27 カウントダウン
お触りなしのソフトドリンク会は、予想以上に有意義だった。言い出しっぺの私以上に和気さんがしっかりとブレずにいてくれたお陰で、私たちは四つの約束を最後まで守りきり、清く正しくそれぞれ帰宅した。
あれから二週間が過ぎ、時は早、師走。
ある平日の晩、私は和気さんにメールした。
<<今、お電話してもいいですか?>>
すると十分ぐらい経って、電話が鳴った。メールではなくて通話の着信だ。
「もしもし」
「おおヒデちゃん、ごめん、風呂入っててさ。今出たとこ」
「お風呂、溜めてるんですか?」
「うん。冬はやっぱりねー、ちゃぽーんと浸かりたいよね」
「ふふ……和気さんと電話で話すの初めて。ですよね」
「ああ、そっかあ。はじめまして」
「ふふふ、はじめまして」
和気さんのニコニコが、見えるような気がした。
「あのね、和気さん」
「うん」
「実はちょっとお知らせしたいことがあって」
「うん」
「カナダのワーホリ、応募しました、今日」
「おおー、したか!」
「うん、した。来年度の」
「そっかあ、一歩前進だね。おめでと」
「ふふふ、ありがと。でも抽選だから、どうなるかまだわかりませんけど。落ちた時のこともこれから考えておこうとは思ってます」
「うん、そうだね」
「あの、それとですね」
「うん」
「海外行く前に、一度やってみたかったことがあって」
「おぉ」
「大晦日にね、船の上で年越しするカウントダウンクルーズっていうのがあって」
「へえー、クルーズねえ」
「なんか、ビュッフェと飲み放題で、バンドの生演奏があって、花火が見えて、みたいな」
「へえ、おしゃれだなあ」
「うん。でも、どっちかというとロマンチックというよりはワイワイな感じで。子供もオッケーだし、去年の写真とか見ると、カップルよりグループが多そうだったり」
「あ、そうなんだ」
「なんだけど……私は勝手に、いつか好きな人と一緒に行けたらいいなって、ずっと思ってて」
ダメだ。第三のタブーが込み上げてきそうになる。慌てて瞬きを繰り返して堪えた。和気さんは、黙ってしまった。
「だから私の理想としては、和気さんと行ってみたかったなとか思ってたりはするんですけどでもあれですよね、年末年始はもちろんご家族と」
「うん……まあ、多分」
「なので、あれです、友達と行くことにしました。年下の暇な女子と。ミドリちゃんっていう」
誰だ、それは。
「そっか。いいじゃない。きっと楽しいよそれ」
「うん」
きっと楽しくはない。でも、行くって決めたんだ。
べそっかきになってしまいそうだったので、私はこの辺りで締めることにした。
「以上、お知らせでした」
「うん。いいお知らせ、ありがとう」
「では、失礼します」
「うん、おやすみ」
和気さん、和気さん……。
電話を切り、布団に潜って、ちんまり丸まって、私は和気さんの名を呼び続けた。今朝出社してきた時の和気さんは、昨日までの薄手のトレンチコートではなく、紺のチェスターコートに変わっていた。去年の忘年会で私を介抱してくれた時の、あのコートだった。あれから、一年が経とうとしている。




