表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レプリカトーン  作者: 三堂いつち
キツネの檻
8/40

話そう

 結局、追いかけっこはソニアが諦めて終了した。シアンは、まだまだ余裕たっぷりといった風で、不敵に笑っている。実際には、いつもと変わりないニコニコ笑顔だが、今は不思議とそう見える。ソニアはベッドでぐったりしている。なんというか、いかにも勝者と敗者って感じだ。

 俺とアカネはそれを椅子に座りながら見ていた。


「じゃあ、お風呂入りますね」


 シアンは今まで何もなかったかのように切り替えて、青いロングヘアをたなびかせながら歩き、浴室の扉を開ける。


「そうだ、アキくん。覗いても構いませんが、その場合は覚悟してくださいね」

「……はい」


 顔は笑ってるのに目は笑ってない。そして、扉がパタンとしまる。なぜだろう、俺なにも悪いことしてないハズなのに、こんな思いしなくちゃいけないんだろう。

 しかし、シアンが、ああ言ったと言うことは、


「シアンは俺が男って知ってたのかな」

「アタシが教えたのよ。驚いてたわ」

「……そっすか」


 なんてこった、全滅か。なけなしのハートがゴリゴリ削られていく。項垂れる俺を見てアカネが笑う。


「アキ、顔は可愛いもんねー。勘違いもするわよ」

「やめてくれ」

「ウサギって言いたくなるのも分かるわー」

「狂ってるけどな」


 俺の心が言葉の削岩機でマッハ。アカネは、ふふふとイタズラが成功した子供のような笑みを浮かべる。その笑顔を見てエリカの言葉を思い出す。

 俺は顔を上げ、あらたまってアカネと目を合わせる。


「な、なによ?」


 そんな俺を変に感じたのか、アカネも少し姿勢を正す。


「アカネ。これから俺は言いたいことと言いたくないことを言う」

「はあ……?」

「まず言いたいことから」


 なに言ってんの、とか言われる前に全部喋ってしまいたい。俺はアカネに何か言う隙を与えずに、言い切ってしまうことにした。


「俺な、最初に会えたのがアカネでよかったと思う。まだパーティ組んで二日だけど、これは間違いない。優しくて、強くて、スゴいヤツだと思ってる」


 言っててスゴく恥ずかしいけど、これでいいんだよな?エリカ。

 始めてしまったからには、もう戻れない。俺は顔が熱くなっていくのを感じながらも、言葉を必死に探す。


「だから、きっと俺はこんな状況でも大丈夫なんだと思う。ログアウト出来なくなっても、今こんなに平気なのは多分アカネのおかげだ」

「そんな……」

「ここからは言いたくないことだけど!!」


 アカネが何か言う前に、俺はそれを遮る。アカネも顔が真っ赤だ。が、今客観的になったら、きっと羞恥心に耐えられない。ていうか、今も結構キツイ。バーチャルなのに、心臓がバクバク鳴ってるみたいだ。


「俺は、こんな状況を楽しんでるんだ。初めは全然飲み込めなかったけど、本当にログアウト出来ないんだって分かって、本当かどうか分かんないけどゲームクリアで現実に戻れることを、今は楽しいと思ってる自分がいる。けど、楽しいって思ってること気づきたくなかったんだ。だって、こんな事楽しいなんておかしいだろ?だから……」


 言いきってから、胸の痛みの正体に気づいた。俺はまっすぐアカネを見る。


「俺さ、部屋を出る前に「大丈夫」って言ったけど本当は大丈夫じゃなかった。あの時、何となく気づいて、自分のことスゴく嫌なヤツって思ってさ、ちょっと傷ついてたんだよ。でも、それに気づかれたくなかった。変なヤツだって思われたくなかった。嫌われることが怖かった。だから、ウソついた。ごめん」


 頭を下げる。痛いのは、ウソをついたからだ。隠し事をして、それが気づかれたくないからウソをつく。これは俺が勝手に傷ついただけのこと。なのに、自分だけでは解決できない問題になっていた。全部引っくるめて胸を締め付けているんだ。気づいてしまった今、一番胸が痛い。

 まったく嫌なヤツだよ、俺は。

 俺が頭を上げると、アカネは笑うでも怒るでもなく、どうしたものかという困りげな顔をしていた。そりゃそうだ。急にこんな話を聞かされたら、困るだろう。


「えと……」


 それでもアカネは、俺にかける言葉を探してくれる。


「アタシはアキのこと嫌なヤツだって思ってないよ。信頼してる。だって見ず知らずで喧嘩腰だったアタシをすぐに受け入れてくれたし、ゲームの中でも誰かが傷つくの放っとけないの知ってる」


 アカネの言葉を聞くと、胸の痛みがだんだん和らいでいく。


「だからアキはさ、優しくて、強くて、スゴいんだよ」


 そう言って、アカネは顔を真っ赤にしながら笑った。俺も顔が赤くなるのを感じている。


「言われる側って、こんな恥ずかしいのな」

「言う側も恥ずかしいわよ」


 真っ赤な顔をして、互いに見あって笑う。もう胸の痛みはしない。なんだか、ここに居るのを許されたようで、今は胸の中が暖かい。本当に、このパーティにいれてよかった。


「聞いてるこっちも恥ずかしいで」


 不意にソニアの声が聞こえて、肩をビクッと揺らす。アカネも同じだ。


「『優しくて、強くて、スゴいヤツだと思ってる』かっー!!そんで耳まで真っ赤にして、あれやな。こら、恥ずかしいな」

「ちょっ、ちょ……」

「もしかしてウチの存在無かったことになっとるんちゃうか、思たわ」

「ごめん、気にしてる余裕無くて……」

「ええねんええねん、代わりにウチは絶対忘れへんから」

「勘弁してくれ……」


 ソニアは(ないがし)ろにされたのが相当気に入らなかったみたいで、捲し立てて俺のことを弄くりまわす。しかも、これはアカネにも飛び火することで、俺とアカネは顔から火が出そうなほど真っ赤になっている。


「あがりましたよー……、あら?」


 このタイミングで、シアンが浴室から出てくる。シアンは俯いて気まずくしている俺たちを見て、異変を感じたようで疑問の声を出す。


「なにかあったんですか?」

「「なにも……」」

「アキと姐さんがハズイこと言っとったで」

「まあ!!恥ずかしいことってどんなことです?」


 何も無かった、と誤魔化そうとしたが、ソニアがすぐバラしてしまう。しかも、シアンの食い付きがいい。


「なんや『アカネは優しくて、強くて、スゴいヤツ』とか」

「あらあらまあまあ、どうして私がいない時にそんな愉しげなことになっているんです?」

「わからん。急に始まってん」

「アキくん、アカネさん、詳しく教えてください」


 シアンがいそいそと、興味津々に駆け寄ってまで聞きにくる。シアンって、おっとりしてると思ってたけど、実際はこんな性格(キャラ)だったのか。なんか意外だ。シアンは爛々と輝く目をこちらに向けてくる。


「あー、ウチも風呂入ろっとぉ」

「言い逃げかよ」

「アカネさんアカネさん、く・わ・し・く」

「あー、えーっとぉ……」


 混沌(カオス)だ。

 結局シアンに説明して静かになるまで20分、俺とアカネの顔が元に戻ったのは40分経ってからだった。




 ▽


「え!?それって狂い兎ってバレちゃったってこと?」

「申し訳ない」


 場の空気が落ち着いてから、俺はあの男たちに絡まれた一件で【狂い兎】であることが、多くの人に知られたということを話した。


「あら本当。掲示板にもあがってますね。ざっと5件くらい」


 シアンはウィンドウを弄って言う。ゲーム内掲示板を見ているのだろう。ソニアはシアンの手元を興味深そうに覗いている。


「無いとは思うけど、もしかしたら周りが煩くなって迷惑がかかるかもしれない。だから、」

「そんなの気にしないわよ」

「ですね」


 俺は「そうなったらパーティを抜ける」と言おうとしたが、それを言いきる前に、アカネとシアンに止められた。俺は、二人がそう言うのは分かっていた。


「……ありがとう」


 二人の優しさに甘えてるのかな。きっと、俺が迷惑をかけるからって理由でパーティを抜けるのを、この二人は許してくれないだろう。

 なら、今はまだ無理かもしれないけど、いつかこの貰った分をちゃんと返そう。今度は俺が、このパーティのためになることをする。

 そう決意した矢先、ソニアがよくわからないという顔をして言った。


「その狂い兎(バーサクホッパー)ってなんなん?なんでアキがその狂い兎なん?」


 彼女は狂い兎を知らないのだった。アカネとシアンは少し驚いた風だけど、俺はなにも不思議なことではないと思う。自分で言ってしまうのもなんだが、狂い兎は確かに、多少は有名かもしれない。しかし、それはFoWをやっていたプレイヤー、もしくはFoW関連の掲示板を見ていた者たちの間に限定される。つまり、ここから導きだせる答えは、


「ウチ、まるっきりの初心者やからさ。詳しいこと分からんねん」


 だろう。FoXの多くのプレイヤーは、恐らくFoWからやっている者が多いのだろう。だから、あの野次馬たちも、すぐに狂い兎に気づいた。とはいえ、FoXに全くの素人がいたとして、それはそれで全然不思議なことではない。


「ホンマはキャラ作ってから兄貴に連絡する予定やったのに、兄貴とどうやって連絡したらええのかわからへんし」

「お兄さんの名前は?分かるなら連絡出来るけど」

「知らん。兄貴はウチがこのゲームやってるコトすら知らんし」

「そっか……」


 ソニアのお兄さんとの連絡は現状不可能か。こんな状況で親しい人が近くにいるなら、とても心強いのだが。

 つまり、ソニアは右も左も分からないにも関わらずログアウト不能に巻き込まれた、ということか。


「まあ、姐さんもアキも乳女もおるし、ウチは大丈夫や。兄貴にはいつか会えるやろうし」


 ソニアはドンと胸を張る。強がりではなく、強さを見せつてくる。こんな状況で、ここまで強くいられるとは、このパーティの女性は皆強いなあ。


「一応聞きますけど、乳女というのは私ですか?」

「乳女が嫌やったら牛でもええで」

「ふふっ、断崖絶壁がなにを」


 怖い……。部屋の温度が下がっているようだ。目をギラギラさせながら、二人は第2ラウンドを始める。強い、と言うより強すぎる。

 このパーティで役に立つ、って決めたけど、その前に俺上手くこのパーティでやっていけるだろうか。


 俺の悩みは解決しないまま、夜は更けていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ