことをすることだけだ。まぁ、ハクは訓練にはほとんど参加していないから、その場の状況を見て判断してほしい」
アレンの目は、そのくらいできるだろうとこっちを見ている。
「ハク以外の騎士たちにはその旨は伝えてある。
ハク、今度は逃げるなんてことは許されないぞ。お前ひとりが逃げることで他の人たちにも迷惑がかかることを忘れるな。扉の先では皆が命を懸けることになる。それを肝に銘じておくように。わかったな」
「はい……。わかりました」
「よし、それでは30分後に出発とする。疲れてはいないだろうが、この先なにがあるか分からない。しっかりと休んでおけ。おいダン、30分後に出発すると騎士たちに伝えておいてくれ」
「わかったよ」
そう答えたダンは、歳をとっても筋肉質なアレンとは違い、年齢はアレンと同じくらいだが痩せて頬骨の出た騎士だ。
ダンは10人をまとめる班長の元へといった。
「ハク、もう行ってもいいぞ」
「はい」
ハクはダンとは真逆の方向に歩き、騎士たちと離れすぎない場所に腰を下ろした。
コートを脱ぎ、たたんで横に置くと、ハクは小さなため息を吐いた。