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レプリカトーン  作者: 三堂いつち
キツネの檻
7/40

アキ

「いやー、助かった。ありがとう」


 デュエルが終わりサークルが消える。俺は短剣を貸してくれた女性の元へと歩く。


「しかし、まさかこんなすぐに会えるとはな。久しぶり、エリカ」

「おう、久しぶりだな、アキ」


 短剣を貸してくれた女性の名は“エリカ”。FoWで同じクランに所属していて、よくパーティを組んでいた仲間だ。


「ワタシもびっくりしたよ。まさか久しぶりに見るアキがもめ事起こすとはな」

「あはは~……。ちょっとイライラしてて、つい」


 乾いた笑いで、ごまかせもしない文言を吐く。そんな俺を、エリカは「変わらないな」と俺の背中をバシバシ叩いて笑う。エリカだってちょっと乱暴なところとか、全然変わっていない。


「あ、そうだ。コレ返す」


 懐かしさに浸ってしまい、本来の用件を忘れてしまっていた。ウィンドウを出して短剣を装備から外そうとする。正直軽くて扱い易かったから、手放すのは少し惜しいところだが。

 そしてインベントリから短剣を取りだし、エリカに渡そうとする。しかし、エリカはそんな俺に掌を突きつけた。


「いんや、いいよ。ソレあげる」

「え!?マジで?」

「マジマジ」


 にししと、イタズラっぽく笑いながらエリカは、ずいっと俺の手ごと短剣を俺の胸に押しつける。


「復帰祝いだよ。グラフトの試作で貰ったんだけど、ワタシ使わねえし」

「グラフトさんいるんだ」

「あとガンさんにウッドウェル、オリヒメとかオッジとか」

「みんないるのか。嬉しいけど、こんな状況じゃ素直に喜べないな」

「そうな。ま、近いうち会わせてやるよ」


 と、エリカがウィンドウをいじって俺にフレンド申請を飛ばす。その申請を許可してフレンド欄にエリカの名前が増える。

 すると、後ろから声がかかる。


「なんだよ、その武器インチキじゃねえのか?」


 誰かと思えば、さっき切り捨てた男たちだった。その言葉には先ほどまでの威勢のよさは無く、もはや意地だけで張り上げているような弱々しさを感じる。


「コレ、NPCの店で売ってる短剣と攻撃力は変わりないぞ」


 俺が短剣のステータスを拡大して表示すると、男たちはもう何も言えなくなってしまった。この短剣の名前は屑鉄(くずてつ)か。いくら試作品でも結構ヒドイ名前を付けたものだ。

 もう一度屑鉄を鞘から抜くと、さっきは気づかなかったが、刀身に何か字が彫ってあるのに気づく。鈍く光るそれは流麗な線で《屑鉄》と彫られていた。どこまで屑呼ばわりなんだ、この短剣は。

 しかし、この短剣のおかげで勝てたのは間違いない。また短剣二本持ちとかやろうかな。そしたらレイナさんとデュエルしたいな。


「そうだ。レイナさんは?元気?」

「レイナはいないよ。忙しいってさ」

「そうか。……よかった」


 レイナさん、いないのか。あの人がいたら凄く心強かったんだが。まあ、こんなことに巻き込まれなくて幸いだったということだ。


「なんだ?アキ、寂しいんか?お前レイナに懐いてたもんな~」

「そうだな。寂しいよ」

「おや、えらく素直じゃないか」


 俺の言葉の何が面白いのか、エリカはニタニタと笑う.。しかし、全く動じない俺につまらなくなったのか、手を頭の後ろに組んで、途端に大きな声を出す。


「しかし、あれだな。折角ルーラーウィング(・・・・・・・・)復活だと思ったのによ」


 エリカの発言に野次馬の一部がどよめく。拾えるモノだけ拾うと「ルーラーウィング?やっぱり狂い兎か」とか「FoWの最強クランの?」とか「アイツら、そりゃ勝てねえわ」とかそんな感じだ。


「お、お前。ルーラーウィングの狂い兎(バーサクホッパー)かよ」


 剣士の男が俺を指差しながら、更に情けなくなった声で言う。この場を沈静化させつつ、コトが手っ取り早く済むようにするには、どんな言葉を使うべきか。考える前にエリカに肘でつつかれ急かされる。野次馬のざわめきも、だんだん大きくなっていって煩い。これは、考えても考えなくても一緒だろうと、


「そうだよ。俺が狂い兎だよ。でも恥ずかしいから呼ばないでくれ」


 ……、言ってしまった。さっき注意されたばかりなのに、ごめんアカネ。胸が、またチクッと痛くなった。

 俺が正体を明かせば、男たちは口をパクパクさせてから逃げていってしまった。隣ではエリカが俺の肩を叩いて「流石だね有名人」などと茶化す。そんなエリカに責めるような視線を向けるが、エリカはそれに気づかずに、俺の腕を掴んで歩き出す。


「はーい、どいたどいた」


 エリカが一言断れば、野次馬の人垣がサァーっと割れて道が出来ていく。火事は見たいけど触れたくない、みたいな。正しく野次馬ってヤツだ。

 そんな集団を振り返ることなく、俺たちはさっさとその場を後にした。




 ▽


 あの後、ちょっと話そうやと言い、腕を掴むエリカに連れていかれるまま歩いていたら、ギルドに連れてこられた。そして、ホールの卓を挟み俺たちは座っている。久しぶりの再開だ。嬉しいのだが、俺の気分はあまり晴れやかなモノではなかった。


「はあ……、アカネになんて言ったもんかなぁ」

「お、新しいパーティメンバーか?女の子?」


 卓に頬をついて、だらしなく唸る俺の言葉に、興味津々といった様子で食いつくエリカ。


「そうだよ。パーティメンバーで女の子。バレたくないならもっと考えろ、って言われたんだよ」

「何がバレたくなかったのさ?」

「狂い兎だよ。あんな恥ずかしいあだ名、誰が好きこのんで呼ばれたがる?」


 イライラしてたとはいえ、ここまで早く身バレするなんて。ほんと、もっと冷静に考えるべきだったよ。なんであんなカッカしてたんだか、俺。

 確か、胸がチクチクして気まずくて、なんか腹立たしくて。それがどうしてか、考えたくなくて。その時に絡まれて……。だめだ、根本が分からない。

 唸りながら考えこむ俺を見て、エリカが楽しそうに笑う。


「……なんだよ?」

「いや、アキはほんとに変わってないなと思って」

「……?」


 今の俺のどこを見て、エリカがそう思ったのか全く分からない。しかし、エリカは楽しそうに笑っている。


「要は、そのアカネちゃんに申し訳ないと思ってんだろ?」

「……そうだな」

「んで、気まずいんだろ?」

「……そうだよ」


 ズバズバと言い当てられていく。あまり気分のいいものではないが、エリカの言う通り気まずさから宿に戻れないでいる。果てには、なぜかイライラまでしているのだ。


「なら簡単。ちゃんとアカネちゃんに全部言いなさい」

「何を?」


 体を起こすと、エリカは俺に握った手を見せる。


「言いたいことと、言いたくないこと」


 そしてその指を一本ずつ開いて、いつもより真面目な声色で言う。言ってることの意味はサッパリ分からないが、エリカがなにを言いたいのかはなんとなく分かった気がする。

 すると、また胸がチクっと痛くなった。


「大丈夫かな……」


 胸の痛みが、そうするべきではないと訴えかけてくるようだ。しかし、エリカはそんな俺の心情を知ってか知らずか、あっけらかんとして、


「逃げたらもっと酷くなるよ」


 と、一言。その一言で、なんとなく理解したような気がした。エリカは頬杖をついてニッと笑う。


「俺ってそんな分かりやすいかな?」


 なんだか見透かされているようで。いや、実際見透かされているんだろうか、俺の言葉に正解の確信を持ったエリカはなんだか得意気だ。


「分かるよ。多分グラフトもガンケンも皆。だって、アキ変わってねえもん」


 また、ニッと笑うエリカの顔を見て、エリカも変わってないんだなと、また思った。


「俺、行くわ。ありがとう」


 胸の痛みは、まだ消えたわけじゃない。けど、スゴく楽になった。これなら大丈夫だろうと、立ち上がって礼を言う。


「おう、今度アカネちゃんにも会わせてくれや」

「ああ」


 座ったままで手を振るエリカに見送られて、俺はギルドを後にした。だから、残ったエリカの「青春だねえ」という呟きを俺は知らない。




 ▽


「入るぞー」


 宿屋の一室の前、女の子がいる部屋なので確認を取ってからのほうがいいだろうと、ノックをする。


「お、帰ってきたな。入りやー」


 関西弁の女の子の声だ。入室を許されたのでドアを開ける。室内に二つあるベッドに腰かけるシアンと女の子、しかしアカネの姿は見えない。


「アカネは?」

「姐さんなら、今お風呂入ってんで」


 風呂か。俺は使ったことなかったが、FoWにもあったらしい。ステータスに及ぼす影響は何もなかったけど、徹夜勢には評判がよかった、とよく聞いたものだ。

 しかし、この女の子がアカネのことを「姐さん」呼びとは、俺のいない間に何があったんだ?


「そや、自己紹介がまだやったな。ウチはソニア、ヨロシクな」

「お、おお。俺はアキ。よろしく」


 お互いに名乗ってから、何を話したもんかという、微妙な間が空く。だが、それも束の間、ソニアは俺をイタズラっぽい顔で覗きこみ、


「姐さんの風呂覗くか?一緒にどや?」

「するわけないだろ!!」


 と、トンデモな提案をしてきた。耳にシャワーの音が入って、さっきとは違う意味で胸が痛くなり、さっきとは違う意味でアカネに申し訳なくなる。


「あはは、冗談や冗談。そんなタコみたいに真っ赤になって、なにを想像したんや?」

「コイツっ……」


 ソニアはケラケラと、俺を指差して笑う。エリカとは、また違う厄介さを感じる。


「ソニアさんのために()めといた方がいいと思いますよ」

「ウチのためってどういうこっちゃ?」


 静かに座っていたシアンが、ソニアの隣に腰かけ手をソニアの肩に乗せる。その様子は、まるでソニアを気づかっているみたいだが、彼女にとっては何のことだか分からないようで、おずおずとシアンに答えを求める。


「言っても、いいんですか?」

「……、そこまで言われて聞かんのは後味悪いやろ」

「……そうですか。では、」


 いちいち勿体をつけて、芝居がかったような言い方をするシアンは、ソニアの顔から少し目線を下にずらし、じっと見つめる。俺はソニアが気づく前に、その意味に気づいてしまった。

 そして、数秒遅れてソニアも気づいたようで、顔を赤くしてシアンに掴みかかる。


「そなっ!!人の気にしてることをーっ!!」


 シアンは軽々それを躱し、おほほと逃げて、ソニアはそれを追う。

 何が、とは言わないがソニアは小さいのだ。「何が」とは絶対に言わないが。


「現実は残酷なんですよー」

「ジブンは大きいからってーっ!!」


 追いかけっこは部屋の中でするには狭く、ドタバタとベッドの上やら椅子の横スレスレやらを忙しく駆け回る二人。


「あがったわよー。って……、何コレ」


 風呂場から出てきたアカネはそんな部屋の様子を見て、呆れたようにため息を吐く。髪が湿気て、赤い髪が艶やかになっている。この再現度は、なんというかよろしくない

 これは、また気まずい状況に居合わせてしまった。しかも、さっきのシアンの言葉がリフレインして、アカネ(どことは言わないが)に視線がいってしまう。大きいわけじゃないけど、確実にソニアよりはある。うん、確かに見ない方がいいかも。


「あ、アキ」

「何でしょうっ!?」


 ヤバい。変なこと考えていたから身構えてしまった。そんな俺の様子に首を傾げながらも、アカネは柔らかく笑って、


「お帰り」


 と、言った。胸の痛みが、また強くなったけど、俺はもう逃げたりはしない。


「ただいま」


 これが、今の俺の居場所なんだ。






「待てやコラーっ!!」

「牛乳がいいらしいですよー」


 ……多分。

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