6 お食事
私がそんなシミュレーションを繰り返しているうちに年は暮れ、新年がやってきた。オフィスでの和気さんは特に変わったところもなく、私を意識している様子もない。
私の方は……和気さんのことが好きかと聞かれれば、「普通に好き」だ。一緒にいたい。いっぱいおしゃべりしたい。よしよしされたい。私もよしよししてあげたい。ほっぺとか肩とかお腹とか触りたい。その下は……別にどっちでもいいや。……何なの、これ?
一人の年上男性に対し、ペットに対するような愛玩の情を抱いている自分に、女としての衰えを感じずにはいられなかった。あるいは、何もないまま一夜を共に過ごしたことによる後遺症だろうか。これというのも、和気さんがはっきりと求めてくれなかったせいだ。
和気さんが気になる。でも、どうしていいかわからない。これまでにない新感覚のモヤモヤを抱えてしまった私は、とりあえずすっきりしたくて、ある日思い切って和気さんを食事に誘った。ハンカチを洗ったのでお返ししたい、というのがその口実。
和気さんは、いともあっさりOKしてくれた。
約束の日。先に仕事を終え、ビルの一階ロビーで待っていた私に、和気さんはエレベーターを降りたところから親しげに手を振った。周りに姉様方や同じフロアの同僚たちがいたらどうしようと、私の方がヒヤヒヤしてしまう。
「隣でいい?」
「はい、どこでも」
隣というのは隣のビルのこと。うちのビルにもレストランはあるが、建物全体がオフィス用といったムードなので何となく地味だ。ランチならともかく、ディナーなら隣のショップ中心のビルの方がいいと考えるのは、実にまともなセンスだと思う。
「結構いろいろあるから、選べると思うんだよね」
レストラン街に着いてみると、老舗の洋食屋さんに、ステーキハウス、シーフード、焼き鳥、パスタ、各種エスニックと、確かに何でもあった。
「何系がいい?」
「和気さん、お昼何でした?」
「昼はねぇ、上のカフェテリア」
「あれ? 私もいましたけど」
「あ、あのねー、一時半ぐらいかな、僕行ったの」
「あ、じゃあ入れ違いですね」
カフェテリアというのは、セルフサービスの社食だ。派遣社員も利用できるし、外から持ち込んだものを食べてもかまわないので、私はほぼ毎日そこでランチを食べている。上層階だから眺めがいいのが魅力だ。
「おにぎりとカップスープ。今日ちょっと時間なくてさ。二時から会議あって、その準備だ何だでバタバタしてて」
なるほど。それなら晩は本当に何でもいいのだろう。
「じゃあ、ここなんかどうですか?」
「小皿 de BANZAI」というポップな看板を指差す。この雑なネーミングはどうかと思うが、小皿でお番菜を出すという意味に違いないし、店の入口に出ているメニュー写真はなかなかおいしそうだ。
「おっ、いいねぇ。ちょこちょこつまめる感じ」
この人は結構お酒が好きなのかもしれない。ならば今日も当然飲む気だろう。
席に着いて向かい合っても、和気さんは特にデート的な空気を醸すでもなく、今日の仕事について緩いトークを展開するばかり。あっという間にそれに飽きた私は、お酒と料理の注文が一通り済んだところで、さっそく和気さんのプライベートを掘り下げにかかった。
和気さんが四十八歳であること、子供は男・女で、大学三年と高校一年であること、奥さんの名前は美智代であること、何気にボンボンであること、両親とも健在であること、などなどなど、和気さんのデータを次々と紐解いていく。
単身赴任と言っていたが、一人で東京に来たという話ではなく、もともと一家で東京に住んでおり、去年の春に奥さんが大阪に転勤になったのだそうだ。娘はちょうど高校進学のタイミングだったため大阪の学校を受験し、母親とともに移り住んだ。息子は三年前から北海道の大学で寮生活。
なかなか自由な家族だなあ、と思う。きっと家族も和気さんみたいな人たちなのだろう。