その先の光を
悠然なるコモレビを浴びよう
第二雲【その先の光を】
「とにかく潰せ」
かつてより、ツェ―ンヂェンの領土を欲しがっていたガイツシュペルと、ツェ―ンヂェンの和平という考えが気に入らなかったタンダロスによる、一斉攻撃。
他がどうなろうと構わないが、この国だけは潰さねばならないと。
どれほどそこに建っていた国かなど、露ほども興味などない。
「モーツェル様はご避難なさってください。ここにいては危険です」
「エズ―、俺は今、すごく興奮してる。なぜだか分かるか」
「いえ」
「親父が潰したがっていた国を、この手で潰すことが出来るからだ。ここまで来るのに何年かかった?10年?20年?いや、それ以上だ。あいつらを潰して、領土や領地を手に入れる。その為にも、この戦いは絶対に勝つ」
婚礼を終えてわずか数日後に始まったこの戦争に、エズ―は多少呆れていた。
もう少し様子を見て、落ち着いてからでも良かったのではと進言したのだが、モーツェルは聞かなかった。
強気な性格なのは良いのだが、やると決めたら引かなくなるのが厄介なところだ。
「そうだ。チェルモはまだ部屋か?」
「はい」
「出る前に顔でも見てくるか。顔見るだけで終わるかは分からねぇけど」
「・・・・・・」
そう言って、楽しそうに♪を引き連れながらチェルモの部屋まで行ってしまったモーツェルにため息を吐き、エズ―は最前線にいるロマンドと連絡を取る。
「どう?」
『まあまあってところですね。数では圧倒的に有利なんですが、個人個人の力としては劣勢です』
「・・・だろうね。そんなことだろうとは思ってたよ。ふんばれそう?」
『踏ん張りますよ。難攻不落の方が、落としがいがありますからね』
「エドローたちにも準備してもらってる。もし計画通りの攻撃が出来ないようならすぐに向かわせるから」
『了解しました』
無線を切ると、今度は準備をしているであろうエドローたちのもとへと向かう。
幾つもの部隊があるが、特攻隊として向いている隊もあれば、こうして追撃隊の方が向いている隊もある。
とはいえ、犠牲は必ずつきものであって、すでに数え切れないほどの仲間が斬られているのも確かだ。
モーツェルは昔から我儘なところがあるため、自分がこうしたいと言ったことは絶対に実行しなければ気が済まない。
エズ―たちでさえ、それを止めることなど出来ないのだ。
「エドロー、入るよ」
「なんだぁ?もうシルクの部隊はやられたのか?」
「まだやられてない。何しているんだ?準備は終わったのか?」
エズ―が部屋に入ると、エドロー以外はまだ準備をしていたのだが、エドローだけは余裕そうに準備体操をしていた。
左腕を右腕で十字になるように固定し、肩を伸ばしている。
「俺は終わった。モーツェル様は?どうせチェルモ様んとこにでも行ってんだろ。あの人のことだから、可愛いチェルモの顔でも見に行くか、なんて」
「ああ。それより、ガキはどうなってる?」
「あいつらなら、いつも通りさ。餌やって、少し運動させて、上質な肉になるように行動させてるよ。この戦争が終わったら、ガイツシュペルが買ってくれんだろ?」
「その約束だよ」
「で?ツェ―ンヂェンは落とせそうなのか?」
「さあね。けど、落とさないとね」
じゃないと、モーツェル様が不機嫌になるから、と付け足すと、エズーは戦場の様子を窺いに戻る。
その頃、チェルモの部屋に向かっていたモーツェルは、ただ静かに佇んで外を眺めているチェルモを、後ろから抱きしめていた。
窓の外に見える、遠くにある黒煙は、風に乗って何処かへと消えて行く。
「すぐ終わらせる。そしたら、ゆっくりとチェルモの相手も出来る。それまで待っててくれよ?」
「・・・はい」
「なに、そんな寂しい顔をするな。俺は死なない。絶対に戻ってくる」
そう言いながら、モーツェルはチェルモの後頭部にキスを落とす。
何度目かのそれが終わると、モーツェルは部屋を出て行った。
「ヴィルタ、状況は?」
「五分五分といったところでしょうか。さすがは長年続いている国だけあります」
「そうだな。少しは頑張ってもらわないとな。簡単に潰れたとあっちゃ、折角のサプライズがパーになっちまう」
インヴィズィルは優雅にワインを飲んでおり、ここだけ別の時間が流れているかのように静かだ。
「レンダは?」
「今指揮を取っております」
「ソージュは?」
「兄のところへ向かっています。我等が勝利するのはもう間近かと」
「仲が良いんだから悪いんだか分からない兄弟だな。まあいい。お前も、弟のことがそんなに憎いか?」
「・・・・・・」
「そう黙るな。だからお前はからかいがいがあるんだ。タンダロスとの約束もあるからな。金の用意だけしておかないとな」
頬杖をつき、口角をあげて笑っているインヴィズィルのもとに、これまた戦時中とは思えないブリオッシュを持ってきた男。
オッドアイをもつ、リーザだ。
「リーザ、お前ここで何をやってる?レンダと一緒に行ったんじゃ」
「レンダが一緒に行きたくねえって。だからこうして時間差で行こうかなって。それに、ヴィルタがここにいるなんてズルくね?俺だっておやつ喰いたいって」
「おやつって、お前な」
「ハハハハ!!構わないよ。リーザ、お前に全部くれてやろう」
「まじですか。じゃあ遠慮なくー」
無遠慮にバクバクと食べ始めるリーザに、ヴィルタは半ば呆れていた。
インヴィズィルはさほどおやつのことは気にしていない様子で、ただ外から聞こえる小さな爆音をBGMにしていた。
「リーザ、剣はどうした?」
「剣?ああ、置いてきた。どうせすぐに部屋に戻ろうと思ってたし。それに、俺剣って苦手だからさ」
「それ喰ったらレンダと合流するんだぞ」
「わかってるって。俺はやれば出来る子。はいはい。言われなくても」
「そんなことは言ってない」
さっさと食べ終えると、リーザは部屋に向かってからレンダと合流すべく、戦場へと駆けだす為に馬に跨った。
残ったヴィルタもまた、攻撃されたときのための大砲を準備する。
『ボルゴ、どう思う?』
「何がだ?」
『なーんか嫌な予感しねぇ?』
「いつものことだ。それにしても、オルウェス様に護衛をつけないなんて、お前らしくもない」
『いらねぇって本人が言ったんだから、余計なことするわけにはいかねぇだろ。あいつだっていつまでもガキじゃねえんだ。てめぇのこともてめぇで守れねえでどうするよ』
「・・・相変わらず、オルウェス様には厳しいんだな」
『んなことより、ジョーザンはまた1人で突っ込んでいったのか?ラルカとインマージュたちは?』
「あいつを止めたら俺が殺される。ラルカとインマージュには、一応オルウェス様の近くにいてもらってる。予定通りな」
『さすがだな。だからお前のことって好きだよ、俺』
「気持ち悪いこと言うな、マルコ」
城に待機しているラルカとインマージュは、オルウェスの部屋の前を行ったり来たりしていた。
幾ら難攻不落と言われてきたとはいえ、それはかつての話だ。
前国王が亡くなってからというもの、オルウェスは人前にもほとんど出ることがなくなり、何かを国民に発表する際などは、変わってボルゴが行っていた。
どうしてマルコじゃないかといえば、綺麗な女性が視界に入れば、スピーチどころではなくなることは誰にでも予想出来るからだ。
若いというよりも幼いオルウェスという国王になってから、少なからず傾いてきてようにも感じるが、それでも支えている兵士たちや国民のお陰で、続いてきている。
だが、今回の戦争において、国民たちを巻きこむわけにはいかないと、城から離れた場所で繰り広げられている。
しかし、この敷地内に敵が入りこんでくるのも時間の問題だ。
「落ち着け、ラルカ」
「落ち着いていられないわ。何の為にあたしたちが此処にいると思ってるの?」
「わかってるよ。だけど、ウロウロしてたってしょうがないだろ。僕たちには課せられたミッションがあるんだ。それをクリアするまでは冷静に対処しなければいけない」
「ふん。偉そうに」
「もしもの時は、わかってるな」
「もちろんよ。今日のために此処まできたんだもの」
部屋の外でそんな会話をしている時、部屋の中ではオルウェスが1人、珍しくベッドから起き上がっていた。
窓の外を眺めれば、すでに戦争が始まっていて、自分がこうしてただ見つめている間にも、次々に人が死んでいく。
こんな自分が昔から嫌いだった。
前国王と女王の間に出来た子供は、オルウェスただ1人だけなのだが、オルウェスが生まれるまでには相当な時間がかかった。
契りを交わしてからすぐ、というわけではなく、女王は何度か流産を経験したと言われている。
その際、子供が生まれなかったときのことを考えて、養子を授かっていた。
それからすぐ、待望の子供が生まれ、それがオルウェスなのだが、実の兄だと思っていた男は、義理の兄であったと知ったのは、オルウェスが10になるかならないかくらいの時だ。
最初は何を言っているか分からなかったが、徐々に顔つきの違いや印象の違い、血の繋がった家族ではないことが分かってきた。
だからといって、初めからオルウェスを王位継承としていたわけではなかった。
養子とはいえ、兄が国王になるものだと思っていたのだが、国王でもある父と兄の間には確執が生まれてしまった。
それは、この国の生き方への考え方の違い。
兄はとても勝気な性格で、国王でもある父のやり方に賛同出来ずにいたようだ。
ついには城を、国を出て行ってしまい、その後どうなっているのかは分からない。
2人がどんな会話をして、どんなすれ違いがあったのかなど、その時まだ子供だったオルウェスには分からない。
ただ、母親が悲しそうな顔をしていたことだけは忘れない。
小さい頃から遊び相手にもなっていたマルコやボルゴ、怖い印象しかないジョーザンに、新米兵士として頑張っている姿を見ていたラルカやインマージュ。
それから他の沢山の兵士たちも、国民たちも。
オルウェスは窓から目を逸らすと、ベッドの縁に腰をおろす。
ゆっくりと視線を動かして、いつも自分が使っている枕の下に腕を伸ばせば、そこから写真立てに入った写真を取り出す。
そこに写っている家族の写真を眺める。
「僕は、どうすればいいのでしょう」
幾ら父親が立派とは言えども、幾らその息子だとは言えども、自分は自分であって、決して父親にはなれないのだ。
政治も経済も治安も何も分からない。
誰の言葉を信じ、誰の言葉を疑い、誰の言葉を愛すれば良いのか。
自分が情けなくて仕方が無い。
こんな自分を変えようと思うだけで、何も出来ないまま。
始まってしまった戦争にどうすることも出来ず、オルウェスは聞こえてくる音たちに耳を傾ける。
救えるものがあるのか。
奪うものなどあるのか。
オルウェスが写真を枕の下に戻したとき、部屋の外から何やら騒がしい音がした。
何事かと思って部屋を開けようとしたが、オルウェスが開ける前に扉が開いたため、オルウェスは吃驚して一歩後ずさる。
「オルウェス様!!!御無事ですか!?」
「ら、ラルカに、インマージュ?何かあったのか?」
「それが!!」
「サマン」
「ソージュ・・・」
「インヴィズィル様からのご通達だ。これを届けてほしい」
「・・・またか」
「この国は、そういう国だろ。だからお前はここに残った。違うか」
「・・・俺はお前と同じようには生きられない」
「僕は一生をここで過ごすなんて、そっちの方が無理だよ」
「いいか、ソージュ。俺達はきっと、2人とも間違っているんだ。もっと違う道があるだろうに、こういう選択肢しかなかった」
「・・・・・・」
がた、と音がして、サマンとソージュは2人揃って音のした方へ顔を向ける。
すると、そこにはアル―が何かの備品が入った箱を数個積み上げた状態で立っていた。
「アルー、それは?」
「ああ、頼まれた武器の材料。これからまた作るんだ。そっちは?」
「密通」
「おお。密通を堂々と言うのか。まあいいや。サマンも早く戻って来いよな」
「わかった」
アル―がそこからいなくなると、サマンはソージュを見やる。
その目つきはまるで睨みつけているようにもみえるが、その奥にはもっと別の感情があるように見える。
「マハーヌ様には伝える」
「頼んだぞ」
ソージュが去って行くのを確認すると、サマンは早速マハーヌのもとへ向かい、渡されたものを手渡す。
丁度休憩を取っていたマハーヌは、受け取ったそれを広げて読み始めると、小さくため息を吐いたように見えた。
「マハーヌ様・・・」
「こうしなければ、私は誰も守れぬのだ。サマン、お前にも世話をかけるが、こうするほか、道はない」
そう言うと、マハーヌはすぐに作業に戻ろうとしたため、サマンは扉の前に立ちはだかり、しばしの休息を取るように促す。
「私は弱い国王だ。ただ皆を死なせないために出来ることが、こんなことしかないなんて・・・」
「この国は、それでいいのです。我々は、あなたさまに着いて行くだけです。今は、この戦争が一日でも早く終わるよう、願いましょう」
「シリアスなところ申し訳ありませんが、よろしいですか?」
ノックが聞こえたと同時に扉が開き、そこから顔を覗かせたのはデオールだった。
「お呼びになりましたか、マハーヌ様」
「ああ。サマン、デオールにさっきの密通を。デオールはそのことを皆に報せてほしい」
「密通?」
す、と手渡されたそれを速読すれば、デオールは眉間にシワを寄せて険しい顔をするが、マハーヌをちらっと見てふう、と息を吐く。
密通をサマンに渡すと、マハーヌに向かって一礼をする。
「仰せのままに。ですが、マハーヌ様はもう少しお休みください」
「私なら大丈夫」
「いいえ。お顔の色がよろしくありませんので。マハーヌ様が倒れでもしたら、それこそ、この国のためになりませんので、どうか」
物腰や言い方は柔らかいのだが、強い瞳に見られると、マハーヌは大人しくもう少しだけ休むことにする。
普段ならマハーヌの言う事なら聞くデオールであっても、いつも以上に顔を青白くしているマハーヌを見てしまっては、目だけでそう訴えるしかなかった。
デオールはすぐさま武器製造の部屋まで向かうと、数少ない兵士たちに先程の内容のことを伝えた。
「わかった。いざって時のためにそっちの準備もしておくよ」
「頼むぞ、モーズ」
「俺も?準備必要?」
「一応な、アル―。この国の兵士は、俺達しかいないんだから」
「あいよ」
「インヴィズィル様、モーツェル様と連絡が取れましたが、お話されますか?」
「ああ。話しておこうかな」
そう言うと、インヴィズィルはヴィルタの手から受話器を受け取る。
「やあ。御機嫌いかがかな?」
『良くもなく、悪くもなくってとこかな。折角同盟を組んだってのに、あんたと話す機会が無かったからな』
「同盟は今回に限ったこと、だろ?俺達は利害の一致のみを確認した。売買に関してはこれからも関係を続けて行く心算だけどね。お宅の肉は上質だから」
『それは良かった。最近じゃあ、若い奴等が次々に簡単に手に入るから。若い方が筋肉も引き締まってるし、無駄な脂肪もないし。まぁ、俺は脂肪が多少ある方が好きだけど』
「それより、こっちはもう手を打った。そっちもそのつもりで頼むよ」
『わかってるよ。これからが面白くなるんだからな。観客は多い方が盛り上がるだろ?ああ、興奮する!!こんなにゾクゾクするの、解剖される映像を見た時以来だ!!』
「それはそれは。まあ、お互い”綺麗なお人形”を貰った者同士、これからも仲良くなっていこうじゃないか」
がちゃ、と受話器を置くと、そこへヴィルタに連れて来られたミル―ドが入ってきた。
現状にはふさわしくない、されど美しく着飾った姿に、インヴィズィルは至極満足気に手招きをする。
ミル―ドはインヴィズィルの膝の上に座ると、そこから見える風景に目を細める。
「どうだい?地平線の向こうまで、俺達の国になるんだよ?」
「ええ、素敵ね」
くびれたそこに腕を回し、すぐそこにあるうなじに唇を近づければ、ミル―ドは少しびくっと身体を震わせるが、気付かないふりをしてインヴィズィルは何度も口づける。
もう片方の腕はすうっと足の方へ伸びて行き、スリットの入った場所に触れる。
「綺麗だ」
「お上手ね」
「本当さ。君は一生、俺のだ」
「・・・ええ、一生、ね」
―まるで、籠の中の鳥だと宣言されたよう。
窓から差し込む光で、ミル―ドの黒髪は輝きを増す。
そう思ったのか、インヴィズィルが足に伸ばしていた指先を髪の方へ移動させると、そのさらっとした純黒に触れる。
すると、ミル―ドはゆっくりと振り向いてきたので、インヴィズィルは何を思ったか、そのまま吸い込まれるようにミル―ドの唇に自分のをつけた。
「俺を誘惑して、このままで終わると思ってるの?」
「あら、私は誘惑なんてしてないわ」
「それは余計に罪なことだ。それとも、君はそうやって今まで男を騙してきたのかな?」
「人聞き悪いこと仰らないで?私は男を騙したことも、騙されたこともないわ。今までも、これからも」
そう言うと、ミル―ドは自分からインヴィズィルに口づけをしてきた。
かり、と軽くインヴィズィルの唇を噛むと、少し歪んだ表情になったが、見なかったことにした。
ゆっくりと離れれば、じわっと血が滲み出ている唇をぺろっと舐めてニヒルに笑う男がいた。
座っていた膝の上から下りると、ミル―ドはずっと扉の前に立っていたヴィルタを横目でにらみつけ、そのまま出て行った。
「やれやれ。最近の子は過激だね」
「インヴィズィル様、ミル―ド様を好き勝手させておいてよろしいので?」
「構わないよ。好きにさせてあげな。じゃないと、いつか俺、噛み殺されちゃいそうだからさ」
「・・・笑いながら言う事じゃありません」
肩を上下に震わせて笑っているインヴィズィルに、ヴィルタはハンカチを渡す。
それを少しだけ血が出ている自分の唇にあてながら、インヴィズィルはすでにほとんど止まっていることを確認すると、椅子から立ちあがった。
「さて、悲劇の目の当たりにした連中がどんな顔するのか、楽しみで仕方がねぇ」
「マルコ、今何処だ?」
『ジョーザン、なんだこの忙しい時に』
「オルウェス様につけておいた小型無線機と連絡が取れない。壊された可能性がある」
『ああ?壊された?誰に?』
「俺が知るか。とにかく、こっちは俺たちが何とかするから、お前はすぐにオルウェス様のところに行け」
『それが人に物を頼む態度かっての。それに、言われなくてももう向かってる。後は頼んだぞ。何か分かればすぐに連絡する』
人混みをかきわけて、マルコは走った。
その間も、敵が次々に襲いかかってくるのだが、それらをマルコは一刀両断していく。
マルコは近場で戦っていたため、馬に乗って来なかったのだが、辺りを見れば主を失った馬がいたため、そのうち一頭のもとへかけて行く。
勢いよく馬に跨れば、手綱を引いて馬を走らせる。
「急いでくれよ。てめぇの働き次第じゃ、人参食べ放題にしてやるよ!!」
マルコがオルウェスのもとへ向かっている最中、オルウェスはラルカとインマージュに連れられ、城のてっぺんにある部屋に籠っていた。
そこは物置のような場所になってしまってはいるが、それでも隠れるには充分すぎるほどの広さがある。
「一体、何があった?」
「オルウェス様、もうしばしの御辛抱を」
「奴等がここに来たら、おしまいです」
いきなり襲撃していたタンダロスとガイツシュペルの兵士たちに、ラルカとインマージュは慌ててオルウェスを連れ出した。
この城は単純な構造にはなっておらず、迷路みたいな内装になっているため、そう簡単には此処には来れないだろうと踏んでいた。
「ここでしばらく待ちましょう」
扉には、すぐに開かないように重たそうな荷物を積み重ねておいた。
「それにしても、どうやってここに侵入してきたんだろう。秘密の出入り口なんて、僕たちしか知らないはずなのに」
「誰かが裏切った、ということでしょうか」
「そんな・・・。そんなこと、考えたくもない。僕は、みんなのことを信じている。だから、裏切るだなんて・・・」
両手で額を覆う様にしてうつ向いてしまったオルウェスは、ここに来て初めて、自分の身体が小刻みに震えていることに気づく。
怖いなんて思っていたことにも、自分が死ぬかもしれないということも、今になって初めて気付くなんて、なんて愚かなんだろう。
「ラルカ、インマージュ、ありがとう。こんな僕を守ってくれて」
「何を仰っているんです。当然のことです」
「僕たちが今あなたを守らないで、どうするんです」
「僕は、何がなんでも生き伸びる。そうしないと、みんなが紡いでくれた全てが、無駄になってしまうからね」
「オルウェス様」
「オルウェス様・・・」
「何だと!?ゴルウディスが寝返った!?どういうことだ!?」
「わかりません!!武器が全て、タンダロスとガイツシュペルに流れています!!ゴルウディスには兵士はほぼいないとはいえ、武器もあちらに回ってしまっては、どうすることも・・!!」
「どうなってる!?ゴルウディスは俺達と手を組んだんじゃなかったのか!?」
わーわーと疑心暗鬼になっているツェ―ンヂェンの兵士たちを見て、傑作とばかりに手を叩いている男たちがいた。
「ほうら、面白くなってきた。でも、今更気付いてももう遅い」
「インヴィズィル様、どうなさいます?」
「放っておけ。直、片がつく」
それはもう一方の国でも同じことで。
「モーツェル様、これでやっと、ツェ―ンヂェンを落とせますね。モーツェル様があの領地を手に入れるという夢も、すぐそこです」
「たのしいねぇ。やっぱり戦はこうでなくっちゃな。やるなら徹底的に潰せ。二度と刃向かってこなくなるくらいにな」
銃の弾も銃自体も、剣も、砲弾も、盾もなにもかもが入って来なくなった状況で、ツェ―ンヂェンの兵士たちは逃げる体制に入っていた。
それでも、戦場で指揮を取っていたボルゴやジョーザンを筆頭に、まだ諦めずに戦い続ける者達もいた。
「聞こえるか、ジョーザン」
『なんだ』
「ひっくり返せるか?この状況」
『・・・分からんな』
「お前にそう言われると、何か無理って気がしてきたよ」
『出来ることをやるしかない。俺達が死んだら、その時は、国が滅ぶ時だ』
「・・・だな」
「プッ」
急に、笑い声が聞こえた。
この状況でどうして笑っているのか、聞けば良かったのだろうか。
しかし、そんな余裕などなかった。
「やっぱり、甘いわね」
「ど、どうしたんだ?」
「だからこう簡単に、敵に潜りこまれるのよ。ねえ、そう思わない?」
「ああ、ここまで救えない馬鹿は、初めてだよ」
先程までのものとは違う笑い声に、思わず唾を飲み込んだ。
「もう一度、ちゃんと自己紹介しておかないとね?オルウェス様?」
「ら、ラルカ・・・?」
ピンクの短い髪が、やけに目立つ。
「タンダロス国の女兵士、ラルカと申します」
「ガイツシュペル国の兵士、インマージュと申します。以後、お見知りおきを。オルウェス様。あ、でもここで殺しちゃうから、関係ないか」
「な、なんで・・・?」
「今、外がどうなってるか知らないみたいね。ああ、あたしたちが小型無線機壊したからか」
「ツェ―ンヂェンは今、孤立状態。なぜなら、タンダロスとガイツシュペルの他に、同盟を組んだと信じていたゴルウディスにも裏切られたんだからね」
「ゴルウディスが裏切った!?」
「ええ。もともと、ゴルウディスっていう国は、金さえ払えばどこにだってつくのよ。だから、買収させてもらったの。そしたらすぐに乗り変えてきたわ」
「秘密のルートを教えたのも僕たち。なんてったって、ここは難攻不落の城であって国である。なら、内部から壊せばいい。だろ?なのにお前等と来たら、国王に護衛もまともにつけず、ましてや、スパイの僕たちをつけるなんて、間抜けだねぇ」
「ふふ、インマージュ、本当のこと言わないであげて。可哀そうよ。これから死ぬゆく人に対して、失礼じゃない?」
「大変だったんだ。何しろ、自分の内に潜む和平に対する苛立ちを、押し殺さないといけなかったんだからね。よく我慢したと思うよ、僕」
「それを言うならあたしだって。男に交じってよく頑張ったわ。まあ、国王がこんなガキだってして、初めはすごく驚いたけどね」
今自分の目の前にいるのは、本当にずっと一緒にいたラルカとインマージュなのか。
オルウェスはまだ信じられずにいると、どんどん、とすでに扉の向こう側にも敵が迫ってきていた。
逃げ道など、もうない。
「もうじき楽になれますよ?ずっと悩んでいたじゃないですか。もう悩むことも自分を責めることもなくなるんですから、もっと嬉しそうにしてください」
ドンドン、と扉を叩く音が強くなったかと思うと、ドガン、と大きな音が響いた。
長年使われていなかったからか、埃がまるで桜吹雪のように舞っている。
「僕たちの仲間が来ました。さあ、その首、こちらへいただけますか?」
「あら、あたしが狩るのよ?」
「じゃんけんで決めただろ。僕だ」
「もう。わかったわ」
腰が抜けてしまったのは、怖いからではない。
信じてきた仲間が、目の前で敵として笑っていることへのショックからだ。
ゆっくりと目を閉じれば、出てくると思っていた涙も全く出て来なくて、それはきっと、今オルウェスの胸を埋め尽くしている感情が、悲しい、ではないからだ。
インマージュが剣を振り上げ、ラルカが隣で微笑んでいる。
「え・・・?」
振り上げたはずの自分の腕がなかなか下りてこないため、インマージュはさらに力を込めるが、それでも下りて来ない。
「ちょ、インマージュ・・・!!」
ラルカの声が聞こえて、自分の腕を辿って視線を追って行くと、そこには見覚えのある顔があった。
にっこりと微笑んだその男は、掴んでいたインマージュの腕をさらに強く握りしめると、そのまま身体ごと放り投げた。
「よう。国王様に向かって刃おろすたぁ、どういう了見だ?インマージュ」
「な、なんでお前がここに!?どうやってここまで来た!?」
にへら、と笑って手を振るのは、ここまで馬で駆けつけてきたマルコだ。
しかし、城内にはタンダロスの敵も、ガイツシュペルの敵もいたはずだというのに、どうやってここまで来たのかと聞けば、マルコは平然と答える。
「ああ、あいつら?全部ぶっ飛ばしてきた。俺の邪魔するから」
「ぶっ飛ばしたって、何人いたと思ってるんだ!?」
「数えてねぇなぁ。それクイズ?」
「ふ、ふざけないで!!インマージュ、さっさと首を取って!!」
「ふざけてんのはてめぇらだろ?コソコソと怪しいとは思ってたが、まさか本当にスパイだったとはな。スパイならもっと慎重に行動するんだな」
「・・・!!」
マルコの声が聞こえてきて、オルウェスは目を開け、マルコの方をみる。
小さい頃から見てきたその背中に安心し、思わず笑みがこぼれる。
「大丈夫か?オルウェス」
「あ、ああ。ありがとう」
座り込んだままのオルウェスに向かって手を伸ばせば、オルウェスはマルコの手をしっかりと掴み、立ち上がる。
「で?お宅らのお仲間の話じゃあ、ゴルウディスを買収して、武器を流してもらってたんだって?」
「・・・そうよ。何がなんでもツェ―ンヂェンを潰す為にね!!モーツェル様のために!!」
「もったいないとは思わないのか、マルコ。お前ほどの腕を持つ男なら、こんな国じゃなく、僕たちの国に来た方がその実力を発揮できる。そうだろ?それに、悪いが、この戦争は僕たちが勝つよ」
「・・・そうかもな」
「あたしたちと手を組みましょ。そこにいるガキ1人の首で、この国は簡単に堕ちるのよ?金も権力も地位も、何もないじゃない、こんな国!!どうしてこの国にこだわるの!?」
事実、現状ツェ―ンヂェンは劣勢になっている。
タンダロスとガイツシュペル相手だけでも大変だというのに、武器を送りこんでもらっていたゴルウディスにも裏切られ、このままでは落ちるのは時間の問題だ。
「諦めなさい。すでに、あなたたちの兵士の半分は捕虜となっているわ。大人しく首を渡してくれれば、そいつらの命だけは見逃すように、モーツェル様にお願いしてあげる」
「・・・はあ。諦める、か」
「悪い話じゃないだろ?」
しばらく黙っていたマルコの後ろで、オルウェスが唇を噛みしめていた。
どう答えるのだろうとか、敵になってしまうのだろうとか、色々と巡るところはあるのだが、マルコに委ねるしかない。
ぐ、と強く拳を握って次のマルコの言葉を待っていると、インマージュがマルコの首筋に剣を当てた。
「・・・・・・」
「今すぐ答えを出せ。じゃないと、お前を殺してそいつも殺す」
「・・・ここに、何年いた?」
「あ?」
「確か、6年くらいか?」
「・・・ああ、そうだが、それが何だ?」
「それだけいりゃあ充分分かったはずだ。この国がどういう国かをな」
そう言うと、マルコは自分の首筋にあてがわれた剣を握りしめる。
インマージュはそのままマルコの手を斬ってしまおうと動かすが、ピクリともしない。
「ツェ―ンヂェンっていう国は、そこらへんの欲深い国と違って、何も望まねえ。俺達兵士がいる意味は、ただの牽制だ」
「欲深い?もっと良い暮らしをしたい、もっと幸せになりたいと思って何がいけないのよ!?」
「自分が幸せになるためなら、他の国の連中は死んだっていいってわけか」
「生きるためならなんだってするさ。兵士なんて所詮、使い捨ての駒同然だからな」
「・・・らしいが、どうなんだ?ツェ―ンヂェンの国王様?」
今までマルコの背中に隠れていたオルウェスは、自分を見る目つきがすっかり変わってしまったラルカとインマージュを見て、ゴクリと唾を飲む。
何が答えなのか分からないが、マルコが自分に答えを求めてきたということは、自分で見つけろということなのだろう。
「ぼ、僕は、みんなのことを、家族だと思っています。だから、本当は戦って欲しくないし、死んだら、悲しい・・・」
「そんな甘いこと言ってるから、こうして敵に潜りこまれるって言ったじゃない!家族?ふざけないで!!」
「戦ってほしくないなんて、なら、今戦ってる奴等はどういう気持ちなんだろうな?戦うことを望まないなら、それなりの対応ってのがあるんじゃないのか?」
何人の仲間が倒れてしまったのだろう。
自分の知らないところで、自分が家族だと言っている人達が戦い、傷つき、血を流している。
なのに自分はこうして、結局は誰かに助けてもらわないと生きていけない。
「それでも僕は、みんながいないと、1人で生きて行くことも出来ない」
「とんだ国王だな」
「はいはい、そこまで。オルウェスにしてはよく言った方だ」
ぽんぽん、とオルウェスの頭に、大きなマルコの手が置かれていた。
その小さな瞳はすでに潤んでいて、マルコは自分の後ろにオルウェスを隠すように前に立ちはだかると、目の前にいる2人に向かって言う。
「この国を潰そうなんて、オイタが過ぎるぜ。しっかりと躾し直さねえとな」
「やれるもんならやってみろ。僕たち2人を相手にして、勝てると思うな」
「どうせお仲間たちはみんな仲良く地獄逝き。あなたも一緒に送ってあげるわ、マルコ」
「ツェ―ンヂェンの国王を閉じ込めたって連絡があったな。あれからどうなった?」
「首を取ったというのはまだです」
「まあ、よく踏ん張った方だよ。これだけの数を相手に、ここまでボロボロにしてくれたんだからな」
ちら、とインヴィズィルが視線を移せば、そこには黒く長い髪を1つにしばっている男が捕まっていた。
その男に近づくと、胡坐をかいて床に座らされているその男の目線に合わせるかのように両膝を曲げる。
「えっと、なんていったかな、名前」
「・・・・・・」
「・・・なんだっけ?ヴィルタ、覚えてる?」
「ジョーザン、だったかと」
「そうそう、それだ。ジョーザン、お前、俺の国で兵士として働く気はあるか?あるなら命だけは助けてやる。断るなら、仲間と一緒に死んでもらうことになるが」
「・・・・・・」
「そんな怖い顔するなって。人生最大の選択肢を与えてるだけだろ?もったいないと思ってな、このまま死ぬのは。たった1人で俺のところまで来て、ざっと・・・100人以上かな?斬られたんだ。その腕はちゃんと買うよ」
それでも何も答えようとしないジョーザンに、インヴィズィルはにっこりと微笑んだあと、一度立ち上がり、思い切りジョーザンの顔面を蹴り飛ばした。
勢いで身体が横たわってしまったジョーザンは、自力で起き上がることもせずにそのままでいると、インヴィズィルはジョーザンの胸倉を掴みあげ、何度も殴った。
何度も何度も何度も何度も何度も殴り続けていると、インヴィズィルの腕の腕を掴み、止める者がいた。
「ヴィルタ、止めるな。俺は今すごく虫の居所が悪い」
「インヴィズィル様の手が血で滲んでおりますので、それ以上は」
舌打ちをすると、インヴィズィルは掴んでいた腕を離し、ジョーザンに笑いかける。
すぐさまインヴィズィルの手の手当てを始めたヴィルタは、インヴィズィルがまだジョーザンを見ていたため、別の話題を出す。
「ミル―ド様にお会いに行ってはいかがです?心が落ち着くかもしれません」
「・・・そうだな。こいつはまだ殺すな。まだ遊べそうだ」
「かしこまりました」
インヴィズィルが部屋からいなくなると、ジョーザンは口の中に溜まっていた血を吐き出した。
何度も殴られたせいで、いつもなら綺麗に縛られているジョーザンの髪の毛は解かれてしまっていた。
床に座っている状態のジョーザンの髪は、同じように床に着いてしまっている。
「あまりあの方を怒らせるな」
「・・・俺の知ったことじゃない。殺すなら殺せばいい」
「お前を殺すのは簡単だが、あの方は一度キレると手がつけられなくなる。それに、お前は殺すよりも、嬲る方が面白そうだからな」
「・・・悪趣味な野郎だ」
その頃、同じようなことが、タンダロスでも起こっていた。
何とかタンダロスの城の近くまで向かったボルゴだったが、捕まってしまっていた。
「大物が釣れたな」
「どうなさいます?まだオルウェス国王の首は取れていませんが、こいつを使います?」
「んー、モーツェル様には報告したのか?」
「私がしたわ。モーツェル様は今、シャワー浴びてる。身体が汚れたからって」
捕まったボルゴの前には、エズ―を始め、ロマンドもシルクもエドローもいた。
「ボルゴ、か。ツェ―ンヂェン国では数下りの剣の使い手だな。その男でさえこうして捕まったんだから、もうそろそろ白旗あげるだろうよ」
「エドロー、それより、潜入してたラルカはどうなった?」
「ああ、国王の首をこれから取る、って言ってた。今頃、驚いてんじゃねぇか?まさか、信頼してたラルカがスパイだったなんてよ」
「ガイツシュペルが、ジョーザンって男を捕まえたって。捕虜にするか殺すか、まだ検討中らしいよ。てか、ガイツシュペルの兵士になれって言ったら無視されたから、メチャクチャ殴ったらしいけど、怖いね、まったく」
すん、と鼻の奥に感じる嫌な匂いは何だろう、とボルゴは思っていた。
自分が嗅いだことのある匂いで、これに似た匂いはたった1つだけだ。
「これは、何の匂いだ?」
「ん?ああ、これね。鼻いいんだ。今出荷の準備してるんだよ」
「出荷・・・」
噂では聞いたことがあるが、まさかそれが本当に行われているのか、ボルゴは思わず顔を顰める。
そのボルゴの表情に気付いたエドローは、ニヤリと口角をあげる。
「人道に反してる、とでも思ってる顔だな?」
「・・・人間がやることじゃないと思ってるだけだ」
「俺達は頼まれたことをしてるだけだ。ガイツシュペルに住んでる貴族だか王族だか知らねえが、高貴なお方が望んでるんだ。良質な肉が欲しいって。人間だって、牛や鶏、豚や魚、喰う為に育ててるだろ?」
「聞きたくない」
「それと同じさ。人間だって、赤ちゃんも利用して命を繋いでるだけだ。栄養が詰まってる母親の・・・」
「聞きたくない!!!」
し、んと一瞬にして空気が静まると、ボルゴは激しい運動をしたわけでもないのに、息を荒げていた。
シルクは前髪をかきあげており、ロマンドは無表情にボルゴを見ており、エズ―とエドローは微笑んだまま。
「降参したら?そうすれば、これ以上犠牲を出さず、いえ、国王1人の命でみんな助かるわ」
「君のところの国王は、すでに僕たちの仲間のラルカと、それからラルカと一緒に潜入していたタンダロス側の男に捕まっているよ。城も占拠してる頃だ」
「・・・・・・ゴルウディスを買収したのは、どうしてだ?」
「そんなことか。哀れな国だよね。力も権力も何もない国。ただあるのは、技術を持ってる職人ってとこかな。けど、その職人ってのが厄介だ」
戦争に置いて、武器はもちろん、情報も大事な戦略の1つになる。
だからこそ、ゴルウディスを買収し、性能が良い武器、無線機、戦車等を用意させることが重要だった。
「賢い選択だよ。僕たちに買われたのは。いや、飼われた、かな?強い武器は作れても、それを扱える人間がいないんだからね。宝の持ち腐れだよ。そこを僕たちが有効に使ってるんだ。向こうは金が手に入る。人道がどうとか、そういうことじゃないんだよ」
「生きるための賢い選択か、それとも、誇りを守るための愚かな選択か。決めるのはお前だ」
エドローが、目線を合わせるように両膝を曲げるが、ボルゴはその視線から逃げるように顔を逸らせる。
笑いながらため息を吐くと、エドローはすぐに立ち上がり、腕を組む。
「さて、そろそろモーツェル様がお見えになる。そのとき、言い渡されるのは処刑か、それとも」
その時、ふ、とボルゴが鼻で笑った。
その場にいたボルゴ以外の人間が、皆その行動に顔を顰める。
「何を笑ってる?」
「あ、モーツェル様」
部屋に入ってきたモーツェルは、ボルゴをちらっと見てから椅子に座った。
注がれたワインを一口飲むと、ボルゴに向かって口を開く。
「奴隷になるか?それとも、死ぬか?」




