おまけ①「嫌い嫌い好き」
おまけ①【嫌い嫌い好き】
「ミル―ドは、好きな人いないのか?」
「ぶっ!!!」
食事中に急にそんなことを聞いてくるものだから、ミル―ドは思わず口に入れていたスープを出しそうになった。
口元を布巾でおさえながら、変な質問をしてきた兄、マハーヌを睨む。
多分、悪気もなければ企みもないのだろうが、隣に座っている妹のチェルモもちら、とミル―ドを見ていた。
「急になによ、お兄様」
「いや、別に。そういう年頃かなと思って。チェルモは?」
「・・・今はいない」
「そうか」と笑って、マハーヌは食事の続きを始める。
部屋に戻ってため息を吐いていると、サマンが入ってきた。
「どうかなさいましたか?」
「・・・ミル―ドなんだけど」
「ミル―ド様が、何か?」
食事中のことを話すと、サマンもそれは怪しいと言った。
好きな人がいてもいいのだが、どうも、なんというか、寂しくなるというか、いや、嬉しいことなのだが、こう、すぐには受け入れ難いものがある。
「サマン、ミル―ドが誰を好きなのか、調べてくれないか?」
「それは構いませんが、どうなさるおつもりですか?」
「私は、ミル―ドが幸せになるならいいと思っている。だが、もう少しここにいてほしという気持ちもある」
「・・・わかりました。調べるだけ調べてみましょう」
ということで、サマンはミル―ドの行動を調べることにした。
普段とは変わらないミル―ドの仕事ぶりに、気にするほどのことはないのではと思っていた。
一週間ほどしても何も成果が得られずにいたある日、ツェ―ンヂェンからお椀や鍋などを国民が欲しがっているから売ってくれないかという依頼がきた。
他にも農具が欲しいと言われ、明日には持って行けると連絡をした。
「あたしが行くわ」
「ミル―ド様お1人で行かせるわけには行きません」
「平気よ。あそこは治安もいいし、みんな親切だし。ね、お兄様、いいでしょ?」
「んー、サマンだけ連れていって」
「お兄様」
「荷物持ちってことで。ね」
それなら仕方がないと、ミル―ドは承諾した。
約束の日、ミル―ドとサマンは荷物を持ってツェ―ンヂェンを目指した。
着くとボルゴが立って待っており、国民たちが待っている広場へと案内される。
まさかこいつか、とサマンはボルゴを警戒するが、ミル―ドは至って普通に接しており、特に変わった様子はない。
それから多くの国民たちがやってきて、あれをくれこれをくれと、次々に手を伸ばしてきた。
ミル―ドは笑顔で接しているのを見て、サマンはマハーヌの思いすごしなのではないかと思っていた。
お昼になると、一旦荷物をしまって、ボルゴに案内されるがまま城の中を歩き、食堂へ向かう。
その途中、鍛錬をしている男たちが見えた。
金髪のマルコに、黒長髪のジョーザン、青髪のブランディに黒短髪のギ―ス。
他にも数名の男たちが剣を交えていた。
「さあ、どうぞ」
「わ、美味しそう」
出された料理はボルゴが作ったものらしいが、どれもこれも美味しそうだ。
彩りも素敵だが、味も最高だ。
「いつもこんな御馳走を?」
「いえ。これはお客様用です。なにせ男所帯ですので、食事中は戦場と同じですから。大人しく綺麗に食べるなんてこと、出来ません」
そんな話をしていると、オルウェスが入ってきて、ミル―ドたちを見て笑う。
「本日はわざわざありがとうございます。みな喜んでいます」
「いえ、こちらこそ。こんな美味しいものまでいただけるなんて」
「ゆっくりしていってください」
オルウェスはすぐ出て行ってしまったが、再び食事に戻り、少し休んでからまた広場へと戻った。
「ふー、すごい。ほとんど売れちゃった」
「それだけ、求められていたということですね」
「良かった」
「では、挨拶して戻りましょうか」
「そうね」
随分と軽くなった荷物をまとめると、城の中に戻ってオルウェスに挨拶をしようと探してみる。
丁度ボルゴが歩いてきたため、そろそろ帰ることを伝えれば、オルウェスも今こちらに向かっているとのことで、少し待つことにした。
「あ、あの」
「はい?」
おずおずと、ミル―ドが口を開いた。
「今日は・・・」
そこまで言ったところで、突然、頭の上に重みを感じた。
何だろうと思って顔をあげると、そこにはミル―ドの頭に手を乗せているマルコがいた。
「おう、御苦労さん。もう帰るのか?」
「マルコ、さっきオルウェス様が探してたぞ。どこ行ってたんだ」
「どこって庭にいたよ。昼寝してた」
「まったく、お前は」
歯を見せてニッと笑っていると、ふと視線を感じ、マルコは斜め下を見れば、そこには自分をじーっと見ているミル―ドがいた。
まだ乗せていた手でぽんぽんと頭を撫でながら首を傾げる。
「どうした?」
「べ、別に・・・!!」
瞬間、サマンの野生の勘がこう言った。
―こいつだ、と。
こんなにミル―ドが分かりやすい人だとは思っていなかった。
いつだってクールだったはずなのに、こうして今マルコを見ているミル―ドは、耳まで真っ赤にしているのだから。
「ミル―ド様直々に来ていただいて、本当にありがとうございます。こらマルコ、いい加減に離れろ。失礼だろ」
「おー怖い。ボルゴってば姑みたい」
「なんだと!?」
「そんな怒ってばっかりだと、女の子は近づかねえな」
「お前!!」
ボルゴの怒りが直撃する前に、マルコはミル―ドの肩に手をおき、背中に隠れる。
とはいっても、マルコの方が身体が大きいため、隠れきれてはいないのだが、ミル―ド越しにボルゴを見れば、怒りを耐えているのが分かる。
一方、ミル―ドはショート寸前。
サマンはどうして良いかわからずにいると、そこへオルウェスが到着する。
「マルコ、何をやっている」
「おお、オルウェス・・・様。いや、ボルゴを遊んでただけですよ」
「・・・そうか」
オルウェスはミル―ドとサマンに御礼を言うと、まだミル―ドの背中に隠れているマルコにこう言った。
「送ってあげて。幾ら平和とはいえ、何が起こるか分からないから」
「俺が?わかった、りました」
「ミル―ド様は私がお守りしますので」
サマンが慌てて言ったものの、もう手遅れだった。
「そうとなりゃ、安全に帰さねえとな」
「ひゃあ!!」
いきなりミル―ドを横抱き、つまりはお姫様抱っこをして歩きだしてしまった。
「おいマルコ!!」
「あ、で、では、失礼します」
ボルゴの声も虚しく、マルコはさっさと行ってしまうため、サマンは慌てて後を着いて行く。
「ほら、着いた。痛いとこあるか?」
「い、いえ。ありがとうございます」
「ミル―ド様は中へお入りください。あとは私が」
「サマンは、先に行ってて。御礼なら、私からお伝えしておきます」
そう言われてしまっては、強引に留まるわけにもいかず、サマンは中に入ったふりをして、物影からじーっと見ていた。
その姿はまるで不審者だ。
「早く入りな。1人で外にいたら危ねぇよ」
「はい。あの・・・」
「ん?」
「あ、えと」
もじもじとしているミル―ドを見て、サマンはマハーヌにどう言えば良いのかと考えてしまう。
すると、背後からにゅっと何かが出てきた。
「何やってんだ?」
「アル―!驚かせるな!!」
「ありゃミル―ド様と・・・ツェ―ンヂェンのマルコか?送ってもらったのか」
「・・どうやら、ミル―ド様の恋の相手があいつみたいなんだ」
「・・・・・・はあ!?」
思わず、アル―の口を押さえてしまった。
ちら、とマルコたちを見るとこっちを見ていないため、まだバレていないようだ。
まだもじもじと何も言えないでいたミル―ドだが、覚悟を決めて顔をあげたと同時に、マルコが「あ」と言った。
何だろうと思って、横を向いているマルコの視線を追いかけると、そこには地平線に沈みかけている夕陽があった。
「綺麗、ですね」
「ああ」
夕陽から視線をマルコに戻すと、マルコはまだ夕陽を眺めていた。
その横顔がまたミル―ドの心に深く突き刺さってしまったらしく。
「ん?」
ふと、マルコが顔をミル―ドに戻すと、ミル―ドは顔を真っ赤にした状態でふらふらとしていた。
倒れそうになったため身体を支えると、ミル―ドはさっきよりも近くなったマルコの顔に、また顔から湯気が出る。
「だだだだだだだ大丈夫ですから!!」
「大丈夫じゃねえだろ。風邪か?早いとこ寝た方がいいぞ」
「ちちちちち違うんです!!!あああああああの、きょきょ今日は本当に、あああありがとうございました!!!!!!」
「お?」
とてもどもりながら御礼を言うと、ミル―ドはマルコの腕から逃れ、城の中へと全速力で走っていった。
残されたマルコは首を傾げたが、そのまま帰って行った。
「あー、あいつだけは止めておいた方がいいと思う」
「やっぱりアル―もそう思うか?」
「女好きって噂だしな。ま、男気はありますし、剣の腕もたつが、そっちはちょっと問題ありかと」
「俺はマハーヌ様に何て報告すれば良い?」
「・・・・・・ご愁傷様です?」
「・・・はあ」
「どうだった?サマン」
「・・・・・・」
あれから一カ月ほど経った頃、目をキラキラさせながら聞いてくるマハーヌに、サマンは言葉を選んでいた。
ミル―ドの恋のことを正直に言うべきなのか、それとも分からなかったと嘘を吐いた方が良いのか。
「実は」
その時、コンコン、と控えめなノックが聞こえてきて、それだけでチェルモだろうと分かった。
部屋の中に入ってきたチェルモは、何か話したい様な様子だったため、サマンは部屋から出ていくことにした。
「どうしたんだ?チェルモ」
「・・・好きな人、できたの」
「・・・・・・ちょっと待ってて」
それだけを言うと、部屋を出てすぐ廊下を歩いていたサマンを捕まえる。
そして、自分1人では聞く勇気はないと言われたため、サマンも付き添いとしてその話を聞くことにした。
「そ、それで、チェルモ。その、す、好きな人って誰なんだ?」
「・・・・・・」
「じゃあ、どんな人なんだ?」
「優しくて、強い人。いつも笑ってるのに、真剣な顔してるときもあって、かっこいいな、って・・・」
「は、話したことはあるのか?」
「ない。だから、今度、私も行きたい」
「行きたいって、何処に?」
「ツェ―ンヂェン」
「・・・・・・」
要するに、好きな人はツェ―ンヂェンの誰かということだろうか。
マハーヌは兄として、可愛い妹の応援をしたいところだが、まだまだ自分の傍にもいてほしい。
心の中でそんな葛藤をしてると、ミル―ドが部屋に入ってきた。
「お兄様、ツェ―ンヂェンからまた来てほしいって。今度は城の中の修繕を頼みたいらしいわ。私行ってもいいわよね?」
「それは別の職人に行かせるよ」
「嫌よ。私絶対に行くから」
すると、チェルモがマハーヌの服を引っ張る。
そちらに目をやると、じっと見てくる大きな瞳に、マハーヌは言葉を失う。
「私も、行きたいです」
「チェルモも?珍しいわね」
「・・・わかった。サマン、アル―も連れて行って来てくれ・・・」
「は、はい・・・」
それから数日後、準備が出来たサマンとアル―、そしてミル―ドとチェルモの4人は、ツェ―ンヂェンへと向かった。
サマンとアル―は互いの顔を見て、ミル―ドはマルコに近づけないようにしようと決意をし、静かに頷くのだ。
ツェ―ンヂェンに着くと、チェルモはきょろきょろとあたりを見渡して、それに気付いたアル―は声をかける。
「どうかしましたか?」
「会いたいです」
「え?」
「あの方に・・・」
それが誰だが分からないため、アル―はお昼になったら城を回ってみようと提案をする。
それまでは大人しく作業をしてほしい。
お昼になると、チェルモはすぐに城の中を回りたいと言いだし、それに便乗するようにミル―ドも一緒に回ると言いだした。
なんとかミル―ドはマルコに会わせないようにしようと、サマンとアル―は、戦争のときよりも神経を張り巡らせる。
その時、向こうからブランディが歩いてきた。
「お。なんだぞろぞろと」
「城を回りたいと仰ったので」
「と、ところで、今日オルウェス様は?」
「おお、マルコと一緒に会議に出てるぜ。何か用だったか?」
「「!!」」
ブランディの言葉に、サマンとアルーは思わず心の中でガッツポーズをした。
だが、ミル―ドとチェルモは、しゅん、と落ち込んでいるようだった。
それを見て、チェルモが好きなのが、オルウェスかマルコに絞られたことは、サマンとアル―だけが知っている。
夕方になって帰る頃になるまで、ミル―ドとチェルモは落ち込んだままだった。
それでもやることはやっているのだから、さすがだろう。
「では、私達はこれで」
「ありがとうございます」
いつものようにボルゴに挨拶をして帰ろうと、勢いよく身体を反転させたとき、チェルモは何かにぶつかってしまった。
鼻をおさえていると、上から声が降ってきた。
「ごめんな。大丈夫か?」
「・・・・・・!!」
それは、神様の悪戯だろうか。
チェルモの顔は熟れたリンゴのように赤くなり、恥ずかしそうに小さく頷いていた。
隣にいるミル―ドもまた、マルコを見て顔を赤らめている。
「ま、マルコ。オルウェス様と一緒に会議だったんじゃ」
「ああ、終わったよ。オルウェス様はもう部屋に戻ってる」
自分の胸よりも下にある小さな頭に手を置くと、マルコは特に何の考えもなく撫で始める。
「アル―」
「わかった」
「え!?なんだよ!?」
ぐるぐるといきなりロープで縛られたマルコは、わけがわからないまま。
サマンはその隙にミル―ドとチェルモを連れて、急いで自国まで帰る。 つづく




