5 不倫というもの
二十五歳にしてこれまでに寝た男が七人というのは、多い方なのだろうか。友達と比べたらちょっと多めな気はするが、日本全国レベルで見たらきっと、幾多の猛者たちの前にあっさり霞んでしまうだろう。
しかし、その七人のうちいわゆる普通のお付き合いは二人だけで、他二人がワンナイトスタンド、残りの三人が不倫、という内訳は果たして平均的なのかどうか。
とはいっても、私は断じて「遊んでいる」タイプの女ではない。むしろ性格は極めて真面目だ。いや、マジで。
ワンナイト二件にしたって、私自身は決してワンナイトで終わるつもりはなかった。出会いは一人が合コンで、もう一人が友達の結婚式の二次会だったけれど、誰でもよかったわけではない。付き合ってもいいなと思った相手といい雰囲気になったから、流れに逆らわなかっただけの話。一度寝てそれっきりになったのは、相手の方が返事をくれなかったから。つまり、付き合う前に振られたということ。
簡単に体を許しすぎ、と言われそうだが、そこで許さなかったら、私には異性との付き合いなど永久に訪れない。ニコニコしているだけで男がわんさか寄ってくるような女にはわからないだろうが、こちとら、ただでさえ少ない交際チャンスを余計な貞操観念で逃している場合ではないのだ。
その二回は結果的に失敗だったけれど、成功例もまた二件ある。それがまともに付き合った二人だ。初セックスはいずれも交際開始当日だった。誘ってきたのは男の方だが、私自身もしたかったから、渋ってみせる理由などなかった。最初の人が五ヶ月、二人目は一年近く続いた。
不倫は……大学時代に本気で好きになったバイト先のレストランの副店長が、たまたま結婚していたのが発端。
不倫と純愛は世間では対照的に語られがちだが、これって私は間違いだと思う。本当に純粋に好きになった相手がどんな境遇にあるかなんて自分サイドでは選べないわけで、たまたま妻子がある人に対する「好き」という気持ちを貫いて純粋に愛を追求すれば、結果的にそれは不倫と呼ばれる。
人と人が純粋に惹かれ合うのに任せたら、絶対ルール通りになんかいかない。世間体や倫理、道徳なんてものを意識している時点で、「純」的要素はすっかりお留守になっているではないか。道徳を守る自分でいたい、という欲求は恋愛感情とは全く別のものであり、これが介入することで愛や恋の部分は確実に濁る。
私にとって件の副店長氏は、まさに「純愛の結果としての不倫」だった。初めて会ったときから気になっていて、バイト中ずっと目で追ってしまって、どんどん好きになって、彼に妻子があることを知りながら、酔った勢いで告白した。
その場は「気持ちは嬉しいけど」的なありきたりのセリフでかわされたが、次の飲み会で何となくいいムードになり、「妻と別れる気はないが、それでもいいならときどき食事でも」というオファーが下った。実際にはこの「ときどき食事」は食事だけではなく、体を交えることがむしろメインだった。自然な流れに任せておけば、酒を飲みながら大人ぶって愚痴を聞いてくれて、ちょっぴり泣かせてくれて、その後は必ずホテルでベッドイン。
今考えれば、結局利用されただけなのかもしれない。しかし私も若かった。いつか振り向いてくれるなどと信じてしまうだけのウブさを持っていた。彼の方も完全に遊びと割り切れていたわけではなく、それなりに悩んでいたように思う。最終的には「やっぱり家族を裏切るのは辛い」とかいう今さらな理由で別れを告げられた。
その後に不倫が続いてしまったのは、某ブラック企業のせい。激務にまみれ日に日に病んでいく私を見かねた上司が、相談に乗るという名目でサシ飲みに連れて行ってくれた結果いつの間にか……というケースが、異動を境に二件。いずれも、酔った勢いで体の関係になり、一度も二度も一緒という心理がお互いに働いて、飲みからホテルへという流れが繰り返されるだけの付き合いだった。
過去三件の不倫に共通するのは、少なくとも私には、罪悪感なんて微塵もなかったという事実。私自身は独身でフリーの身であり、寝た相手に家庭があることはあくまで相手の責任、という感覚だ。奥さんの立場を考えても、文句ならお前の旦那に言え、と思うだけで、申し訳ない気持ちなどこれっぽっちも湧かなかった。
不倫相手たちの共通点を挙げるとすれば、「今日はセックスできない」というシチュエーションに強かったこと。これはおそらく、婚姻状況よりも年齢によるものだと思う。この年代はすでに社会的にもそれなりのステータスを手に入れ、別の面で満たされているせいか、多少お預けを食らったぐらいではジタバタしないらしい。
実際のところは、肉体的にぶっちゃけ枯れ始めているから、というのもあるだろうし、愛人が複数いるから一人ぐらい失ってもどうということはない、のかもしれない。
それに引き換え私の方は、繁殖適齢期のメスの性欲を持て余してもいたし、精神的に不安定だったこともあって、とりあえずの温かさ、とりあえずの優しさを切実に必要としていた。余裕を見せつけられれば、こっちはますます追いたくなる。
だから年の差不倫に手を出すときはいつも、土俵に上がった時点で私の負けという気がした。「会社にバラすよ」という切り札は常に私の手中にあるにもかかわらず……。
それにしても彼らは、不倫に乗ってくる女というものを、どうやって嗅ぎ分けているのだろう。「不倫は絶対NG」というスタンスの女にはこんなことはしないだろうし言わないだろうなと思われるシーンが、いつもプロローグ段階で登場したものだ。私のOKオーラを察知しての行動としか思えなかった。
和気さんだってそうだ。私があの歌を歌ったことは、単なる最終的な裏付けにすぎなかったはず。あそこで確信を持つ前に、和気さんは私が過去に不倫を経験していると勘付き、不倫OKな女、と判定していた気がしてならない。
そして私は思った。和気さんにとってもきっと、不倫は未知の世界ではない。
あの日……。私が泥酔して和気さんとラブホに泊まった日は、本当に何もなかった。キスもしていないし、ハグもしていないし、歩くときに支えてもらった以外は手もつないでいない。
「よしよし」は……。まあ上司に(しかもベッドで)してもらうのはちょっと特殊だが、行為自体は親兄弟でもすることであり、情事にはカウントされないだろう。
あれは金曜だったから、幸い土日にゆっくり休んで回復し、反省もできた。月曜におそるおそる出社すると、姉様方は私が実は記憶飛び飛びだったなんてことには気付いておらず、あくまでちょっぴりチドッていてかなりゴキゲンなだけの私を、帰る方向が一緒である和気さんが途中まで送っていった、と解釈していた。酔いが顔に出ない体質だと、こういうときに便利だなあと思う。
和気さんに対しては、酔っ払って迷惑をかけたことをメールで謝るにとどめた。彼が上司であり、私が醜態を晒したことは確かだが、別段恥ずかしいとは思わなかった。そんなことは私の人生において一度や二度ではない。それにラブホで甘えたことだって、何も跨って誘惑したわけではないのだし、むしろご要望にお応えして「よしよし」してしまった和気さんの方が、世間の目に映る立場は弱い。
問題は、これからどう動くべきかだ。このままここで終わり、という選択肢は十分成立する。まだ事に及んだわけではないのだから。そう、私たちはまだ不倫未満。
それなのにあの日以来、私は和気さんの何かに惹かれ始めていた。単純に居心地がよくて安心感があるのは間違いない。といっても、ぶっちゃけヤリたいかと聞かれたら……微妙だ。素面に戻ってから何度もイメージしてはみたが、どうも裸になって魅力が増すタイプの人ではないように思う。しかし、抱かれるのが嫌かと聞かれれば、全く嫌ではない。