もめ事
「いやー、やっと休めるわ」
部屋に着くなり、俺のことはお構い無しにベッドにダイブする関西弁の女の子。俺は居心地の悪さから目が泳ぎっぱなしだ。
「メンドイことに巻き込んでゴメンな。でも助かったわ」
むくりと起き上がって女の子が俺に言う。
「別に気にしてないけど、それより俺は……」
「しかし、近くに女の子おってよかったわー。あのおっさんらしつこいねん」
「……」
もう0のHPにもう一撃喰らった。なんか立つことが辛い位精神にクるモノがある。女の子は変わらず、俺にお構い無しにオレンジの髪を弄ったり、ウィンドウを出したりしまったりしている。そうしているウチにドアが外から開けられた。
「お邪魔します」
そう言ってシアンが入ってきて、その後にアカネが続く。アカネは入ってくるなり、俺を手招きで呼ぶ。近くに行くと、
「あの人たちに宿渡したから安心していいわよ」
と、囁いた。あのプレイヤーたちの余裕の無さは普通じゃなかった。きっと、ゲームに閉じ込められたこの状況を理解して、混乱しているんだろう。そういう時は落ち着ける時間があった方がいい。
正直なとことろ、俺もまだ飲み込めたわけじゃない、理不尽だと思う。けど、焦りは不思議と無い。どうしてかは自分でも分からないし、考えてしまうのはなんだか怖い気がする。こんなに自分の状況を理解しているのに、まるで他人事のようで、遠い世界の出来事のようで……、
「キ……、アキ」
アカネに名前を呼ばれて、意識がハッキリと視界と捉える。
「大丈夫?怖い顔してたわよ」
「ごめん。大丈夫」
音が聞こえなくなる程、考えこんでしまっていた。笑って大丈夫と言ったけど、心配そうな顔をするアカネを見ると、なんだか胸が痛くなる。この痛みが何なのかは分からない。けど、良くないモノだとはすぐに分かった。
「ちょっと出てくるね」
胸の痛みが段々、居心地の悪さに変わっていって、少し窮屈な気持ちになって部屋から立ち去る。いや、逃げた。逃げれば楽になると、思ったのかもしれない。アカネは最後まで心配そうな顔をしてくれていたけど、ドアを閉めきるまで見続けることは出来なかった。
▽
「はあ~……」
しばらく歩いて、どこに行くともなく、アカネたちのいる宿からそう離れていない通りのベンチに腰をかけて、もうどれくらい経っただろうか。空はすっかり夜空の色になり、星が出ている。この通りはギルド近くにあるからか人通りが多く、NPCの店に吸い込まれるプレイヤーを見たりして時間を潰している。
「わかんね」
あの部屋を出れば楽になると思って、外に出た。幾分かは楽になったけど、完全に消えたわけじゃないし原因も分からない。また一つため息を吐いた。
「おい……、アイツ」
「……だな」
項垂れていたら、近くでヒソヒソと話す声が聞こえて、内緒話がヘタだなと思いつつも、別段気に留める話でもないかと考え、頭を上げる。すると、目の前に宿で関西弁の女の子に絡んでいたあの男プレイヤーたちの内の二人が立っていた。特にアタリの強かった二人だ。
「おい」
「俺?」
「そうだよ」
明らかに機嫌が悪そうな声色で、威圧するような雰囲気を持って俺に話しかけてきた二人。
「お前、よくもあの女の肩を持ちやがったな」
ああ、そういうことか。この二人にとって、俺はあの娘の味方をしたことになっているらしい。完全な誤解だけどな。けれども、言い返すような気分ではない。
「それで何の用?文句があるなら言えばいい」
さっさと用件を済ませてお引き取り願いたい所存だ。そんな俺の態度が癪に障ったのか、二人の目付きが悪くなる。冗談じゃない。イライラしてるのはこっちだって同じなんだ。
「ふんっ、精々フィールドでバッタリ会わねえよう祈るんだな」
街中での戦闘は出来ない仕様になっている。モノブラムもその例には漏れず街の全てが戦闘禁止区域だ。それに嫌がらせ防止策として、“コード”と呼ばれるモノがあり、これに引っかかるような行為をゲーム内で行えば運営に通報されるシステムになっている。それを分かっていて、この二人は俺に勝ち誇るような口振りで挑発して、去っていこうとする。それは、「いつでも勝てる」というような、「自分の方が立場が上だ」とでもいうような言い方だ。
その時、自分の中で何かがキレる音がした。
「いいよ。デュエルやろうぜ。なんなら二対一でいい」
立ち去ろうとする二人に煽るように言ってやる。すると、予想外だったのか驚いたような顔をしてから、二人組の片割れが吹き出す。
「二対一でいいとは随分じゃないか」
つられて、もう片方も笑う。そんな態度が気にくわないので、もうちょっと煽ってやろうかと思ったら、先に笑った方がウィンドウを出して乗ってきた。
「いいぜ。その勝負乗ってやる」
「一人でいいのか?折角二人でいいって言ったのに」
「女だからって手加減はしないぞ」
またそれか。でも、もうそんなことは気にならない。
ウィンドウを出して、スキルを少しイジって、弓と矢筒を装備してからデュエルの申請を飛ばす。申請はすぐに了承され、地面に白い線でサークルが描かれる。デュエルを行う際に、戦闘範囲を示す為のサークルだ。結構な大きさで通りの家も範囲の輪に入っている。
『3...2...』
システムウィンドウが数字を刻む。
『1...FIGHIT!!』
そして、デュエルの開始を告げるアラームが鳴り、男は一足飛びに手持ちの剣で俺に斬りかかってきた。俺はその一直線な攻撃を身体を少しずらすだけで躱し、挑発的に笑う。そんな攻撃をかましてきて、よくフィールドで会わないように、とか言えたものだ。俺は男に背を向けて、通りに沿って並んでいる建物に向かって走り出す。
「弓だもんな。そりゃ逃げねえと戦えねえよな!」
俺の背中を追いかけながら、煽ってくる男。まあ、その通りだ。プレイヤーの攻撃を躱しながら弓を使える程の技量は俺にはない。矢を刺して攻撃することも一瞬頭をよぎったが、現実的ではない。そして、俺が考えられる最善の策は一つしかなかった。
「よっ、と」
建物にスレスレまで近づいて、真上にジャンプする。そして建物の窓枠へ飛び乗り、そこから二階の窓枠にとびうつり、そこからさらに屋根へと跳ぶ。そこから男目掛けて矢を放つ。
「降りてこい!!卑怯だぞっ!!」
スキル【跳躍】。これも、またFoWの時に使っていたスキルだ。ジャンプする飛距離が伸びるというシンプルなスキルで、昔は跳び回ったりして攻撃を避けたりもしていた。けど、ジャンプしている間は慣性に従ってしか動けないため、隙だらけになりやすく、しかもフィールドでも使う必要がある場所が無かったため、死にスキルと呼ばれていた。
それを知っていて、今回も跳躍スキルを取ったのは、セコイが安全地帯確保の為だ。前作で死にスキルなんて呼ばれていたモノを進んで取る物好きは、そうそういない。跳躍スキルを取っていなくても、屋根まで上がれるには上がれるが、よじ登るしかなく、その隙を狙い撃てる。
「完璧な作戦だろうが」
矢を放ちながら呟いた。ある程度動き回ってくれるので、いい練習になる。男は俺に向かって叫びながら、矢を避けたり避けきれなかったりする。いつの間にかサークルの外に出来た野次馬たちも俺にブーイングをくれるが気にしない。
そしてデュエルは時間切れになり、決着はHP判定で俺の勝利となった。
屋根から飛び降りる。足に少し痛みが走るが、街の中なのでHPは減らず、ゲームなので痛みは後を引かない。
「おい!!ふざけるなよ」
男は、降りてきた俺を怒鳴りつける。まあ、ある程度予想していたことだ。
「セコイ手使いやがって。もう一度だ!!」
何度やっても結果は同じだと思うが……。そう思っていたら、
「今度は俺も入る。構わないよな?」
片割れが参戦すると言ってきた。ベルトにハンドガンを提げて自信たっぷりの声色だ。
「いいよ。元々俺はそのつもりだったし」
もちろんOKだ。そもそも、その条件を蹴ったのはお前らなんだがな。別に気にとめるような事じゃないかと、ウィンドウをいじって弓を装備から外す。
「ちょっと待ってくれ」
俺は二人にそう言って、野次馬の群れの方を見る。
「誰か短剣貸してくれないか」
そう頼みを投げかけたが、野次馬はシンとしてその内ザワザワと賑わいだした。
ダメか。そもそも期待していないし、それならそれで仕方ない。そう諦めた瞬間だった。
「おら、使いな」
と、声がして、声がした方を向くと、見知った顔の女性が右手で短剣を放り投げた。その見知った顔に驚いたが、その女性の「負けんなよ」という言葉に、すぐに頭が切り替わる。
鞘に収まった短剣をキャッチして、装備する。
「負けねーよ」
今度は向こうから、デュエルの申請が送られて、すぐに了承する。
『3...2...』
システムウィンドウがカウントダウンをしている間に、左手で鞘からナイフを抜く。男たちは既に獲物を構えて臨戦態勢をとっている。
『1...FIGHT!!』
「狂人化!!」
デュエル開始のアラームが鳴ると同時に、俺は狂人化を唱える。端が赤くなった視界が、銃を構えた男の発砲を捉える。弾丸より速く動く事は出来ないが、ハンドガンを使うということでこれは予想していた。俺は狂人化を唱えると同時に左に走り出し、それからハンドガンを持つ男目掛けて右手で矢を投げる。威力なんて殆ど無い牽制、しかし一瞬でも注意をそらせればいい。
男が矢を避ける隙に、間合いを詰めて、左手の短剣で斬りつける。それから、右手で矢を持って、男の顔面に矢を刺す。男は一瞬、呻くような悲鳴を上げてよろける。が、バーチャルなので痛覚にそれほどの刺激は無く、男は体勢を立て直し、右手に持った銃を真正面に構えた俺を撃とうとする。
「あはっ」
あまりにも予想通り過ぎて思わず笑ってしまう。俺はその右手を左足で蹴りあげ、その左足で勢いよく踏み込み、
「[マイトスタブ]」
短剣のアーツを唱える。すると借り物の刃が鈍く光り、その短剣を持った左手を俺は勢いよく突きだす。
「がっ…!?」
短い悲鳴を上げて後ろへ吹っ飛び、動かなくなる。
「一人終わり、っと」
くるっと身体を回転させ、もう一人の剣士の方に身体を向ける。ソイツは呆気にとられた様な顔をしていたが、すぐに我に返って俺に斬りかかってくる。
上段から一閃。単純な動きだな、右に一歩動いて躱す。さらに、男は横薙ぎに剣を振るう。その剣を、俺は高く跳んで躱す。
「なんか、もういいや」
こんな単純な攻撃しか残っていない戦闘、熱くなれない。銃使いを残しておくべきだったか。頭上の俺に、ヤツが剣を向けるより先に、俺がヤツの脳天を左手の短剣で突き刺し、その痛みにヤツがよろめく隙にもう一撃を喰らわす。
「[マイトスタブ]」
そして、俺が着地すると同時に剣士は倒れ、システムウィンドウが俺の勝利を告げる。高圧的だった割には、随分と呆気なかったな。
野次馬の一角から「狂い兎」と聞こえた気がしたが、気にはならなかった。