23 自問
姉様方はもしかしたら、和気さんの過去について何か知っているかもしれない。でも、最底辺の私が雑談を装ってそんな突っ込んだことを聞くのは、どう考えても不審すぎる。
本人は……私が愚鈍を装ってしれっと聞けば、きっと真実を教えてくれるだろう。でも、知ったからといって、私はどうしたいのだろう。
仮に和気さん夫婦が事実上の別居状態だったとして、今後うまくいく可能性もなかったとして……。私は和気さんを奪い、十日に一度よりももっと踏み込んだ関係へと進展させたいのだろうか。逆に、和気さんの家庭が円満だったとして、私はその本流に一切タッチしないサイドストーリーとして存続していきたいだろうか。
不倫という行為は大抵、一時的なものだ。遊びのつもりはなくても、略奪に至らない限り安定した長期的な関係は望めない。それは、過去の経験から来る私の前提概念のようなものだ。たとえ「好き」を募らせて苦しんでも、前提自体が変わることはない。だから、不倫のまま延々と長年付き合い続けることなど考えたことがなかった。
しかし、和気さんの方がもし、誰かしらのぬくもりを切実に求めていたら? 十日に一度の関係を意識的にその頻度に保ってまで、闇を照らす唯一の光のようにかけがえのない拠り所にしているのだとしたら? その構図にはさすがに、私の乏しい母性本能も黙ってはいない。
もし自分で選べるなら、どうしたいか。それを私は追究しつつあった。こんなことは、不倫や恋愛全般どころか、もしかしたら全人生において初めてかもしれない。和気さんによる教育の賜物だろうか。
もし、万が一にでも、和気さんが離婚するから一緒になってくれと言ってきたら、私は何と答えるのか。あるいは、進展も解消もなくこのままでいたい、と言われたら? 私は人様の夫の十日に一度のベストコンディションを、果たしていつまでも吸い続けていたいだろうか。関係を続けた場合、どういうメリットがあり、どういうデメリットがあるのか。私の精神状態はどんな影響を受けるだろうか。
和気さんと過ごす時間は楽しい。でも、世間に対して明かせないような恋を、私は一体いつまで貫けるのか。もし貫いた場合、それはポジティブなことなのか、それともネガティブか。ネガティブが幸福を遠ざける仕組みは、以前和気さんが巧みに説いてくれた通りだ。
人はときに、睦み合い温め合える相手を切実に求める。でも、「好き」を認め、それを口にして確認し合い、次のステップへと進んでいけば、どんな二人だろうといずれ限界に突き当たる。和気さんはそれを、身をもって思い知っている。
和気さんはきっと、このまま私が誘い続ければ、十日に一度会い続けてくれるだろう。よほどのことがなければ、和気さんの方から終わりにしようとは言い出さない。そして同時に、和気さんが次の段階へと駒を進めることもないはずだ。
和気さんの意思に流されるのではなく、私自身の胸に真剣に問い、「能動的に決断」すべき時が迫っていた。
私が和気さんに本気で惚れつつあることは、和気さんのどこが好きかだけを挙げ連ねることによって、事実上打ち明けてしまったも同然。和気さんがそれを察したことも、すでに私たちの暗黙の了解になっていた。これからどうする、という話はまだ出ていない。
次は自分なりの希望を固めてから会うのが正解のような気がして、私はしばらく和気さんを誘うのを渋っていた。しかし結局は、自分がどうしたいのかを確かめるためにこそ和気さんの助けが必要だという結論に至った。
和気さんに、こんなメールを送った。
<<またお会いしたいです。でも、条件があります。①いつもの噴水で待ち合わせて、私が予約した居酒屋に行く。②ドリンクはノンアルコール縛り。③店を出たら駅へ直行して、それぞれ家に帰る。④集合から解散まで、お互いにお触りは禁止。⑤もし私が先に違反して触り始めた場合は、必ず毅然と拒絶すること。>>
すると、返事はこうだ。
<<概ねOK。でも⑤だけは約束しかねます。可能な気がしない。>>
私は、ああでもないこうでもないとたっぷり一晩考えてから、こう送った。
<<では、⑤は無しでいいです。なるべく離れて座りましょう。>>
<<OK。明日の六時半でどうですか?>>
<<OK。ありがと。>>
私はさんざん迷った挙げ句、比較的静かそうな居酒屋の個室を予約した。ムラムラ予防には理想的とは言い難い環境だが、店員や他の客に邪魔されずにじっくりと話したかった。
いざ行ってみると結構広々とした個室で、いかようにも座れそうだった。私は、テーブルを挟んで和気さんと向かい合う形を選んだ。




