18 朝活
明け方に目を覚ますと、和気さんはすでに起きていて、スマホの画面をゆるゆると指でなぞっていた。
「枕変わると寝れないタチですか?」
「いや、寝た寝た」
「そう」
早起きなだけですね、とわざわざ言うと、年齢差を指摘しているように聞こえそうだからやめておく。すると、和気さんの方が勝手にしゃべりだした。
「大体、朝早いんだよね。会社行く前に何かしたいっていうか。流行りの朝活ってやつ? 本読んだり、調べ物とかね」
早朝の和気さんは、声がちょっと低め。……渋いじゃないか。
「晩ごはんを朝のうちに作っちゃうとか」
「へぇー。偉い」
改めて和気さんの顔を見やり、顎周りのヒゲが伸びていることに気付く。そっと手を伸ばしてナデナデしてみると、
「ああ、剃るの忘れないようにしなきゃ」
と、和気さん。
「そのまんま会社行ったら、朝帰りバレますからね」
「そんときはもう、伸ばし始めたんだー、ってことにするよ」
そうなのだ。和気さんはジタバタしない。
トイレに行って戻ってきた私は、布団の中で和気さんにすり寄って尋ねた。
「ねえ、どうでした?」
「ん?」
「……私」
和気さんはいつものニコニコの代わりに、ちょっと照れくさそうな、少年っぽさの滲む笑顔を浮かべた。私はそれに見とれる。
「この感情を表す言葉はまだ生まれてないね」
「へぇー、そういうキザなセリフ、言えるんだ」
「へへ」
「和気さんなのに」
「何だよ、それ。ひどいな」
と、肩を小突かれる。
ヤバイ、和気さんカッコいいじゃん……。
「ねえ、和気さん」
「うん」
「も一回しよっか」
まず驚き、そして反射的に手元のスマホに目をやったところを見ると、あくまで時間的に間に合うかどうかが問題なのであって、精力的にはいけるってことだろう、と私は判断した。
「ね、朝活」
言いながら私は布団の中をまさぐり、和気さんジュニアを探し当てる。生まれたてのパンダの赤ちゃん(の死体)みたいに太腿に張り付いてくたばっているのを、早速起こしにかかった。
和気さんはあっという間にしっかり硬くなり、口でしてあげると、気持ちよさそうに眉を寄せ始めた。その顔を見ているだけで、私の朝活は八割方達成されたも同然だ。
結局、私の濡れ方がいまいちだったせいもあってか、和気さんは発射までいかずに適当なところでフェードアウトした。私もイってはいなかったけれど、そんなことはもはやどうでもいい。朝っぱらから和気さんのすこぶるエッチな濡事顔をじっくり愛でさせてもらったし、合体した記憶が昨日のものか今日のものかで、今日という日に対する私の気の持ちようが変わる。それだけが重要だった。
シャワーを浴び終えてふと見ると、鏡の中から、かつての男たちとの事後よりも数倍腫れぼったい、それでいてどこか満足げな桃色の乳首が二つ、私を見上げていた。
一度帰宅し、着替えてメイクをしてから出社する。全身が「行為明け」を主張しているが、これは女性特有の現象なのだろうか。それとも、和気さんの体も何がしかの余韻を留めているのだろうか。
今朝、真っ裸で私に跨り、まるで女の子みたいな顔であんなに無防備に良がっていた和気さんは、スマートカジュアルに身を包み、昼間の顔に戻ってよだれ一つ垂らさず仕事に取り組んでいた。もちろんそうでなければ困るが、普通に仕事をしている和気さんには大して面白みはない。ただのいい人だ。
何となくちょっかいを出したくなり、和気さんがトイレに立ったとき、戻ってくるタイミングを見計らって私はコーヒーを入れに行った。砂糖抜きのカフェオレのボタンを押したところにちょうど和気さんが帰ってきて、私は内心ガッツポーツを決める。
「おっ、お疲れー」
「あ、お疲れさまです」
和気さんも紙コップを取り、二台目のマシンのブラックコーヒーのボタンを押した。
「どう、今日は? 忙しい?」
もちろんこれは、アフターファイブの都合を聞いているのではない。
「そう、ですね、入札で朝のうち少し……。今ちょっと落ち着いたところです」
無難に答えながら、自分がよそ行きの口調になっていることに気付く。いや、気付いてしまったのは、和気さんと二人きりのときの自分がいかに甘ったれた子供っぽい話し方をしているかだ。鼻にかかった、舌足らずな、私が最も嫌っていた、IQ低いアピールみたいなしゃべり。和気さんには一体どう思われているのだろう。




