25 婚姻考
「じゃあね、次の質問」
「うん」
「私は、いつか結婚できるのだろうか」
和気さんがニコッとする。
「それは占い師に聞いた方がいいよ」
「でも和気さんは、私の占い師だから」
和気さんはウーロン茶を一口飲み、大きく深呼吸してからこう答えた。
「『できるか』っていうのが、結婚自体が単純にあり得るあり得ないのポテンシャルを聞いてるんだったら、あり得るよね。婚姻制度がある国で、正当な居住許可を持ってさえいれば」
「うん」
「理想的な相手を見付けて幸せになれますか、っていう意味なら……それはヒデちゃんの行動と運の両方に左右されるから、誰も可否の断言はできないし、単なる予測を述べることは無責任だと思う」
「……はい」
「でね、ここからが大事なとこなんだけど、運が現実にどの程度の影響を及ぼすかは、行動次第で変わると僕は思ってる。ただし、もともとの行動力と運がどんな風かは人それぞれだから、そこそこ運悪いのにものすごい行動力で逆転しちゃう人もいるし、逆にせっかく運がいいのに行動で台無しにしちゃう人もいる。あと、ものすごく運が悪くてどんなに行動しても実らない人もいるし、素行が最悪なのに運が良すぎるあまりうまくいっちゃう人もいるかもしれない」
「あー」
「いずれにしても一つ共通して言えるのは、行動の影響がゼロであることはまずないってこと。プラスかマイナスのどっちかにいくらかは針が振れる」
「うん」
「で、行動は必ず気の持ちように左右される」
「うん」
「その気の持ちようを定めるにあたって、まずはそもそも自分が結婚したいのかどうか、っていうのを、よくよく考えた方がいい」
「うーん、それは、したいともしたくないとも決められない感じで」
「そりゃそうだよ」
「へ?」
「百パー結婚したいって人と、百パー結婚したくないって人は、私結婚できますかなんて聞かないもん」
「ああー」
「でも、百パーな人なんてほとんどいない。だからみんな、あたし結婚できんのかなあ、って言ってる」
「なるほど」
「あのね、この場合の『よくよく考える』っていうのは、突き詰めて考え抜いて結論を固めるって意味じゃないの。ガチガチに決めてしまったら却って失敗するから」
「あー、まあね」
「だから、折りに触れて自問してみて、その都度自分の正直な気持ちをキャプチャしとく」
「あ、キャプチャだ」
「そう。結婚したいのか、したくないのか。それはなぜなのか。きっと、いっつも同じってわけじゃないと思うんだよね。昨日はああだったけど、今日はこうだなぁ、明日はどう思うのかなぁって、自分の心の声の現状に注目してあげることが大事だね」
「はい」
「ちなみにね。結婚でしか叶えられない夢なんてないし、結婚で必ず叶う夢もない」
「あ、名言」
「『誓います』なんて言ったってさ、明日死ぬかもしれないのに、何をどうやって保証すんのよ」
和気さんはあくまで軽いノリでそんなことを言うが、それが別に冗談でも何でもないことがわかっているから、胸がしくしくした。
「結婚イコール幸せっていう幻想がいつまで経ってもはびこってるのはね、意図的な操作によるものだと思う」
「操作?」
「人々にそう思わせといた方が得をする人たちの」
「……結婚式場?」
「だけじゃないよ。いわゆるファミリー向けの商売はみんな恩恵を受けるわけだし、結婚してくれれば子供を産む確率も高まるから、人口を確保したい政府だってやっぱり結婚に誘導したがるよね。結婚によって形成される家族っていうのは一番馴染みと実績のある単位だから、いろんな面で扱いやすいし」
「そっか」
「個人の幸福追求なんて、体制から見てあんまり都合のいいもんじゃないってこと」
「うん」
「世の中のマーケティング戦略に流されないで、選べるもの全部から自分で選んでいかないと」
「能動的に決断だ」
「そうだね。できるよ、ヒデちゃんなら」
そう。私は和気さんとどうなりたいかを、自分で決めながらここまで来た。和気さんがそう要求してきたからだ。こんなことは私の恋愛において、特に不倫においては初めてのこと。何も起きていない段階で「自分はこうしたい」と考えることは、相手から求められてそれに同意することとは根本的に違う。両方経験してみてそれがわかった。
「誘ってきたのは向こうだから」という言い訳は、不倫自体を責められたときに便利でもあったし、後で空しくなったときには、自分が好き好んでバカなことをしたのではなく、あくまで天から降ってきた出来事だった、どうせ私はそういう風にできているのだ、と愚痴るのを助けてもくれた。そして、相手を恋うる気持ちが高まって辛くなったとき、なんで私に手を出したの、となじるのにも役立ったものだ。
和気さんに関しては、あれをしたくなったときやこれをしたくなったときの自分の気持ちを、はっきりと思い出すことができる。酒の力は確かに借りていたけれど、相手の提案を受け入れるのではなく自分から誘うというステップを踏まされたことは、私の「不幸に寄せていく」癖の威力を奪ってくれたように思う。「どうせ私はこうしていつまでも誰かの二番目なのだ」というひがみは、気付けばいつしか鳴りを潜めていた。
そして、自分の次の選択を知るために私は今日、和気さんとここにいる。




