幾何学配列
登場人物
オルウェス
マルコ
ボルゴ
ジョーザン
マハーヌ
モーツェル
イヴィズィル
自由と支配と十字星
第一雲【幾何学配列】
「チェルモ、ミル―ド、すまない」
「いいえ、お兄様。お兄様は何も悪くありません」
「私たちは、幸せになるために嫁ぐのです。ですから、自分を攻めるのは止めてください」
「私にもっと力があれば」
「お兄様、どうか、この国をお守りください」
広い部屋に、3人の男女がいた。
互いの手を取り合い、顔を見合わせながら、今にも泣きそうな顔をしている。
そのうち、1人の女性が泣き始めた。
「チェルモ、泣かないで。私達より、お兄様の方が辛いのよ。この国のためなの。お願い」
「わかっています。でも・・・お兄様たちと離れ離れになるなんて、寂しいです」
女性の背中をそっと撫でるのは、もう1人の女性だ。
「耐え抜くしかないわ。私たちの国は、ずっと、そうしてきたんですもの・・・」
「ようやくチェルモが来たのか。出し惜しみしやがって。よし。そうとなれば、すぐにでも婚礼の準備に取り掛かれ」
「かしこまりました」
男は、嬉しそうに口角をあげた。
紫の短髪の男は、このタンダロスという国の国王である。
名はモーツェルといって、先程、長年誘いを続けていた女性、チェルモが国に嫁いできたのだ。
チェルモは長い黒髪をしており、大人しそうで純粋そうな、けれど憂いた表情は色っぽい、そんな女性だ。
「モーツェル様、婚礼には白い礼服でよろしかったですか?それとも、国のイメージに合った紫にいたしますか?」
「そうだな。チェルモの好きな方にしよう」
タンダロスという国は、紫に蛇が描かれた旗を掲げており、あまり良い噂を聞かない。
婚礼の準備が行われている裏で、別の準備もまた、着々と進行中であった。
「エズ―、このガキはまだいいか?」
「そうだねぇ。まだ肉付きも良くない、この状態で出荷しても、そんなに大した値はつかないだろうからね」
黄土色の柔らかい髪のエズ―という男は、見た目はとても穏やかそうで、目元は笑っている。
その横では、ロマンドという、茶色の髪の男が何かチェックを入れていた。
「おーおー、忙しそうで何よりだな、エズ―にロマンド。そんなんじゃ、女の子たちにもてないぜ?」
「エドロー、遅いよ。もう婚礼の準備始まってるから、そっちに合流して」
「ああ、そっちなら、シルクが行ってるから大丈夫だろ。それに、ガキたちは俺に懐いてるからな。だろ?」
「・・・まあ、確かに」
後から来た男、エドローは、左目下にホクロがついており、青の短髪の男だ。
髪の毛が少しはねており、寝癖かと思われるかもしれないが、もとから癖っ毛のようで、直してもあまり変わらない。
話に出てきたシルクというのは女性で、オレンジの長い髪を1つに縛っており、数少ない女性兵士の1人だ。
エズ―やロマンドはこの国に来て結構経ち、エドローに至っては、親もずっとこの国で兵士としてい続けている。
タンダロスの兵士服は、黒の上下に茶のブーツ、肩から腕は出ているという寒そうな服装で、マントは鮮やかな紫を出している。
「モーツェル様も、なんであんなガキみてぇな女がいいかね」
「エドロー、それ、本人の前で言ったら首斬られるよ。気をつけてね」
「へいへい。あれ?これ、新しい肥料?」
そう言って、エドローは目の前に転がっているものに手を伸ばす。
「ああ。質が良いものを、と頼まれたんでね。ロマンドに発注してもらったんだ」
「へー。そりゃまあ、パンクズみてぇなの食わせるくらいなら、こういうしっかりしたもん喰わせた方が良いだろうな。貴族、王族の口に合うもんを作らなきゃならねぇからな。面倒臭ぇけど」
「エドロー」
背後から名前を呼ばれ、エドローだけでなく、エズ―とロマンドも思わず後ろに視線を向ける。
そこにはオレンジ色の髪をした女性が立っていて、不機嫌そうな顔をしていた。
「おう、シルク。なんだ?」
「なんだじゃないわよ」
そう言ってシルクはエドローに近づくと、いきなりその胸倉を掴みあげた。
「シルク、俺がいくらいい男だからって、強引にキスなんてどうかと思うぞ」
「あんたとするわけないでしょ。婚礼の準備するから連れて来いって、モーツェル様に言われたの。だから大人しく着いてきて」
「え、俺?やだよ。面倒臭ぇ。そんなのいつも身の周りのことやってる奴らにやらせりゃいいだろ」
「エドロー、あんたが無意味にお洒落なところあるからだそうよ。それに、チェルモ様大人しいから、あんたみたいなのが話した方がいいんじゃないかって」
「え、何。それって、チェルモ様が俺に気があるってこと?それはやべぇよ。モーツェル様の正妻になる人を、俺が横取りなんて出来ねえよ。よせやい。そんなにモテるなんて、照れるじゃねえか」
ゴツン、と鈍く低い音が響いたかと思うと、エドローの頭には大きなタンコブが出来ており、大人しくなったエドローをシルクがずるずると引きずって行った。
それを眺めていたエズ―とロマンドは、犠牲にならなくて良かった、と思うのである。
「さて、ロマンド、続けようか」
「・・・はい」
部屋に籠っているチェルモは、窓際に置いてあった椅子に腰かけ、ずっと窓の外を眺めていた。
天気が良いにも関わらず、こうも心が晴れ晴れとしていないのは、きっと、あの男のことを愛していないからだ。
いっそのこと、婚礼は晴れの日ではなく、雷雨にでも見舞われてしまえばいいのに、とも思う。
そうすれば、少しは自分の心の中のもやもやが、雷雨の五月蠅さでどこかへ行ってしまうのではないかと、そんな風に思ってしまう。
「何黄昏てんですか?」
「!!!」
考え事をしていたからか、部屋に入ってきた男に全く気付けなかった。
にへらと笑って近づいてくるその男を警戒し、椅子から立ちあがって窓を背に、それ以上近づくなというオーラを放つ。
「これから家族になるってのに、随分と酷い対応ですねぇ。モーツェル様は、きっとあなたを大切にしてくれますよ?」
「・・・来たくて来たわけじゃないの。私は国を守る為に、お兄様たちを守るために来たの。だから、家族だなんて言わないで!虫唾が走るわ!!」
「・・・ですってよ、モーツェル様?」
男の後ろから、見たくもない男が顔を出す。
しかし、これで殺されても後悔が無いという気持ちなのだ。
そう思っていたのだが、モーツェルはチェルモに近づくと、顎をくいっと上げて自分と視線を合わせさせる。
「綺麗だよ。俺のことを恨んでいる君も」
「!ふざけないで!!」
そう言って、モーツェルの頬を叩こうとしたチェルモの腕は、モーツェルによって止められてしまった。
「君と俺はもう家族になったんだ。なに、すぐに慣れるさ。怖がらないで。君を幸せにしてあげるよ」
不気味なその瞳に、チェルモの身体から力は抜け、その身体を支えたモーツェルによって、椅子に腰かける。
静かに閉まった部屋の扉は、ただチェルモの耳にいつまでも残る。
また、別の国でも、同じようなことがあった。
「ミル―ド、いつまで俺を待たせる心算かと思っていたよ。決心してくれたようで嬉しいよ」
「家族との別れを惜しんでおりましたので」
「・・・そうか。まあいい。これからは、お前の家族は俺達になるんだからな。もし逃げようとしたらどうなるか、わかってるよな?お前は賢いからな」
「・・・承知しております」
ここはザイツシュペルという国だ。
黒に鯨が描かれた旗を掲げた国で、国王はイヴィズィルという男だ。
金髪の長く綺麗な髪は1つに結っており、この国の兵士たちは皆、耳にこの男と同じ、輪のピアスをつけている。
物腰が柔らかそうな男は、嫁いできた女性、ミル―ドを椅子に座らせ、その耳に口づけをしていた。
黒の整った髪をしているミル―ドは、表情を動かすことなく一点を見つめている。
そこへ、1人の男が入ってきた。
上下黒の服に、太ももあたりからあるロングブーツ、黒のマントを靡かせながら、その男は2人の様子を見て、慌てて頭を下げる。
「構わないよ。どうした、レンダ」
黄土色に短髪のレンダと呼ばれた男は、イヴィズィルのもとに向かうと、何やらコソコソと話をしていた。
「・・・そうか。別にいいさ。勝手にさせておけ」
「しかし」
「それより、俺たちのお祝いはいつになるのかな?出来れば早い方がいいな。夫婦の契りも交わさないといけないからね」
「は、すぐに」
レンダが部屋から出て行くと、ミル―ドの視線が気になったのか、イヴィズィルは聞いてもいないのに、先程の会話のことを話してきた。
「逆賊がいてね、そいつらが攻撃してきたって話さ。ま、すぐに捕まって地下の牢屋に入れられてるみたいだから、安心して」
「・・・・・・」
幾らニッコリしていても、この男の笑みは仮面なのだと、ミル―ドは返事をしなかった。
必要以上にスキンシップを取りにくるインヴィズィルに、ミル―ドは受け入れることもなく、かといって抵抗することもなく、ただ自我を押し殺す。
牢屋に捕まっている逆賊たちは、何やらわーわーと喚いていた。
「ヴィルタ、こいつらどうしたらいい?」
「どうするって、処刑まで捕まえておくしかないだろ。俺達で処分すれば、インヴィズィル様が不機嫌になる」
「だよな」
緑の髪の男ヴィルタと、その横で逆賊の男に殴られた頬を摩っている、黒髪の男リーザ。
ちなみに、リーザはオッドアイである。
「情けないぞ。殴られるなんて」
「ソージュ、何処行ってたんだ?お前も来ないから俺がこんな目に遭ったんだよ」
銀髪のさらっとした髪のソージュという男は、牢屋に捕まっている男たちを見てから、ヴィルタとリーザを見る。
「これでメンバー全員か?」
「ああ。前々から俺達を狙ってた輩は、これで残すは不死鳥とかいう名前を名乗ってる奴等だけになったってことだ。けどまあ、そいつらのアジトももう分かってるから、インヴィズィル様が婚礼の前に潰せって言うと思うぜ」
「ならいい」
ソージュが牢屋から離れて行くのを見て、ヴィルタとリーザも後ろを着いて行く。
地下を出て廊下を歩いていると、向こうからレンダが歩いてくるのが見えた。
「インヴィズィル様は?」
「部屋でミル―ド様と話をしている。インヴィズィル様はミル―ド様をとても気に入っているようだ」
「僕は先に部屋に戻る」
「ソージュ、お前準備の方は?俺達も礼服で参列しろって言われてるだろ」
「準備はしてある。一眠りする」
そう言うと、ソージュはさっさと部屋に戻ってしまった。
「・・・俺達も準備しないとだな。なんでも、ウェディングケーキは特注も特注品。何か細工を頼んだって聞いたぜ」
「美味けりゃなんでもいいや」
「リーザ、お前喰う事だけか」
「そりゃもちろん。レンダは?ショートケーキ派?チョコレートケーキ派?それともモンブラン?」
「フルーツケーキ」
「・・・お前クールな癖にちゃんと答えるんだな」
それぞれ部屋に戻って準備に取り掛かる。
その頃、ようやくインヴィズィルがいなくなった部屋では、ミル―ドが指につけられた指輪を外して扉に向かって投げ着けていた。
幾らくらいするものなのか分からないが、きっと高級なものだろう。
それでも嬉しくないのは、あの男から貰ったという、ただそれだけの事実のため。
耐えると誓った、守ると誓った、あんな男にでもこの身を捧げ、一生を添い遂げると誓わなければならない。
ぐ、と拳を強く握りしめると、ミル―ドは投げ着けた指輪を拾い上げ、再び自分の指にはめた。
空は繋がっているなんて、一体誰が言ったんだろうか。
繋がっていても掴むことが出来ないなら、それは繋がっていないも同然なのだ。
「タンダロスとガイツシュペルが同盟を組んだ!?」
「ああ。それで、俺達ツェ―ルヂェンを潰そうとしてるってさ」
「よくそんな冷静でいられるな、お前は」
「あいつらがいずれそうなることは分かってたことだろ?それに、俺には女の子たちがいるからねー。俺は女の子がいれば頑張れる男だから」
ツェーンヂェルという国は、とても平和な国である。
何百年も前から続いている国で、領土もとても広い。
国王はまだ幼さが残る顔立ちの男、オルウェスと言って、緑の髪をしている。
自分のことを“僕”というあたりがまた、まだ大人になりきれていない感じが残っているが、それでも国王として国を守ろうとしている。
そんなことが出来るのも、周りにいる力強い仲間がいるからだ。
まずは女好きのマルコ。
金髪の男で、はっきり言って女に関してはどうしようもない奴なのだが、剣の腕も銃の腕も誰にも負けない。
今の説明だけでも分かったように、弱点は女性だ。
それから、料理が得意なボルゴ。
青の髪はうねうねしており、寝癖かと聞いたことがあるが、決して違うらしい。
暴走してしまうマルコを止める役割もしているが、料理の腕に関しては素晴らしく、料理長としても活躍している。
他にも、ラルカというピンクの短い髪の女性や、茶色の髪をしたインマージュという男、それから正義感の強い黒髪長髪のジョーザンなどがいる。
ツェールヂェンの服装は、白の上下の服に、黒のブーツ、そしてマントと腰に巻いてある布は青い。
旗は青に鳥が描かれている。
「オルウェス様にも相談して、ゴルウディス国と同盟を組んで、タンダロスとガイツシュペルを倒そうと思ってる」
「ゴルウディスと?なんでまた?それに、戦争自体赦したのか?」
「あそこには技術者が多いから、戦争前に解決する方法が見つかるんじゃないかと思って」
ゴルウディスという国は、ツェ―ンヂェンの和平とはまた違った和平の考えを持っている国で、戦争は好まない。
ただ、優れた技術を持つ技術者が多くいるため、武器製造などに長けている。
赤にライオンが描かれた、なんとも強そうな旗を掲げているが、実際に自ら戦争を申し込んだりなどはしない、大人しい国だ。
グレーの上下の服は足元まで長く、黒のブーツ、赤いマントをはおっている。
国王は黒の短髪をしたマハーヌという男で、側近として金髪のサマン、他には青い髪のデオール、青紫の髪の一見女にも見えるモーズという男、それから黒髪のアル―だ。
兵士はそれくらいで、他はほとんどが技術者といっても良い。
「ボルゴ」
「どうした、ジョーザン」
「マルコがまた女追いかけてるぞ」
「・・・・・・」
すぐさま立ちあがったボルゴは、女性を追いかけては声をかけ、ふられているマルコのもとに向かうと、ただ無言でごつん、と殴った。
首根っこを掴んで戻ってくると、椅子に座らせてロープでぐるぐる巻きにした。
「さて、話の続きだが」
「何してるの?」
「ラルカにインマージュ。いや、これからの作戦を立ててたところだ」
ラルカとインマージュも合流したところで、色々と計画を進める。
ゴルウディスに武器作りを頼むにしても、どういった武器を頼んだ方が良いのか。
それとも、いっそのこと強力な武器を作ってもらって、それで一網打尽にした方が良いのか。
「ちょっとマルコ、触らないでくれる?」
「何が?」
「何がじゃないわよ。あたしの脇腹、さっきから触ってるじゃない」
「俺はこうしてボルゴに捕まってるのに、どうやって触るってんだよ」
「何が捕まってのに、よ。そんなのとっくに解いてるくせに」
「バレた?」
にへら、と笑うと、マルコはすでに解いていたロープを床に落として、ラルカの肩に自分の腕を回す。
その腕を、平然と叩き落とすと、ラルカはさらに拳を作ってマルコの顎に当てる。
顎を押さえながらボルゴの椅子に手をかけたマルコは、ヘラヘラ笑うのを止めない。
「オルウェス様は部屋か?」
「ああ。用事でもあるのか?」
「世間話でもしにいこうかなーって。それに、オルウェス様に女のことを少し教えておかないとなーと思って」
すると、またゴツン、と音がした。
自分の頭に出来たタンコブを摩りながら、マルコはオルウェスの元へ行く。
ノックをしてみるが、中からは返事が聞こえてこなかったため、もう一度ノックをする。
それでも返事がなかったため、マルコは返事を待たずにドアノブに手を置き、そのまま部屋へと入って行った。
「返事も聞かずに入るとはな」
「・・・そりゃすいません。躾がなってないもんで」
「マルコか」
昼間だというのにカーテンも締め切ったまま、ベッドで横になっているのは、目を瞑ったままの国王、オルウェス。
そのベッドの脇まで歩くと、締め切ったカーテンを思いっきり開ける。
すると、いきなり外からの眩しい光が差し込んできたせいで、マルコは思わず目を細めた。
整理整頓されている、というよりも、生活感がないその部屋には、朝食であろうご飯がまだ手つかずのまま残されている。
ベッドの隅に腰を下ろすと、寝ていたオルウェスは上半身を起こした。
「ゴルウディスと同盟を組むって、本気か?」
「・・・そうするしかないよ。僕には、戦争の知識も戦略も、ましてや、父親のような人脈もない。戦争を回避出来るとは思えない」
オルウェスの父親は、ツェ―ルヂェンの前国王である。
母親は小さい頃に病気で亡くなり、その父親も同じように病気で亡くなった。
だからといって、オルウェスも病弱なのかと言うと、そうではない。
ただ、精神的なもので、身体としては健康的なもので問題はなく、いきなり自分が国王となってしまったプレッシャーもあり、今のように寝て過ごすことが多くなった。
「たまには散歩くらいしないと、その二本足、役に立たなくなるぞ」
「・・・マルコは、どう思う?」
「何が?」
「正直、タンダロスとガイツシュペルには敵わないと思う。ゴルウディスと同盟を組んだところで・・・」
布団をぎゅっと掴みながらそういうオルウェスは、迷子になった子供のようだ。
「それは、俺達のことを信頼してないってことになるが?」
「そんなことは!!」
「それに、あいつらは人道に反していることをしてる。それを赦すわけにはいかない」
「・・・・・・」
黙ってしまったオルウェスの頭を、マルコはわしゃわしゃと撫でた。
そして雑に立ちあがると、部屋から出て行こうとドアノブに手をかけるが、その時、後ろから声がかかる。
「マルコ」
「ん?」
「・・・僕には、この国を守って行ける力はない。あの人に任せておけば良かったんだ」
「・・・・・・」
ふう、と息を吐くと、マルコはオルウェスの方を見ないまま、口を開く。
「あいつは、この国の国王にはなれねぇ奴だ。だからここを出て行った」
「だけど」
「いいか、オルウェス」
いつもなら、最低でも”様”をつけて呼ばれていたため、オルウェスは思わずピクリと肩を震わせる。
「幾らガキでも、お前は一国の王だ。この国の全員の命を背負ってんだ。弱音なら聞いてやれるが、逃げ腰のまま戦しようってんなら、そん時ぁ立場も地位も関係ねぇ。お前のことブン殴るぞ」
「・・・ごめん」
「お前はあの方の息子だ。もっと自信もて」
パタン、と閉まってしまった扉を見て、オルウェスはうつむいてしまった。
「ツェーンヂェンの者が?」
「はい。なんでも、同盟の件で話がしたいとうことで来てますが、いかがなさいますか?」
「・・・マハーヌ様は?」
「向かっております」
「なら、俺も向かう」
ゴルウディスに話しをしに向かったのは、ジョーザンとインマージュだった。
マハーヌはすでに客間へと向かっており、その後を追う様にして、サマンが走って向かっていた。
「デオール、どう思う?」
「どうって?」
「ツェーンヂェルと同盟組むこと。俺は賛成出来ないよ」
「賛成出来ないって言っても、俺達はマハーヌ様の決定に従うだけだ。そうだろ、アル―?」
「そうなんだけどさぁ。あれ?モーズは?」
「お茶出しに行った」
「あいつ何なの?」
椅子に座って向かい合っているマハーヌとジョーザンたち。
サマンはマハーヌの横に立ったまま、ジョーザンたちを軽く睨みつける。
「戦わずして勝つ武器?」
「そういうものを御所望だ」
「・・・サマン、作れそう?」
本当にこいつが国王なのかと思うほど、マハーヌは抜け殻のようというか、何も考えていなさそうな男だった。
穏やかとも違う、大人しいとも違う、生気が感じられないような、そんな男。
「無理です。武器とは戦うためのものであって、戦う以前に勝敗が決まるなど有り得ません。事細かに、どういう武器か言われれば、作ることは可能ですが」
「・・・なら、武器を作ってほしい。簡単なものでも構わない。とにかく、数が欲しい」
「・・・いかがなさいますか?」
「・・・・・・ん。わかった」
意外と簡単に承諾をもらうと、マハーヌは部屋から出て行ってしまった。
後のことを任されたのだろうと思ったサマンは、製造する武器の詳細な個数や、銃弾の確保、重さや性能などの話をした。
その頃、部屋を出たマハーヌは、頬杖をついて空を眺めていた。
「何か見えますか?」
「・・・・・・何も」
「そうですか。てっきり、未確認飛行物体でも見えたのかと思いましたよ」
マハーヌの隣に来たのは、暇そうにブラブラと散歩をしていたアル―だ。
ずっとこの国で、立派な技術者としても働いてもらっている兵士の一人だ。
こうした冗談を言ってくるのも、アル―やデオールくらいのものだろう。
ただこの国の国王の息子として生まれた。
ただそれだけのことで、いきなり国をまとめる立場になってしまい、何も分からぬままここまで歩いてきた。
戦争をする国ではなく、戦争に加担する武器を作っている国として、色んな国から武器を作ってくれるよう頼まれる。
職人たちが揃っている、いわば職人の国。
この国が狙われないのは、こうした職人たちがいるからだけではなく、もっと他の理由がある。
それは、長い物には巻かれろ、というもの。
要するに、強さや金などに便乗することで、ここまで保たれてきた国というわけだ。
「この国を守るためとは言え、こうした方法でしか守れない。そうまでして守る価値があるのか、私には分からない」
「んー、難しい話ですね。けど、この国が無くなったら、みんな困りますよ。何処かの国の領地にでもなったらそれこそ、職人たちをいいようにこき使われるだけです」
「みんな素晴らしい人達だ。この国でなくても充分にやっていける」
「この国から出て行かないってことは、この国が好きってことですよ」
「そうかな・・・」
しんみりと話をしていたところへ、モーズがやってきた。
少しナルシストなところがあるこの男は、髪の毛をさらっとかきあげながら登場してきたが、もはやそれがギャグにしか見えないため、アル―は思い切り吹きだした。
確かにイケメンなのだが、こうなってしまうと痛い、という言葉がよく似合う。
「アル―も俺のように伸ばせばいいんだよ。そうすればもっと美しくなるのに」
「嫌だよ。鬱陶しい」
こんな会話も日常茶飯事だが、マハーヌは声を出すこともなく、少しだけ笑みを浮かべるのだ。
そしてアル―とモーズを置いて、1人先に作業に戻る。
国王が武器など作るのかと思われるかもしれないが、ゴルウディスは小さな国のため、国王とて楽して生活できるわけではない。
職人の1人として、一緒に武器を作る。
「で、何か用か、モーズ?」
「ああ、ツェ―ンヂェンから武器製造の依頼が入ったから、俺達も合流するって」
「わかった」
「チェルモ、これなんか似合うんじゃないか?いや、こっちも似合うだろうな。チェルモはお人形みたいに可愛いからな」
「モーツェル様、御自身の服も真面目にお選びください」
「ロマンド、そう固いこと言うなって。ほら、チェルモが怖がってるだろ。あっち行ってろ。俺達の愛の巣を邪魔するな」
いきなり部屋に入ってきたモーツェルに立てと言われ、立ったらこれだ。
何十着もあるそのドレスを、次々にチェルモに合わせてみては、ああだこうだと1人で楽しんでいる。
実際に着てみると、確かに似合っているのだが、チェルモはニコリともしない。
本当に、ただのお人形のようだ。
「チェルモはどれを気に入った?」
「・・・モーツェル様がお好きなものを」
「可愛い奴め。よし。もっと他のドレスも試してみよう」
ルンルンと鼻歌を歌いながら、次のドレスに手を伸ばしたモーツェルだったが、ノックが聞こえてきたため、目を細めてそちらを見る。
そこからオレンジの髪のシルクが現れた。
「やっぱり。モーツェル様、チェルモ様が疲れてしまいます。少しは休憩を挟んでくださいね」
「なんだシルク。俺に指図か」
「違います。お願いです。チェルモ様のことが大事なら、ティータイムでも作ってさしあげたらどうです?」
不機嫌そうな顔をしていたモーツェルだが、ため息を吐いてから、しばしの休息を取ることにした。
ドレスを無造作に置き、チェルモの額にキスをして部屋から出て行ったのを確認すると、シルクはその散らばったドレスを拾って綺麗に並べて行く。
色とりどり、形もそれぞれのドレスに、宝石がちりばめられたティアラなどの装飾品が揃っている。
「お好きな色はなんです?」
「・・・透明」
「透明、ですか」
「ええ。色なんて付いていて欲しくない。どんなに綺麗な色でも、それは染まってしまっているんだもの」
「・・・やっぱり、純白が一番お似合いなんじゃないですか?今までのことを忘れて真っ白な心で新しい未来を作るんです。新しい色に綺麗に染まれます」
「・・・お任せします」
純白のドレスを目立つように置くと、シルクは部屋から出て行った。
モーツェルが戻ってくると、チェルモは同じ場所に立っていた。
冷めてしまった紅茶も、手がつけられた様子のないクッキーも、そのまま。
目に入った綺麗な白のドレスを手に取ると、それをチェルモの前に持っていき、満足そうに「似合うよ」と言っていた。
「リーザ」
「あいよ」
「あいよ、じゃなくて。何やってるんだ。婚礼の準備はどうなった」
「俺があまりに雑だからってんで、追い出された。だからこうして、彫刻をしてプレゼントでもしようかと思って」
「・・・これは何だ?」
「どう見てもマンドリルだろ」
「どういうチョイスだ」
何やら1人で工作をしていると思ってリーザに近づいたヴィルタ。
それはマンドリルというよりも、変な顔をした雪だるまのようにしか見えなかった。
「俺めっちゃ才能ある」
「・・・ああ、そうだな」
「ヴィルタ、俺に何か用?見ての通り、忙しいけどな!」
「タンダロスからの納品があるから、それを確認しに行ってほしい。なんでも、婚礼に向けて多めに取り揃えたらしいから」
「何人分?」
「ざっと50人分」
「げっ。まじ?がんばる。俺、やれば出来る子だから」
まだ不完全な、いや、多分一生完成はしないだろうその彫刻を途中で止めると、リーザは彫刻刀をヴィルタに渡す。
そしてなぜかダッシュで納品する場所へと向かっていく。
「御苦労御苦労」
納品リストと実際に納品されたものをチェックしていく。
最後にサインをして相手に渡すと、冷凍された状態で箱に入ってきたそれらを運びだし、巨大な冷凍庫へと押し込む。
鉄臭いような匂いがまだ残っているが、多分、調理をする際に匂いを消してくれるだろうことを信じて扉を閉める。
先程の彫刻の続きでもしようかと思って歩いていると、ミル―ドの部屋から話声が聞こえてきた。
盗み聞きをする心算はなかったが、立ち止まって息を潜める。
話相手は、どうやらソージュのようだ。
「思い出っていっても、嫌なこととか、辛かったことしか思い出せないの。楽しい思い出も沢山あったはずなのに、それより先に嫌なことが思い浮かぶわ」
「それは、ミル―ド様がお優しいからです」
「馬鹿にしてるの?」
「していません。マイナスなことを思い出すということは、後悔しているということです。自分を責めているということです。楽観的で自分勝手な人間というのは、自分に都合の良いことしか思いだしたりしません。まあ、ときには逆恨みのような思いだし方をする者もいますが」
「優しいわけじゃないわ。私は、私が情けなくて嫌なのよ。弱くて、何も出来ない自分が赦せないだけ」
「そんなことを申しては、イヴィズィル様が悲しみます」
「どうでもいいわ」
そんな話をしており、なんだかシリアスな雰囲気がしたため、リーズはこのまま立ち去ろうとしたのだが、ソージュは部屋の外にいたリーズに気付いていたようだ。
突然名前を呼ばれ、リーズはビクリと肩を震わせたあと、静かに部屋に入っていく。
「あっし何も聞いてやせんぜ」
「何キャラだ。そんなことより、荷物は運び終わったのか」
「もち。俺を誰だと思ってるわけ?お前みたいにひょろひょろなわけじゃあるまいし、あのくらいすぐ終わるっての」
「ならさっさと準備に戻るんだな」
なら呼ぶなよ、と思ったが、ソージュの視線が刺々しかったため、リーザは大人しく部屋から出て行く。
相談されていたとは思えないが、多分ソージュのことだから、上手く丸めこもうとしているのだろう。
リーザが準備をしている会場に向かうと、主に力仕事をさせられるのだった。
その頃、ミル―ドの部屋に残っていたソージュは、それよりもドレスを選んでくださいと色んなドレスを並べていた。
「・・・・・・」
それをただ横目でちらっと見ただけで、ミル―ドはぷいっとそっぽを向いてしまう。
そこへ、イヴィズィルがやってきて、是非試しに着てみせて欲しいと言ってきた。
最初は断っていたミル―ドだが、あまりにインヴィズィルが強引にミル―ドを立たせたため、仕方なく着てみせた。
「うん。よく似合ってるね。さすが俺の選んだ花嫁だよ。さて、ケーキの方は何がいいかな?」
「なんでもいいわ。決めて」
「つれないね。折角だから、タンダロスと一緒に婚礼式をしようか?」
「・・・!!」
がた、と勢いよく立ちあがったミル―ドを見て、インヴィズィルは至極満足気に笑っており、ミル―ドの手を握る。
その手を払って椅子に座ろうとしたミル―ドだったが、インヴィズィルが強く引っ張ってきたため、身体が傾いてしまった。
それが、抱きしめられていると分かるのに時間はかからず、ミル―ドは抵抗をしてみるが、男女の力の差は歴然としており、それさえも楽しむかのようにインヴィズィルは笑っていた。
「俺から逃げようなんて思わないでって言ったよね?君の国なんて、一撃で潰せるんだよ?大人しく俺の隣にいてくれれば、君の大事な人達は今まで通り、幸せに暮らせるんだから」
「・・・・・・」
唇を強く噛みしめれば、そこから血が出た。
演技をすることで誰も苦しまないなら、舞台に立つ女優にでもなる。
そう決心したミル―ドは、ゆっくりとインヴィズィルの背中に腕を回す。
それに気付いたインヴィズィルは少しだけ驚いた顔をしていたが、すぐにミル―ドの頭を撫で始める。
絶望という幕が開いたなら、あとは終わるまで演じ続ける。
「マルコ、オルウェス様の様子は?」
「いつも通りだよ。お、上手そうなカップケーキ」
「ボルゴが焼いたんだ。美味いよ」
もしや、毒でも入っているのかと疑っていたマルコだが、そのマルコの顔に出ている感情を読みとったボルゴに、ボコボコにされるのだった。
ようやくカップケーキに口をつけると、程良く甘く、レモンでも入っているのか、さっぱりしていた。
マルコの好きなチョコチップも入っており、マルコは大満足のようだ。
「ジョーザンたちは戻ってきたのか?」
「ああ、ついさっきな」
「で、何処行ったんだ?」
「さあ?あいつのことだから、多分見張りでもしてるんだろ。あいつは遊ぶとか怠けるってことを知らないから」
「俺が教えてやろうか」
「止めろ」
ラルカとインマージュも合流してケーキを食べていると、ボルゴが別のおやつをもってきた。
マシュマロの入ったスコーンと、ほろ苦いシュークリームだ。
まるで戦場のように取り合いになるが、決まってラルカが勝つ。
「女なんだから食べ過ぎはよくねえぞ」
「御忠告ありがとう。でもいいの。あたし、好きなものを好きなだけ食べて死ぬがモットーだから」
「初めて聞いたよ」
ぺろっと食べ終えると、それぞれ勝手に解散して行く。
「どうなると思う?」
「どうなるもなにも、やるべきことをやるだけだろ。俺達ぁ、兵士なんだからよ」
「まあ、そうだな」
それから少しして、タンダロスとガイツシュペルが、ツェ―ンヂェンを落としに来るという情報が入った。
ゴルウディスと合流をして、とはいっても、武器を作ってもらったのみで、この戦いには直接は携わらないが、戦車なども用意してもらうことが出来た。
ゴルウディスにはツェ―ンヂェンがどういう状況かも話していたから、それに見合った性能のものを作ってもらうことが出来た。
マルコを筆頭とし、兵士たちは明らかにこちらより数が多いであろうタンダロスとガイツシュペルを迎え撃つための準備をしていた。
「いいか。無線に予備はねえから、落とさねえように。無線が敵の手に渡れば、こっちの情報が駄々漏れだからな」
「分かってるよ」
「それから、オルウェス様の護衛だが、オルウェス様たっての希望で、つけないことになった」
「大丈夫なの?それ」
「仕方ねぇ。一刻も早い決着を求める。いいな」
みなは一同に返事をすると、地響きとともに近づいてくる塊のような人間たちを見つめる。
「滅ぶのは俺達か、あいつらか」