2 カラオケからの・・・
宴の第二章は大いに盛り上がった。私以外の平均年齢からして選曲は古めになるかと思いきや、皆さん守備範囲の広いこと。八十年代の歌謡曲、演歌から、ミレニアムをまたぐ古今東西の歌手、バンド、アイドルを(ときに振り付きで)網羅し、ついには今放送中の連ドラの主題歌まで。しかもみんなそこそこうまいのだ。引き出しが多いってカッコいいな、と感心しながら手拍子や合いの手を入れる。
「ヒデちゃん入れた?」
「もちろん無理強いはしないけど、遠慮しないでよー」
と、歌の合間に姉様方が気遣ってくれる。
確かに、ここまでついてきておいて一曲も歌わないのも変だ。普段、友達に一番ウケがいいのは、男性ボーカルのバラードかミディアム。しかし今夜は、私の持ち歌ドンピシャではないにせよ、めぼしい歌手たちがすでに消費されつくした感がある。
音楽シーンの半世紀近くもの歴史を制覇せんばかりの広範な選曲合戦は、私には経験のない世界だった。すでに出た歌手の別曲は、誰かのとっておきの十八番という可能性がある。それを奪ってしまうようなKY行動は避けたい。いっそ戦隊モノ主題歌とかのギャグに走るべきか?
酒で脳ミソが笑ってしまって考えがまとまらない。無理に思考を促そうとすると眠ってしまいそうだ。とりあえず本能の赴くままズバッと決めてしまえと思い……、結果、血迷った。取り消そうと思ったが、時すでに遅く、馴染みのある前奏が流れ始めていた。
『恋におちて -Fall in Love-』小林明子。
「え、これ誰? 何、ヒデちゃん?!」
「あんた年いくつ? メイク詐欺とかじゃないよね???」
どっと笑いが起きる。
「申年じゃなかったっけ?」
「はい、サルです」
「うわっ、私と一回り?! 勘弁してよー!」
隣のチームの姉様が思いっきりのけぞる。
「てか、あたしらにしたってだいぶ古いぜこりゃ」
「むしろ親世代じゃね?」
ドン引きされるかと一瞬焦ったが、さすが姉様方。わちゃわちゃと盛り上げてくれる。安堵すると同時に前奏が終わった。反射的に意識が歌モードに切り替わり、しゃべっているときとはどこか違うところから湧き上がってくる私の声が、マイクに流れ込んでいた。
「おぉ、うめえ!」
「ヒデちゃん素敵ー!」
方々から声援が飛ぶ。懐かしー、という呟きも。
いかん。今日は酒が入りすぎていて、途中あやうく涙ぐんでしまいそうになった。うっかり本気で歌い上げてしまったりすればみんな引くだろうから、そこはセーブしつつ、かわいい年下の派遣さんという立場を死守する。極力無難に歌い終え、低姿勢のぺこぺこお辞儀で締めくくった。
ところで和気さんはといえば、『北酒場』に『長い夜』と、選曲は悪くないのだが、何しろ類まれに見る音痴だ。ところが本人は気付いていないらしく、実に気分良さそうにマイクを握る。姉様方がとても聞いていられなくていつの間にか大合唱してしまうのが可笑しかった。
私がちゃんと憶えているのは、そこまで。
次の記憶は、ズバリ嘔吐。しかも路上でだ。目の前の電柱に手を預け、ばっちり断末魔の叫び付きで吐いている私。気持ち悪いのに、何かが面白くってたまらず、妙な笑いが込み上げてくる。
手渡されたハンカチで反射的に顔を拭ったはいいが、吐いた後は鼻もかみたい。バッグの中身を冷たいアスファルトの上にひっくり返して、ティッシュを探した。
「ちょっと、こら、こんなとこに空けちゃっちゃ、あーあ」
そう言いながら怒った様子もなく、財布やスマホや化粧ポーチや文庫本やガムや飴やメガネケースなんかをのんびりと拾い集めてくれているのは、和気さんだった。他のメンツは見当たらない。
「ほら、水。飲める?」
和気さんがペットボトルを差し出し、なぜか満面の笑みでこちらを見下ろしている。それがまた可笑しくって、私はうひゃひゃっと遠慮なく笑った。
「ヒデちゃん、ほんっと面白いなあ」
和気さんにヒデちゃんと呼ばれるのは初めてだった。和気さんもそこそこ酔っているのだろう。
それからまた記憶が途切れ、途中少しタクシーに乗り、気付けば和気さんの腕にしがみついて、夜の街をふらふらと歩いていた。途中の人通りは多かったり少なかったりして、あのカラオケ屋さんから一体どれぐらい離れたのかすらも見当が付かない。