1 剣神の義務
剣神と呼ばれた青年は、剣が嫌いだった。
♢
「ハク様、明日はついに我々の悲願であるカオス種の討伐ですね。17歳にしてカオス種の討伐とは流石は剣神です」
ハクと呼ばれた青年は白いコートを脱いでいる最中だった。薄暗いテントの中で光るランプが強い存在感を放っている。
「ああ……そうだね」
ハクはそう答えると、男を下がらせた。
「剣なんて嫌いだ……」
と、一人貴族用のテントでこぼした。
ハクはディオーネ騎士団騎士長ベルグリフ・ヴィン・ディオーネの息子であり、類まれなる才能を発揮し剣神とまで呼ばれている。
ハクは服を着替えるとベッドに横になった。長い移動で疲れがたまっているか、すぐに眠気が襲ってきた。
♢
いやに晴れている。昨日が曇天だったのが嘘のように、雲一つない青空が広がっている。気を抜くとそのまま空に呑み込まれそうだった。
森の中の開けた場所に張っていたテントはすでに片づけ、100人以上の同じ白い鎧をまとった騎士が整然と並んでいる。騎士たちの後ろには荷物を持った者たちもいる。騎士の中で鎧をまとっていないのはハクだけだ。
静かな中、60代ほどの背筋をしっかりと伸ばした男が列の前に置かれた台の上に立った。男は老年とは思えないはっきりとした大きな声を発した。
「ディオーネ騎士団カオス種討伐隊隊長アレン・ダーリーだ。私は40の時カオス種の討伐に参加したことがある。激しい戦いの末討伐に成功し、皆も知っているだろう古代遺物を手に入れた。今王都で飲んでいる水は、浄水の力がある古代遺物のものだ。カオス種の討伐はグレア王国をさらに発展させることになるだろう」
アレンはニヤリとすると、更に大きな声を張り上げた。
「やっとこの日が来た!我々は厳しい訓練に耐え、カオス種討伐の為身を削ってきた!それを自信にして討伐を成功させるのだ!グレア王国のために!」
アレンの言葉に100人以上の騎士たちが雄たけびを上げた。
「それでは移動を開始する!ついてこい!」
アレンの後ろをハクがついていく。その後ろに二列になって騎士たちも歩いた。
カオス種はカオスダンジョンと呼ばれる、転移陣でしかいけない場所にいるという。そこは異世界であったりとか、世界の裏側だともいわれている。
ハクは森の不安定な道を足元を見ながら歩いた。
怖い。未知なるものは怖い。新しいことにチャレンジすることはいつもハクに恐怖を与える。カオス種は普通の魔物の何倍も強いという。その代わり倒すと強力な力を持つ古代遺物を落とす。ハクの住んでいるグレア王国の歴史でも討伐されたのは5回だけ。討伐に挑戦した何人もが帰らぬ人となった。カオスダンジョンの転移陣はいたるところに存在している。今回僕たちが挑むカオスダンジョンは、いくつかの冒険者パーティーが挑んだが帰ってこなかったそうだ。100人以上の精鋭がいるとはいえ、無事では済まないだろう。剣神なんて呼ばれているが、自分のことをそんなに強いとは思えない。父にも立ち会いでいつも負けている。
そんなことを考えていると、ふいに前を歩いているアレンから声をかけられた。
「ハク、あっちの茂みからなにかの気配を感じる。いったん止まるぞ」
と、アレンは左前の茂みを指さして言った。
するとその茂みからガサガサと音が聞こえ、大きな足音を響かせながら5メートルくらいの大きさの、オークが現れた。
オークが野太い声を上げると、何事かと後ろのほうの騎士たちがざわついた。
「アレン殿、問題はないと後方にお伝えください」
そうハクは言うと、オークに向かって走りこんだ。オークは向かってくるハクにつかみかかろうとしたが、ハクは剣に手をかけると、オークとすれ違いざま剣を抜き、首を一閃する。
オークは、ハクをつかもうとしていた両手を前に突き出したまま、首のない胴体を前に倒した。
血のついた剣を振り、血を払い鞘へ剣をしまった。
「アレン殿、先ヘ進みましょう」
と、アレンの元へ戻ったハクが言うと、アレンは驚いた顔を破顔させ笑った。
「はっはっは!流石はベルグリフの息子だな!何回か戦うところを見てきたが、何度みても驚かされる。ベルグリフがお前くらいの時もそこまで剣筋が鋭くなかったぞ!」
「いえ、早めに終わらせようとしただけですので。これからカオス種との戦いというのに、騎士たちの士気が下がってはいけませんから。それに父の剣はもっと早いです。僕も剣神などと呼ばれていますが、父には敵いませんよ」
「確かにベルグリフは強い。23年前カオス種討伐の時、その美しい剣技に見惚れてしまった。だがあの時のやつは33歳だ。お前からはそれに近いものを感じた。剣神の名に恥じないさ」
アレンは本当にベルグリフのことを尊敬しているのか、懐かしい顔をして空を見上げた。
「そういってもらえると助かります。ですが、僕は父のようにはなれませんよ。剣のことをそこまで好きになれませんので」
「そうなのか。だが力を持つ者にはそれなりの義務がある。それを忘れることのないようにな」
「はい……」
「それでは出発するぞ」
アレンは歩きだした。
♢
転移陣には歩いて20分ほどで着いた。
森の中に遺跡跡のようなものがあり、そこの床に直径15メートル程の魔法陣が描かれていた。
一度ここで1時間休息をとってから討伐に向かうらしい。一同は思い思いの場所に座り、休んだ。荷物持ちたちは大きな荷物を持って疲れているのか、額を濡らしている。ハクも近くの木陰に腰を落とした。
ハクには友達というものがいない。小さいころから剣しかやってこなかったからか同年代の知り合いが少ないのだった。
「ハク様ですよね?」
木に背を持たれ目を閉じていたハクだったが声を掛けられ目を開けた。目の前には荷物持ちの同い年くらいの青年が立っていた。そばかすと細い目が特徴の好青年だ。
「そうだよ」
と、ハクは小さく頷いた。
「わー、感激です!僕、ハク様にずっとあこがれてました!まだ騎士見習いではありますが、荷物持ちとしてここまで来ることができました。僕はここで帰りを待つことになりますが、ハク様たちの活躍を期待しております!あの、握手だけいいですか?」
青年に手を差し出され、ハクはおずおずと手を交わした。
「ありがとうございます!では、ご帰還を待っております!」
と、青年は言って荷物持ち達が固まっている場所に戻っていった。
元気な人だなとハクは思い、ふふっとなんともなしに笑った。
一時間が経ち、戦いのときが来た。
アレンの、いくぞという声で騎士たちは立ち上がった。
魔法陣で30人ずつ移動するらしい。ハクは最後の組といくことになった。
アレン率いる最初の30人が転移陣の上に立った。23年前の討伐に参加していない者たちは不安そうに足元をみていた。次第に魔法陣が赤い光を発した。
「待ってるぞ」
アレンがそう言った次の瞬間30人はきれいにいなくなっていた。
周りの騎士たちがどよめく。
ハクは一つ自分に向かって息を吐いた。下唇をかみ、魔法陣をにらみつける。
二組目三組目と転移していき、ついにハクたちの番が来た。
アレンの「待ってるぞ」という言葉は確実に自分に向けられていたものだ。ハクの怯えを察していったことなんだろう。
ハクは他の騎士とともに魔法陣の上に立った。
薄く魔法陣が光りだした。段々強くなるその光はハクたちの体を赤く照らした。
周りの騎士は不安そうにしながらも力強く立っていた。
「あぁ……無理だ……」
ハクは走った。赤い光が最高潮に達する寸前に魔法陣の外に転がるように出た。
手先の震えが止まらない。
顔を上げると、残っていた荷物持ちが驚愕の表情を向けていた。
……ハクは震える足を引き上げ、また魔法陣の上に立つ。ハクと握手をした荷物持ちの青年が怪訝な顔でハクを見ている。
ハクは奥歯を強くかみしめた。
魔法陣が赤く光りはじめる。目をぎゅっと閉じて大きく開けた。
目の前が赤く染まった。
初投稿です。頑張りますので、ブックマークと評価をお願いします。